ドラゴン使いと元神官の奇妙な暮らし〜傷モノ神官はコワモテ軍人に溺愛される〜

江島梓

文字の大きさ
39 / 59

三十九話 私がどこにいても、あなたは見つけだしてくれる

しおりを挟む
「あの子に会いたい」

クルトの小さなつぶやきは誰にも聞かれることなく、部屋に吸い込まれ消えていく。

疲れ果て起き上がる気にもならず、床の上に丸まったままぼんやりとしていた。

(あの子には本当に可哀想なことをした。私の子どもに生まれてきてしまったばかりに、きちんと埋葬すらしてもらえずに、小さな塚のようなものだけで……)

涙はすっかり乾いてしまい、頬がぴりぴりとする。バルハルトが来てくれればと思うが、この場所は外部の者には知られていないはずだから、彼がここに来るのは難しいだろう。


(マクシミリアン様は私をどうするつもりなのだろう……)


以前はクルトに目もくれなかったのに、急に束縛するようなことをしてくるとは何なのだろう。
それに彼には今新しい番がいるだろう。そちらの方の相手をしなくていいのか、とも考えてしまう。



売り飛ばすなり殺すなり、もう好きにしてくれという投げやりな気持ちに襲われた。何もかもどうでも良かった。





子どもが亡くなったというのは、クルトと子どもを引き離すための嘘だとも思っていた。今思えばそういう嘘の方が何倍もマシだったのかもしれない。



クルトは子どもの名前を知らないのだ。名付けをする前に引き離されてしまい、おまけにそばに子どもの名前を教えてくれる人もいなかった。クルトが出産した後、用は済んだとばかりに誰も訪れなくなった。

一人で窓の外を眺めながら時間を潰して、孤独に耐えていた。


(私何をしているんだろう。何のために生まれてきたんだろう……)


そんな問いに答えてくれる人は誰もいない。クルトはため息を吐くと力なく目を閉じた。








突然ガチャガチャとドアノブを激しく回すような音が聞こえ、クルトは床に横たわったままドアをぼんやりと眺めていた。

「おい、扉の近くに誰がいないか?いたら離れてくれ、今から蹴破るから」


何が起きているのか分からないままずるずると這うようにして、ドアから離れる。少しの間ののち、凄まじい音が部屋に響き渡り、ドアがひしゃげながら開いた。
開いたというより破壊された、と言う方が正しいが。


「クルト!!ここにいたのか!」


ドアを破壊したのは何とバルハルトだった。どうやって来たのか、と聞きたくても喉が乾燥しているせいで上手く声が出ない。


「顔をこんなに殴られて……。可哀想に、すぐ手当をしよう」


バルハルトがクルトを抱き上げ部屋から出ていこうとした時、不意に庭先で物音がした。

バルハルトが腰に帯びている剣にそっと手を伸ばすのを手で制しつつ、窓から様子を窺っていると、背のやや高い細身の白い服を着た男が一輪の花を持って塚の前に佇んでいるのが見えた。


「神官長様?なぜここに?」

驚きながらも彼の動きを観察していると、彼が突然こちらを向いた。
明らかに目が合ってしまい、今更隠れるわけにもいかずクルトはバルハルトにささやいた。


「神官長様にバレちゃったみたい。でもあの方はマクシミリアン様よりもずっと話の分かる方だから」


一瞬バルハルトの顔に迷いが浮かんだが、クルトの言葉を信じることたようだ。頷くとクルトを庇うようにして立ち、神官長が部屋に来るのを待った。




大した時間もかからずに神官長は部屋にやって来たが、走って来たのか白髪混じりの黒髪はぼさぼさになっていた。
四十代後半と思われる神官長はすっきりとした切れ長の瞳の持ち主で、若い頃は非常に美形だったのであろうことが伺える顔立ちだった。


「クルト、お前はなぜここに?クビにしたはずだろう」

そう言いつつも彼の視線はバルハルトの方へと移っていく。上から下までバルハルトを眺めると、なぜか満足げな表情を浮かべた。

「私はクルトを連れ帰るために来ました。マクシミリアンがクルトを攫っていったので」


「また彼が勝手なことをしたんだね。本当に育て方を間違えたのかもしれない」


はあっ、と大きなため息を吐いて疲れたように彼は言った。

「とりあえずクルトは先に帰って怪我の手当てをした方が良さそうだね。バルハルト殿には話があるから、ここに残ってもらいたい」

せっかく来てくれたバルハルトと離れるのは心細いが、彼が安心させるように背中を優しく撫でてくれたため、クルトは先に館に戻ることにした。








クルトを見送ったのち、二人で庭先に出ると神官長はぽつりぽつりと話し始めた。


「まずクルトをクビにした件について話しましょう」

床の埃を軽く手で払いその上に神官長は無造作に座った。

「彼をクビにしたのは無能だからとか、そんな理由ではありません。子どもを亡くした後に彼の精神状態は非常に不安定になってしまった。もしこのままここにいたら、彼の心は壊れてしまうと思ったからです」


「……..それは理解できますが。しかしほっぽりだしたのはいかがなものかと」


思わずバルハルトがそう言えば、神官長はにやりと笑った。


「私が本当に無計画に彼をほっぽりだしたと思うかね?」

「えっ?」

「私が毎日神殿の前を通って家に帰る人間を把握していないとでも?」

笑いながら話す神官長にバルハルトは目を瞬かせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

ボクが追放されたら飢餓に陥るけど良いですか?

音爽(ネソウ)
ファンタジー
美味しい果実より食えない石ころが欲しいなんて、人間て変わってますね。 役に立たないから出ていけ? わかりました、緑の加護はゴッソリ持っていきます! さようなら! 5月4日、ファンタジー1位!HOTランキング1位獲得!!ありがとうございました!

獣のような男が入浴しているところに落っこちた結果

ひづき
BL
異界に落ちたら、獣のような男が入浴しているところだった。 そのまま美味しく頂かれて、流されるまま愛でられる。 2023/04/06 後日談追加

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました

まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。 性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。 (ムーンライトノベルにも掲載しています)

処理中です...