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第十四章 バロン

265:お前の唇は、やっぱりしょっぱいな

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「逃げようが喚こうが、今夜は止めてはやれない。優しくもできない。どこまでもお前を求める」
「……はい」
そんなことを言われると、鼻の奥がツンとする。
かすれ声で返事をすると、エドワードが振り向いた。
「なぜ、泣く?」
バロンは俯いて首を振る。
エドワードが顔を上げさせた。
「ほら、泣いているじゃないか?泣くほど嫌か?気持ちよくしてやるからと言いたいところだが、私には想像力が無いから、喜ばせる自信がない。たぶん、今よりもっと泣かせてしまう。けれど、お前を抱きたい。抱きつぶしたい。ずっと、我慢してきたからな」
「え?」
「たぶん、ダニエルのラボの頃から。いや、違法娼館でお前が喘ぐ姿を見たときからかもしれん。身体はでかいのに臆病で、献身的で、なのに妙に時折艶っぽくて、そして、見当違いの勇気を持っているお前を、両腕に抱いて、喘がせて、私しか見ないようにしたかった」
「嘘、でしょう??」
「こんなときに、嘘を言ってどうする?」
エドワードは、バロンの頬に流れる涙を人差し指で掬う。
「嘘だって言ってください。俺、困る。殿下にそんなに求められても、困る」
背中を向けかけると、手首をガッシリと握られた。
「そんなにか?でも、私はそれでもお前を求めるからな、覚悟しろ」
その言葉に、バロンは火がついたように泣き始めた。
エドワードが、背中からバロンを抱きしめてくる。
「陥落、ってことでいいな?」
聞かれて何度も頷くと、涙が四方に散っていく。
ようやく自覚した。
どんなに自信のない身体でも、どんなにひどい過去があっても、嫌だと何度はねつけても、それでもお前が欲しいと求めて欲しかったのだ。
火傷の痕を見られないよう髪を盾にしたみたいに、バロンの心には分厚い壁のようなものがあって、他者を拒んできた。
その分厚い壁を壊し踏み入ってきて、豪雨のように「お前が欲しい、お前が欲しい」と繰り返し言葉を浴びせて欲しかったのだ。
それまで張り詰めていた身体の力が、すうっと抜けた。
エドワードに身体を向けると、唇が落とされる。
今夜、一番、優しい口づけだった。
「お前の唇は、やっぱりしょっぱいな」と議会の階段でも言ったセリフを呟きながら、エドワードはバロンをベッドまで連れて行く。
そして、先に腰掛けた。
「あの、俺……」
バロンは、涙を零しながら言う。
「アーサー様やルシウスに相談もしてみたんですけれど、いざとなったらその、緊張で何も出来ない……」
すると、エドワードがフッと笑う。
「なら、私の言う通りにしてくれ。それだけで私は嬉しい」
「はい」
暫く沈黙があった。
俯いていると、「お前のローブの紐を解いてくれ」とエドワードが言う。
エドワードが主導権を取って、すぐにベッドに押し倒される覚悟をしていたバロンは意外に思う。
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