5 / 11
第五話 お茶会with 推し
しおりを挟む
「私は陛下のお考えに賛成です」
俺がそう言った瞬間、蕭将軍は目をひん剥いてこちらを見てきた。男前は目をひん剥いても男前だ。
「後宮に入れる、入れないに関わらず、まず陛下の命を助けてくださった方には、丁寧なもてなしをするのが普通でしょう」
俺の言葉に何人か頷きそうな者もいるが、相変わらず大多数は納得していなさそうだ。
「しかしゆくゆくはそうするにしても、まだ後宮に入れる、と決めるのはいささか早急すぎる気も致します。瑞寧様もこちらに慣れるのには時間が必要でしょう」
皇帝はそこではっとしたような顔をした。どうやら瑞寧を手放したくない、という気持ちが勝り、彼のことを慮るのを忘れていたようだ。
「……確かに朕も急ぎすぎた。彼を後宮に入れることについては、もう少し検討した方が良いかもしれぬ」
宰相の方を見れば、彼はどこかほっとしたように息をついていた。とりあえず瑞寧の後宮入りは延期できたのだ。反対していた彼からすれば、この流れは嬉しいのだろう。
(まあ俺は最終的には瑞寧には後宮に入ってもらうつもりだけどね!!)
宰相には悪いが俺には俺の目的がある。
俺がせっせと先のことを考えているうちに、気がつけば朝議は終わっていた。
「沈殿、何をぼんやりしている」
蕭将軍に声をかけられて、俺はようやくはっとした。
「いや、ちょっと考え事を…….」
「また悪巧みか?」
「違いますよ!!」
そこだけは全力で否定すると将軍は鼻を鳴らし、すっと俺の耳に口元を寄せてきた。
「どういうつもりだ沈明星」
「えっ……」
彼の質問に戸惑い固まってしまうと、彼に腕を掴まれた。
「沈殿に内密に話したいことがある。この後私の執務室に来ていただけるか?」
口調は丁寧だが有無を言わせぬ響きがあった。彼の圧に負け、俺は大人しくついていくことにした。
蕭将軍の執務室は想像していたよりもずっと質素で、しかしそれでいて整然としていた。
将軍は俺に座るよう手で示すと、口を開いた。
「沈殿に聞きたい。何故瑞寧様の件について賛成した?あなたの計画は崩れるのでは?」
「計画?」
「自分であれだけ根回ししようとして忘れているのか。あなたの妹御の入内のことだ」
「あー……」
推したちの登場ですっかりそのことについては忘れていた。俺は頭を掻きながら、素直に将軍に話すことにした。
「その件はなしで」
「えっ?」
思っていたよりもあっさりと言う俺に、彼は怪訝そうな顔をした。
(そりゃあれだけ権力にこだわっていた明星が、いきなり入内の件はなしでって言ったら驚くだろうけどさ)
「出世とかもういいかなって思ったので……。それに妹の翠麗も下手に妃にして皇后の座を争わせるより、いい感じの相手と穏やかに暮らした方がいいかと」
俺は推したちの幸せを見届けられればそれでいいのだ。下手に権力争いをして一族皆殺しに遭うよりも、細々とでも穏やかに暮らすのが一番だ。
「…….人が変わったような」
呆然と呟く蕭将軍に俺は曖昧に笑って誤魔化した。
(そりゃあ中身が違うからね)
「……あなたの考えは分かった。聞きたいことは以上だ」
しばらく思案するような素振りを見せた彼は、それだけ言うと従者を呼んで、茶を用意させた。
「呼びつけてそれで終わり、とは申し訳ない。茶でも一杯飲んでから帰るといい」
「えっ?!いいんですか?」
推しと一緒にお茶なんて、あまりにも幸せすぎる。しかも常に戦時にいるイメージがある蕭将軍の、日常を見られるなんて、二次創作でしかない展開だ。
「ただの茶だ。何故そんな期待に満ちた目で見てくるんだ」
「いや……何というか蕭将軍がお茶を飲むところを想像できなくて」
「私を一体なんだと思っている」
そう言いながらも蕭将軍は従者が運んできたお茶を、手際良く二人分の茶杯に注いでくれた。
ふんわりと茶のいい香りが広がり、とてもリラックスできる。
「いい香り~」
まず香りを楽しんでから一口茶を啜る。お茶の温度がちょうど良くて、ごくごく飲めてしまいそうだ。
推しの手前できる限り上品に振る舞おうとするが、それでも俺は夢中でお茶を味わった。
(ただでさえ美味しいお茶が、推しに入れてもらったことでさらに美味しくなっている!)
俺は心の中で踊りながらお茶を楽しんでいると、蕭将軍が口を開いた。
「私の淹れた茶をなんの疑いもなく飲むのか」
「あっ……すみません。つい美味しくていっぱい飲んじゃいました」
「別にそこを言っているわけではない。以前私が淹れた時、指一本触れずに茶器をひっくり返していたが。
本当に変わったな」
申し訳なさで俺はここから消えたくなるほどだ。そんなことをしていたなんて、謝罪会見を開いても足りないくらいだ。
「その時は本当にごめんなさい。あなたに対してとても失礼な振る舞いをしてしまって……」
「過ぎたことだ、もういい。しかしあなたは気をつけた方がいいだろう。当然自覚していると思うが、あなたは多くの人から恨まれている。適度な警戒心を持っていないと、命を落とす」
彼の言葉に俺はうっかりそのことを忘れていたのだと気がついた。確かにその通りだ。周りから見て俺と明星の違いなどすぐには分からない。
「……ご忠告ありがとうございます」
俺は何故だか居た堪れなくなって、その場を後にした。
俺がそう言った瞬間、蕭将軍は目をひん剥いてこちらを見てきた。男前は目をひん剥いても男前だ。
「後宮に入れる、入れないに関わらず、まず陛下の命を助けてくださった方には、丁寧なもてなしをするのが普通でしょう」
俺の言葉に何人か頷きそうな者もいるが、相変わらず大多数は納得していなさそうだ。
「しかしゆくゆくはそうするにしても、まだ後宮に入れる、と決めるのはいささか早急すぎる気も致します。瑞寧様もこちらに慣れるのには時間が必要でしょう」
皇帝はそこではっとしたような顔をした。どうやら瑞寧を手放したくない、という気持ちが勝り、彼のことを慮るのを忘れていたようだ。
「……確かに朕も急ぎすぎた。彼を後宮に入れることについては、もう少し検討した方が良いかもしれぬ」
宰相の方を見れば、彼はどこかほっとしたように息をついていた。とりあえず瑞寧の後宮入りは延期できたのだ。反対していた彼からすれば、この流れは嬉しいのだろう。
(まあ俺は最終的には瑞寧には後宮に入ってもらうつもりだけどね!!)
宰相には悪いが俺には俺の目的がある。
俺がせっせと先のことを考えているうちに、気がつけば朝議は終わっていた。
「沈殿、何をぼんやりしている」
蕭将軍に声をかけられて、俺はようやくはっとした。
「いや、ちょっと考え事を…….」
「また悪巧みか?」
「違いますよ!!」
そこだけは全力で否定すると将軍は鼻を鳴らし、すっと俺の耳に口元を寄せてきた。
「どういうつもりだ沈明星」
「えっ……」
彼の質問に戸惑い固まってしまうと、彼に腕を掴まれた。
「沈殿に内密に話したいことがある。この後私の執務室に来ていただけるか?」
口調は丁寧だが有無を言わせぬ響きがあった。彼の圧に負け、俺は大人しくついていくことにした。
蕭将軍の執務室は想像していたよりもずっと質素で、しかしそれでいて整然としていた。
将軍は俺に座るよう手で示すと、口を開いた。
「沈殿に聞きたい。何故瑞寧様の件について賛成した?あなたの計画は崩れるのでは?」
「計画?」
「自分であれだけ根回ししようとして忘れているのか。あなたの妹御の入内のことだ」
「あー……」
推したちの登場ですっかりそのことについては忘れていた。俺は頭を掻きながら、素直に将軍に話すことにした。
「その件はなしで」
「えっ?」
思っていたよりもあっさりと言う俺に、彼は怪訝そうな顔をした。
(そりゃあれだけ権力にこだわっていた明星が、いきなり入内の件はなしでって言ったら驚くだろうけどさ)
「出世とかもういいかなって思ったので……。それに妹の翠麗も下手に妃にして皇后の座を争わせるより、いい感じの相手と穏やかに暮らした方がいいかと」
俺は推したちの幸せを見届けられればそれでいいのだ。下手に権力争いをして一族皆殺しに遭うよりも、細々とでも穏やかに暮らすのが一番だ。
「…….人が変わったような」
呆然と呟く蕭将軍に俺は曖昧に笑って誤魔化した。
(そりゃあ中身が違うからね)
「……あなたの考えは分かった。聞きたいことは以上だ」
しばらく思案するような素振りを見せた彼は、それだけ言うと従者を呼んで、茶を用意させた。
「呼びつけてそれで終わり、とは申し訳ない。茶でも一杯飲んでから帰るといい」
「えっ?!いいんですか?」
推しと一緒にお茶なんて、あまりにも幸せすぎる。しかも常に戦時にいるイメージがある蕭将軍の、日常を見られるなんて、二次創作でしかない展開だ。
「ただの茶だ。何故そんな期待に満ちた目で見てくるんだ」
「いや……何というか蕭将軍がお茶を飲むところを想像できなくて」
「私を一体なんだと思っている」
そう言いながらも蕭将軍は従者が運んできたお茶を、手際良く二人分の茶杯に注いでくれた。
ふんわりと茶のいい香りが広がり、とてもリラックスできる。
「いい香り~」
まず香りを楽しんでから一口茶を啜る。お茶の温度がちょうど良くて、ごくごく飲めてしまいそうだ。
推しの手前できる限り上品に振る舞おうとするが、それでも俺は夢中でお茶を味わった。
(ただでさえ美味しいお茶が、推しに入れてもらったことでさらに美味しくなっている!)
俺は心の中で踊りながらお茶を楽しんでいると、蕭将軍が口を開いた。
「私の淹れた茶をなんの疑いもなく飲むのか」
「あっ……すみません。つい美味しくていっぱい飲んじゃいました」
「別にそこを言っているわけではない。以前私が淹れた時、指一本触れずに茶器をひっくり返していたが。
本当に変わったな」
申し訳なさで俺はここから消えたくなるほどだ。そんなことをしていたなんて、謝罪会見を開いても足りないくらいだ。
「その時は本当にごめんなさい。あなたに対してとても失礼な振る舞いをしてしまって……」
「過ぎたことだ、もういい。しかしあなたは気をつけた方がいいだろう。当然自覚していると思うが、あなたは多くの人から恨まれている。適度な警戒心を持っていないと、命を落とす」
彼の言葉に俺はうっかりそのことを忘れていたのだと気がついた。確かにその通りだ。周りから見て俺と明星の違いなどすぐには分からない。
「……ご忠告ありがとうございます」
俺は何故だか居た堪れなくなって、その場を後にした。
15
あなたにおすすめの小説
異世界転移して美形になったら危険な男とハジメテしちゃいました
ノルジャン
BL
俺はおっさん神に異世界に転移させてもらった。異世界で「イケメンでモテて勝ち組の人生」が送りたい!という願いを叶えてもらったはずなのだけれど……。これってちゃんと叶えて貰えてるのか?美形になったけど男にしかモテないし、勝ち組人生って結局どんなん?めちゃくちゃ危険な香りのする男にバーでナンパされて、ついていっちゃってころっと惚れちゃう俺の話。危険な男×美形(元平凡)※ムーンライトノベルズにも掲載
強制悪役劣等生、レベル99の超人達の激重愛に逃げられない
砂糖犬
BL
悪名高い乙女ゲームの悪役令息に生まれ変わった主人公。
自分の未来は自分で変えると強制力に抗う事に。
ただ平穏に暮らしたい、それだけだった。
とあるきっかけフラグのせいで、友情ルートは崩れ去っていく。
恋愛ルートを認めない弱々キャラにわからせ愛を仕掛ける攻略キャラクター達。
ヒロインは?悪役令嬢は?それどころではない。
落第が掛かっている大事な時に、主人公は及第点を取れるのか!?
最強の力を内に憑依する時、その力は目覚める。
12人の攻略キャラクター×強制力に苦しむ悪役劣等生
親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
転生したらスパダリに囲われていました……え、違う?
米山のら
BL
王子悠里。苗字のせいで“王子さま”と呼ばれ、距離を置かれてきた、ぼっち新社会人。
ストーカーに追われ、車に轢かれ――気づけば豪奢なベッドで目を覚ましていた。
隣にいたのは、氷の騎士団長であり第二王子でもある、美しきスパダリ。
「愛してるよ、私のユリタン」
そう言って差し出されたのは、彼色の婚約指輪。
“最難関ルート”と恐れられる、甘さと狂気の狭間に立つ騎士団長。
成功すれば溺愛一直線、けれど一歩誤れば廃人コース。
怖いほどの執着と、甘すぎる愛の狭間で――悠里の新しい人生は、いったいどこへ向かうのか?
……え、違う?
異世界転生先でアホのふりしてたら執着された俺の話
深山恐竜
BL
俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
悪役令息物語~呪われた悪役令息は、追放先でスパダリたちに愛欲を注がれる~
トモモト ヨシユキ
BL
魔法を使い魔力が少なくなると発情しちゃう呪いをかけられた僕は、聖者を誘惑した罪で婚約破棄されたうえ辺境へ追放される。
しかし、もと婚約者である王女の企みによって山賊に襲われる。
貞操の危機を救ってくれたのは、若き辺境伯だった。
虚弱体質の呪われた深窓の令息をめぐり対立する聖者と辺境伯。
そこに呪いをかけた邪神も加わり恋の鞘当てが繰り広げられる?
エブリスタにも掲載しています。
ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました
あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」
完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け
可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…?
攻め:ヴィクター・ローレンツ
受け:リアム・グレイソン
弟:リチャード・グレイソン
pixivにも投稿しています。
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる