青春なんて要らないのに

April

11

「…これ、ゆうのお父さん…？」
先生が指さしたのは、俺が七五三の時の写真だった。家族全員で写っている。
実家を離れて一人で住むのは心細くて、何枚か家族の写真を持ってきていたんだ。誰かに見られるとは思っていなかったから恥ずかしい。

「そうですけど…」
「永瀬先生だ！」

先生が唐突に叫ぶ。
俺の父親は塾講師だ。もしかして…

「僕、高校生のころゆうのお父さんに教わっていたんだよ！そういえば同じ苗字だ…！」

そんな偶然があるのかとあっけにとられている俺のそばで、先生がスマホをいじりだす。

「もしもし、永瀬先生ですか？お久しぶりです、若狭朔です。今、永瀬優馬君と一緒にいるんですが…」

展開が早くてついていけない。え、そんな偶然ある…？
そもそも俺の父親の働いている塾は、そんなにレベルの高い塾ではなかったはずだ。こんな優秀な先生だから、俺の父親の塾に通ってたなんて考えもしなかった。
ただただ驚くしかなかった俺に、先生がスマホを渡してくる。代われということらしい。

「もしもし、ゆうまか？元気でやってるか？」
「うん、元気だよ」
文字でやりとりすることはあっても、電話で声を聞くのは久しぶりだった。
「若狭君から話は聞いたぞ。楽しくやってるらしいな。」
「ゆうまがいいなら、若狭君と一緒に住むといい。親としても、一人暮らしより安心できるからな。もしそのつもりならマンションの解約もこっちでやっておくから、気にするな。」

えぇ…隣にはにっこにこの先生。

「…わかった。前向きに検討します…」

なんて言ったらいいかわからなくて敬語になる。
ゆっくり考えなさい、と言って、父は電話を切った。

「これで親御さんの許可は取れたね！あとはゆうの気持ちだけだね！」

先生がずっとテンション高い。かつての先生に会えたからか、俺と一緒に住む許可が下りたからか…。
先生の家に戻って、俺は先生の高校生のころの話を聞くことになる。
「永瀬先生は僕の恩師だよ。僕は高校生のころまで勉強が大嫌いだったんだ。でも、永瀬先生に出会って、勉強の楽しさ、知識を得る楽しさを知ったんだよ。それに、勉強以外のことも相談に乗ってもらったんだ。人間関係のこととか、将来のこととか。」

俺は、父が仕事しているところを見たことがない。だから、家の外でも変わらず優しい父のことが知れて、くすぐったいような、照れくさいような気持ちになった。

「言われてみれば、ゆうの口調とか性格は先生に似ているよね。僕の話を一生懸命聞いてくれるところはそっくりだ。」

お風呂に入ったあと、先生の家のふかふかのソファーに座って、二人で笑った。
世間は意外と狭い。

明日は学校だ。それに、先生の授業を受けられる日。楽しみだな。
先生は授業の準備があるらしく、パソコンに向かっていた。
かっこいいなぁとぼんやり思っているうちに、俺はいつの間にかソファーで眠っていた。