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三十九話 私がどこにいても、あなたは見つけだしてくれる
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「あの子に会いたい」
クルトの小さなつぶやきは誰にも聞かれることなく、部屋に吸い込まれ消えていく。
疲れ果て起き上がる気にもならず、床の上に丸まったままぼんやりとしていた。
(あの子には本当に可哀想なことをした。私の子どもに生まれてきてしまったばかりに、きちんと埋葬すらしてもらえずに、小さな塚のようなものだけで……)
涙はすっかり乾いてしまい、頬がぴりぴりとする。バルハルトが来てくれればと思うが、この場所は外部の者には知られていないはずだから、彼がここに来るのは難しいだろう。
(マクシミリアン様は私をどうするつもりなのだろう……)
以前はクルトに目もくれなかったのに、急に束縛するようなことをしてくるとは何なのだろう。
それに彼には今新しい番がいるだろう。そちらの方の相手をしなくていいのか、とも考えてしまう。
売り飛ばすなり殺すなり、もう好きにしてくれという投げやりな気持ちに襲われた。何もかもどうでも良かった。
子どもが亡くなったというのは、クルトと子どもを引き離すための嘘だとも思っていた。今思えばそういう嘘の方が何倍もマシだったのかもしれない。
クルトは子どもの名前を知らないのだ。名付けをする前に引き離されてしまい、おまけにそばに子どもの名前を教えてくれる人もいなかった。クルトが出産した後、用は済んだとばかりに誰も訪れなくなった。
一人で窓の外を眺めながら時間を潰して、孤独に耐えていた。
(私何をしているんだろう。何のために生まれてきたんだろう……)
そんな問いに答えてくれる人は誰もいない。クルトはため息を吐くと力なく目を閉じた。
突然ガチャガチャとドアノブを激しく回すような音が聞こえ、クルトは床に横たわったままドアをぼんやりと眺めていた。
「おい、扉の近くに誰がいないか?いたら離れてくれ、今から蹴破るから」
何が起きているのか分からないままずるずると這うようにして、ドアから離れる。少しの間ののち、凄まじい音が部屋に響き渡り、ドアがひしゃげながら開いた。
開いたというより破壊された、と言う方が正しいが。
「クルト!!ここにいたのか!」
ドアを破壊したのは何とバルハルトだった。どうやって来たのか、と聞きたくても喉が乾燥しているせいで上手く声が出ない。
「顔をこんなに殴られて……。可哀想に、すぐ手当をしよう」
バルハルトがクルトを抱き上げ部屋から出ていこうとした時、不意に庭先で物音がした。
バルハルトが腰に帯びている剣にそっと手を伸ばすのを手で制しつつ、窓から様子を窺っていると、背のやや高い細身の白い服を着た男が一輪の花を持って塚の前に佇んでいるのが見えた。
「神官長様?なぜここに?」
驚きながらも彼の動きを観察していると、彼が突然こちらを向いた。
明らかに目が合ってしまい、今更隠れるわけにもいかずクルトはバルハルトにささやいた。
「神官長様にバレちゃったみたい。でもあの方はマクシミリアン様よりもずっと話の分かる方だから」
一瞬バルハルトの顔に迷いが浮かんだが、クルトの言葉を信じることたようだ。頷くとクルトを庇うようにして立ち、神官長が部屋に来るのを待った。
大した時間もかからずに神官長は部屋にやって来たが、走って来たのか白髪混じりの黒髪はぼさぼさになっていた。
四十代後半と思われる神官長はすっきりとした切れ長の瞳の持ち主で、若い頃は非常に美形だったのであろうことが伺える顔立ちだった。
「クルト、お前はなぜここに?クビにしたはずだろう」
そう言いつつも彼の視線はバルハルトの方へと移っていく。上から下までバルハルトを眺めると、なぜか満足げな表情を浮かべた。
「私はクルトを連れ帰るために来ました。マクシミリアンがクルトを攫っていったので」
「また彼が勝手なことをしたんだね。本当に育て方を間違えたのかもしれない」
はあっ、と大きなため息を吐いて疲れたように彼は言った。
「とりあえずクルトは先に帰って怪我の手当てをした方が良さそうだね。バルハルト殿には話があるから、ここに残ってもらいたい」
せっかく来てくれたバルハルトと離れるのは心細いが、彼が安心させるように背中を優しく撫でてくれたため、クルトは先に館に戻ることにした。
クルトを見送ったのち、二人で庭先に出ると神官長はぽつりぽつりと話し始めた。
「まずクルトをクビにした件について話しましょう」
床の埃を軽く手で払いその上に神官長は無造作に座った。
「彼をクビにしたのは無能だからとか、そんな理由ではありません。子どもを亡くした後に彼の精神状態は非常に不安定になってしまった。もしこのままここにいたら、彼の心は壊れてしまうと思ったからです」
「……..それは理解できますが。しかしほっぽりだしたのはいかがなものかと」
思わずバルハルトがそう言えば、神官長はにやりと笑った。
「私が本当に無計画に彼をほっぽりだしたと思うかね?」
「えっ?」
「私が毎日神殿の前を通って家に帰る人間を把握していないとでも?」
笑いながら話す神官長にバルハルトは目を瞬かせた。
クルトの小さなつぶやきは誰にも聞かれることなく、部屋に吸い込まれ消えていく。
疲れ果て起き上がる気にもならず、床の上に丸まったままぼんやりとしていた。
(あの子には本当に可哀想なことをした。私の子どもに生まれてきてしまったばかりに、きちんと埋葬すらしてもらえずに、小さな塚のようなものだけで……)
涙はすっかり乾いてしまい、頬がぴりぴりとする。バルハルトが来てくれればと思うが、この場所は外部の者には知られていないはずだから、彼がここに来るのは難しいだろう。
(マクシミリアン様は私をどうするつもりなのだろう……)
以前はクルトに目もくれなかったのに、急に束縛するようなことをしてくるとは何なのだろう。
それに彼には今新しい番がいるだろう。そちらの方の相手をしなくていいのか、とも考えてしまう。
売り飛ばすなり殺すなり、もう好きにしてくれという投げやりな気持ちに襲われた。何もかもどうでも良かった。
子どもが亡くなったというのは、クルトと子どもを引き離すための嘘だとも思っていた。今思えばそういう嘘の方が何倍もマシだったのかもしれない。
クルトは子どもの名前を知らないのだ。名付けをする前に引き離されてしまい、おまけにそばに子どもの名前を教えてくれる人もいなかった。クルトが出産した後、用は済んだとばかりに誰も訪れなくなった。
一人で窓の外を眺めながら時間を潰して、孤独に耐えていた。
(私何をしているんだろう。何のために生まれてきたんだろう……)
そんな問いに答えてくれる人は誰もいない。クルトはため息を吐くと力なく目を閉じた。
突然ガチャガチャとドアノブを激しく回すような音が聞こえ、クルトは床に横たわったままドアをぼんやりと眺めていた。
「おい、扉の近くに誰がいないか?いたら離れてくれ、今から蹴破るから」
何が起きているのか分からないままずるずると這うようにして、ドアから離れる。少しの間ののち、凄まじい音が部屋に響き渡り、ドアがひしゃげながら開いた。
開いたというより破壊された、と言う方が正しいが。
「クルト!!ここにいたのか!」
ドアを破壊したのは何とバルハルトだった。どうやって来たのか、と聞きたくても喉が乾燥しているせいで上手く声が出ない。
「顔をこんなに殴られて……。可哀想に、すぐ手当をしよう」
バルハルトがクルトを抱き上げ部屋から出ていこうとした時、不意に庭先で物音がした。
バルハルトが腰に帯びている剣にそっと手を伸ばすのを手で制しつつ、窓から様子を窺っていると、背のやや高い細身の白い服を着た男が一輪の花を持って塚の前に佇んでいるのが見えた。
「神官長様?なぜここに?」
驚きながらも彼の動きを観察していると、彼が突然こちらを向いた。
明らかに目が合ってしまい、今更隠れるわけにもいかずクルトはバルハルトにささやいた。
「神官長様にバレちゃったみたい。でもあの方はマクシミリアン様よりもずっと話の分かる方だから」
一瞬バルハルトの顔に迷いが浮かんだが、クルトの言葉を信じることたようだ。頷くとクルトを庇うようにして立ち、神官長が部屋に来るのを待った。
大した時間もかからずに神官長は部屋にやって来たが、走って来たのか白髪混じりの黒髪はぼさぼさになっていた。
四十代後半と思われる神官長はすっきりとした切れ長の瞳の持ち主で、若い頃は非常に美形だったのであろうことが伺える顔立ちだった。
「クルト、お前はなぜここに?クビにしたはずだろう」
そう言いつつも彼の視線はバルハルトの方へと移っていく。上から下までバルハルトを眺めると、なぜか満足げな表情を浮かべた。
「私はクルトを連れ帰るために来ました。マクシミリアンがクルトを攫っていったので」
「また彼が勝手なことをしたんだね。本当に育て方を間違えたのかもしれない」
はあっ、と大きなため息を吐いて疲れたように彼は言った。
「とりあえずクルトは先に帰って怪我の手当てをした方が良さそうだね。バルハルト殿には話があるから、ここに残ってもらいたい」
せっかく来てくれたバルハルトと離れるのは心細いが、彼が安心させるように背中を優しく撫でてくれたため、クルトは先に館に戻ることにした。
クルトを見送ったのち、二人で庭先に出ると神官長はぽつりぽつりと話し始めた。
「まずクルトをクビにした件について話しましょう」
床の埃を軽く手で払いその上に神官長は無造作に座った。
「彼をクビにしたのは無能だからとか、そんな理由ではありません。子どもを亡くした後に彼の精神状態は非常に不安定になってしまった。もしこのままここにいたら、彼の心は壊れてしまうと思ったからです」
「……..それは理解できますが。しかしほっぽりだしたのはいかがなものかと」
思わずバルハルトがそう言えば、神官長はにやりと笑った。
「私が本当に無計画に彼をほっぽりだしたと思うかね?」
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笑いながら話す神官長にバルハルトは目を瞬かせた。
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