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彼の夢。
しおりを挟む彼は夢を見た。
一ヵ月後に迫った、全校一斉球技大会のチーム編成が決まった日の体育の授業中、彼は突然自分のチームメイトに話し掛けられた。
「何でお前、バレー選んだの」
チームメイトはそう、冷たい声で彼に問うた。
バレーを選んだ理由は特に無かった。ただ、球技会の種目にバスケットボールとバレーボールしかなかったので、なんとなくバレーボールを選んだ。強いて言えば、バスケットボールのように走り回る競技は、運動音痴な彼にとって、あまり好ましくなかったからだ。ただ、それだけのことだった。
「……本当は、どっちもやりたくないんだけど……」
彼は、相変わらず俯いたまま少々間を置いてからそう答えた。長い前髪の所為で、表情はうまく読み取れない。
「あぁ、そう……」
チームメイトは彼にそれだけそっけなく返すと、また彼に話しかける以前のようにコート内を眺めた。この日の授業は、バスケットボールだった。
「なんで……」
そんなこと聞くの、と彼が続ける前に、チームメイトが「だって、」と口を開いた。
「さっきお前が出てた試合見てたけど、結構動き回ってたじゃん。バスケはさ、ああいう風に動き回ってれば、下手な奴もそれなりに見えるんだよ。だけど、バレーはバスケみたいに短時間で試合が展開する訳でもなければ、走り回るわけでもないだろ。つまり、上手い下手がそのままゲーム展開に反映されちゃうわけ。分かる?」
チームメイトは、それだけ一気に口を動かしてから、やっと視線をコートから外し彼を見た。彼は、チームメイトが何を言いたいのか理解出来ず、黙っていた。
「つまりさ……お前、うちのチームにいても邪魔じゃん? だから、なんでバスケにしなかったのかな、と思って」
彼はそのチームメイトの言葉に驚くと同時に、運動が普通の高校生のように上手く出来ない自分を憎んだ。今まで自分の運動音痴を何でだろう、と思ったことはあったが、ここまで憎んだのは初めてだった。
彼は目の前のチームメイトに「ごめん……」と一言、蚊の鳴くような声で詫びた。調度、試合終了の笛が体育館内に響き渡る直前だった。
そこで彼は、目を覚ました。
目を開けてゆっくりと起き上がる。
小さな寒気が彼を襲い、それがやがて冷や汗を掻いている所為だと分かると、彼は夢の中の出来事が現実でなくて良かったと酷く安堵した。そして、あの夢が本当に現実にならないように、と心から祈った。今日は偶然にも、球技会のチーム編成をする日だった。
登校後、朝のショートホ-ムルーム時に提出しなければいけない現国の宿題があったことに気付き、慌てて片付けてなんとか間に合わせた。一時間目の英語の単語テストでは、前日に勉強した甲斐あってか、満点を取れた。二時間目の芸術では、選択している美術で今取り組んでいる空想画のキャンバスに一心に絵の具を置いた。三時間目の理科では、授業がつまらないことで有名な教師のつまらない教えを、必死にノートに書き留めた。
四時間目。とうとうその時が来た。彼は緊張しながらも、学年全員が集まるフリースペースに移動した。
「えぇー、今日のロングホームルームは、球技会の種目とチームの決定をしてもらいます」
学年の担任団の代表なのか、一人の男性教師が二三連絡事項を述べてから、そう切り出した。そして、男子と女子それぞれA組とC組教室に分かれ、種目の希望調査と、チーム決定の作業をすることになった。
「じゃあまず、バスケやりたい奴はこっち、バレーやりたい奴はこっちに、名前書いてくれ」
実行委員らしき一人の男子生徒が前に立ち、黒板を縦に二つになるよう一本の線を引いた。左側の上部に「バスケ」右側の上部に「バレー」と記入して、そう指示を出した。実行委員はその後、教室外まで届くような大きな声で、「じゃあ、全員書いて」と言ってから、まず自分の名前を左のバスケの欄に書いた。
それに続くように、五十人以上の人間が、一度に黒板へ押し寄せる。はじめは黒かった黒板は、みるみるうちに、人の名前で白く埋め尽くされていった。
「書いてない奴、いるかー?」
しばらく経ち、周りも落ち着いた頃合を見計らい、実行委員がそう声を掛ける。すると、「お前はどーすんの?」と、一人の男子が黒板の前で彼を振り返った。自分の名前を書いた所なのだろう。
彼は、振り返ってきた男子に見覚えがあった。それはまさしく、夢の中で彼に「邪魔」だと言い放った、チームメイトだった。
彼はそこで、今朝夢が現実にならないように、と祈っていた自分を思い出した。
「あ、えっと……ついでに、オレの名前、左の方に書いてもらえる?」
彼の言葉を快く引き受けた夢の中のチームメイトは、彼の名前を「バスケ」と書かれた欄に記入した。
(最終改訂:2008/03/10)
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