うっかり死んだ大学生、推し小説の悪役令息に転生する!!

江島梓

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第七話 約束

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月の冷たい光が都を照らす夜。俺はとうとう皇帝の寝所への潜入を試みた。




しかし潜入と言っても、スパイ映画のように壁をよじ登ったり、屋根の上を走ったりするわけではない。



俺は普通に表の門から皇帝の寝所がある皇宮へと、てくてく入って行った。


もちろん警備の兵士たちには、急ぎの知らせがあると嘘を吐き、多少のお金を握らせてはいる。




(お金握らせた時の背徳感やばいねー!悪役やってる感じ)



こんな賄賂みたいなの、俺はこれまで一度もやったことがなかった。


正直に言えばちょっとわくわくしてしまった。
その後途中で侍女や護衛に出くわした時は、いい感じの嘘で誤魔化し何とか切り抜けた。





それから皇帝の寝所に着くまで、長くて無駄にぴかぴか光を放っている廊下を、俺はひたすら歩き続けた。






(正直甘くみていたな、皇宮の広さを)



日頃運動不足の俺の足は、すでに悲鳴を上げそうになっている。足が震えそうになった頃、ようやく寝所に辿り着いた。




「はあっ、はあっ……しんどい」



額の汗を拭き乱れた髪を整えて、寝所の戸を叩こうとした時。



「陛下、んっ……」



「そう恥ずかしがるな、瑞寧」



何やら急に艶めかしい声が聞こえてきて、俺はすんでのところで戸を叩くのを思いとどまった。



(何かいちゃついてる?ちょっと失礼…….)



俺は申し訳ないと思いつつも、戸の隙間からそっと部屋の中を覗いた。




広い部屋の奥の方にある寝台から、その声は聞こえてくるようだった。天蓋に遮られ二人の様子を見ることはできない。


(逆に見えなくてよかったー!気まずすぎるもんね)



しかし問題はこの空気感では、俺はいつまで経っても部屋に入れないということだ。



空気をぶち壊すのも嫌だが、事後にずかずか入っていくのも嫌だ。悩みまくり、それでも結論は出ず頭を抱えていると、突然背後から手が伸びてきて口を塞がれた。


(何?!)



しかしここで暴れれば皇帝たちにバレてしまい、それこそ空気をぶち壊してしまう。



そのまま俺は何者かに担ぎ上げられ、皇帝の寝所から連れ出された。




俺はようやく庭先で下ろしてもらい、相手の顔を拝むことができた。


目の前の大柄な男───蕭将軍は明らかに不機嫌そうだった。


「こんばんは、蕭将軍」


「あそこで何をしていた?」



「いや、あの……部屋に入るタイミングを窺っていました。決して覗きではありません」


俺はにこにこしながら答えたが、彼はむっつりと黙り込んだままだった。


「別に情事の音を聞いていたわけではありません」


「…….っ!!恥知らずな!」



蕭将軍が狼狽え彼の耳の先がほんのり赤くなるのをみて、俺は思わずにやけそうになった。


(見かけに反して初心だなあ。可愛いぞ)



「沈殿はだいぶ悪趣味なんだな!そもそも聞き耳を立てるなど……」

彼の長い説教タイムが始まりそうになり、俺は手をひらひら振って遮った。



「私は本当に覗きにきたわけじゃありません」



「ではこっそり陛下と瑞寧様の命を狙いに?!」


何故彼はすぐそういう方向に行ってしまうのか、と俺はため息を吐きたくなった。



「私は陛下に進言しようと思って来たまでです」



その途端蕭将軍は怪訝そうな顔をした。



「進言?何を?妹御の件か?」


「違いますよ。騎馬民族との和平と後宮の縮小について!」


その途端彼はぽかんとした顔でこちらを眺めてきた。



「和平交渉……?本当か?」



「本当ですよ!!これ以上民を疲弊させれば、この国は持たなくなってしまいます」



じっと彼の目を見つめながら話すと、彼は少し考え込むようなそぶりをみせた。



「…….一度その提案を断ったというのに。あなたが一体何を考えているのかは分からない。それにあなたを疑う気持ちも正直ある。……しかし私たちにはもうそんな相手を疑う時間が残されていない」



そうゆっくりと話す彼の手を俺はぎゅっと握った。



「今こそ私たちは協力すべきです!もちろんいきなり信用しろ、とは言いません。あくまで政治的利益の為に、契約するという形はどうですか?」



「…….いいだろう。しかしあなたが自己の利益の為だけに動くなら、私は容赦なく手を下す。それでいいか?」



相変わらず真面目だな、と思いながらも俺は頷いた。



「それで大丈夫です」



「ならいい。よし、これで交渉成立だ。…ところでその手をそろそろ離してくれないか」



彼にそう言われて俺はようやく手をずっと握っていたことに気がついた。


「へへっ、すみません。それにしても将軍の手は大きくて男らしくて、とってもいいですね」



推しの手を触れたのだ。しかもちょっと触れるのではなく、がっつり握ることができた。


「もう一回手を握ってもいいですか?」



「ダメだ」



冷たく返され俺は思わず頬を膨らませた。しかし推しを不愉快な気持ちにさせるのは本意ではない。


「それは残念。でもダメなら仕方ないです」


俺が手を話すと蕭将軍は自分の手をまじまじと見つめていた。そんなに嫌だったのだろうか。


「蕭将軍」



「なんだ」



「この後どうします?陛下の寝所にもう一度行きますか?」




そう尋ねた瞬間、彼は再び顔を赤くした。先ほどは耳先が赤くなるだけだったのに、今回は首まで真っ赤に染まっていった。




「今夜は……もうやめた方がいい。その、お二人を邪魔することになる」



「はいはい分かりましたよ」



では解散、と俺が帰ろうとすると、彼に引き留められた。



「明日の夕方なら進言できるだろう。丁度陛下が寝所にお戻りになる時間だ。そこなら余計な邪魔は入らない」


「分かりました。ではまた明日」


「ああ」


軽く返事をして踵を返した将軍に俺は手を振りながら、そろそろ自分も屋敷に帰ることにした。
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