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第五章 アーサー

121:それは、事実だけど言っちゃいけないことだ

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母親に目をやると、彼女はゆっくりと頷く。ギルバートもアンも同じだった。
つまり、今日はアーサーとエドワードが引き合わされ仲良くなるのが、ベックス宮殿を訪れた第一の目的のようで、エドワードもそのことを事前に分かっていたようだ。
何だ、国王様と女王様にあらかじめ言われたから、優しくしてくれるのだな。
アーサーは、エドワードに連れられながら、しょんぼりする。
「アーサーという名は、英国の大昔の国王の名と一緒だ。ロシア人なのにどうしてだ?」
廊下を歩きながらエドワードが聞いて来る。
「僕の国は、いつ争いが起ってもおかしくなくて、異国でも溶け込みやすいようにってお父さんとお母さんが」
エドワードの自室に行くと、同じぐらいの年齢の女の子と、すこし年かさの男の子がいた。
「エドワード、その人、だあれ?」
女の子の方が、珍しがってすぐに近くに寄ってくる。
「私、メアリー」
「こ、こんにちは。僕は、アーサー」
「アーサー?同じぐらいの年齢で、こんな子いたかしら?」
メアリーはもう一人の男の子を見る。
「ロシアから来たアーサーだろ。聞いている。俺、ダニエル。お前より年齢は二つ、上」
すると、メアリーがパンッと手を打った。
「ロシア!ああ、宝石屋さんね。エドワードのお家に宝石をプレゼントして、代わりに爵位を貰ったから、私達の仲間になれたのね」
「メアリー。それは、事実だけど言っちゃいけないことだ」
とダニエルが言う。
エドワードは、黙ってた。
「どうして?正当な取引じゃない」
「どうしてもだ。エドワードも分かったな」
「ああ」
どうやらこの三人の中で司令塔は、ダニエルのようだ。
いいことをして迎え入れられたわけではないと何となく察したアーサーは、まごついてしまう。
「何、恐縮してんだよ?仲良くしようぜ。俺は秋から別の学校だから、そうそう会えないけど、エドワードのことよろしくな」
「はい?」
「何だ、全然、聞いてないのか?お前はエドワードと一緒の学校に通い、遊び友達として常に傍にいる係。傍付きっていうんだ。俺からバトンタッチって訳」
「ええっ?!」
余りにも驚いて声を上げると、「何だ、不服か?」と真面目な顔でエドワードが聞いて来る。
「不服なんて、滅相もない!英国人でもない僕がエドワード王太子殿下の傍にずっといるってことにびっくりしてしまって」
「お前の噂は、父の部下や、王宮業務についている者から色々聞いている。まあ、頑張れ」
淡々と言われ「はあ」とアーサーは頷く。
やがて学校が始まり、アーサーはこの国で自分が暮らしていくのがなかなか容易でないことに気付いた。
アーサーの父が、王家に宝石を寄贈しその代わりに爵位を得たということは、貴族の子弟ばかりが通う学校では周知の事実で、アーサーの呼び名は学校に入って数日後には、「ロシアのエセ貴族」になっていた。
父は、そんな悪いことをしたのだろうか?
母国で何不自由無く暮らしてきたが、革命でブルジョワ階級は国を追われ、仕方なく英国にやってきた。
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