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第一章

5.オレ、く……食っても美味くないかと

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 やがてこちらに向かって手を伸ばしてきたので、自分で自分の身体を抱きしめて殴打に耐えようとする。
「ご、ごめんなさい。すみません」
 腕を掴まれた。
 幸い痛めていない方だった。
 男は力任せに自分を引きずっていく。
 いよいよ食われるのだ。
 だって、すぐ側に薄いベールが天井から垂らされた寝台が見える。
 ここでむさぼり食われ―――あれ?
 男は寝台横を通り過ぎて、さらに奥へ。そこにも仕切りみたいにベールが垂らされていて、くぐると水が張られた大きな桶があった。
 手をかざすと一瞬で湯気が上がる。
 何、それ。魔法??じゃあ、この人、魔法使い?
 呆然としていると、男が着ている服に手を伸ばしてきた。
 拙い手付きでボタンを外していく。
 プラスチックが苦手らしい。
 上を脱がされ、今度は下に手がかかる。片方の手が腰に回され、もう逃れられない。するすると脱がされてしまった。
 あっという間に全裸にされた。
 湯桶に向かって背中を押される。
 覚悟してその中に入った。
 一旦、仕切りのベールを潜って出ていった男は、青草の束を持って戻ってきた。
 それを湯の中に投げ入れると白い長衣を脱ぎ始めた。
 中性的なように見えて、肩幅はしっかり。手の甲だって血管が浮き出ていて逞しい感じがする。硬さと柔らかさが絶妙に混じり合った男だ。
 手首に巻いていた銀髪を束ね、綺麗なうなじを露わにしながら湯桶の中に入ってくる。
 向き合うと、身長差が顕著だ。
 自分は男の腹の下ぐらいの大きさしか無い。
 引き締まった身体には薄い筋肉が付いていて、へそには目の色と同じ緑の宝石の小さなピアス。
 肉体差だってもの凄い。
 細身そうに見えるあちらは脱いだら骨格も筋肉も立派。
 こちらは肋骨が浮いている貧相さ。
 肩を押され、湯の中に浸からされた。
 男が背後に回って青草の束で身体をこすり始めた。
 今度は真正面にやってきて、赤黒くなっている手の甲を触った。
 これは目覚めたときからあったものだ。針で何度も刺されたかのような痕がある。腕の血管にも同じものが。
 続いてさっき引きずられたときにできた足の甲の傷も青草でこすられた。
 数日間洗っていなかった頭も丁寧に洗われる。
 それが終わると、桶から出された。
「オレ、く……食っても美味くないかと。痩せているから心臓だって上等じゃないだろうし。っひい」
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