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09:追放されし者

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「思い出しましたわシオン様! 追放されし者ですの!!」

(あの子、一体何を言っているんだろう)

 テーブルの片付けが済み、そろそろシオンとリヴェルの元へ向かおうとしていたフルールは、突然のリヴェルの叫び声を聞いた。
 追放されし者。そんな言葉、聞いた事がない。

「追放されし者?」

「ええ、そうですの! 初代勇者エスト様は、お一人で旅を続けた末に魔王を討たれたのはご存じですわよね?」

 初代勇者エスト。魔王を討った後に王国へ帰還し、その功績を讃えられて勇者の称号と侯爵位を与えられた、シオンの祖先にあたる人物だ。

「そのエスト様がお一人で旅立たれたのには訳がありますの!
 実はエスト様は“追放されし者”という隠された称号をお持ちでしたの。最初はパーティーで行動していたエスト様ですが、事情があってそのパーティーを追放されてしまったのですわ!」

(これは……、リヴェル様ったら)

 ここまで聞いて、この話がリヴェルの作り話であるとフルールには分かってしまった。しかしフルールはリヴェルの話を止めず、テーブルに腰掛けて見守る事にした。

「そんな話聞いた事がないけどなぁ。何でリヴェルは知ってるの?」

(さて、どうやって話を続けるつもりかしら)

 シオンは侯爵家嫡男。自分の家の、それも初代当主に関する後生に伝わっている話を聞かされていない訳がない。この場の思い付きでリヴェルがシオンにどう信じさせるのか。

「そ、それは……」

 キョロキョロと目を泳がせるリヴェル。王女とはいえ八歳の女の子。そんなにポンポンと嘘が浮かぶものではないようだ。

(考えるのですわリヴェル! シオン様を守る為、シオン様にそばにいて頂く為に!!)

 追放されてしまうほどの事情とは、よほどの出来事とは何か。英雄の身に何が起これば追い出されるような事態になるのか……。

(英雄、色を好む……!)

 まるで連想ゲームのような発想で出て来た一つの言葉。その思い付きだけを頼りに、普段からわがまま放題言って周りの人間を翻弄しているその口で捲し立てようとするリヴェル。

「エスト様があまりにも女性関係にだらしがなかったからですの。元々のエスト様の旅のお供は三人の女性がおりました。その三人共と関係を持ち、その事を咎められたエスト様はその身一つでパーティーを追い出されたのです!
 そんなお話、魔王を討伐して勇者の称号と侯爵位を与えられたエスト様にとって後生に残してほしくない不都合な真実ですの! だから、王家に頼んで無かった事にされた。これが追放されし者の真実ですの!!」

 不都合な真実。隠された真相。一般的には出回っていない話であるが、その話を伏した王家の人間であるリヴェルに伝わっていてもさほどおかしくはない。
 後生に聞かせたくない話なのだから、シオンが知らないのは当たり前である。

(これだけならただの知られざる話でしかない。問題はここからだけど)

 フルールは上層を見上げる。歳の離れたいとこと、自らが仕える主。小さなお姫様は敵わぬ恋をしている。いつまでも出来る恋ではない。誰かにその恋心を摘み取られるまで、そっと見守ってあげたいとフルールは思っている。
 自身も、いずれ近い内にこの恋心を摘み取られる運命なのだから。

「……追放されたという事情は分かったけど、だから何なの? それは一人で旅をしなければならなくなっちゃったという隠された理由でしかないよね?」

 待ってましたと、リヴェルが大きく口を開く。

「実はエスト様はパーティーを追放された後、急激にお強くなられたのです! これこそが称号“追放されし者”の効果、隠された称号を得る事によって発現したスキルの恩恵なのですわ!!」

 シオンが一人で旅をしたいと言っても皆はただただ止めるだけ。しかしシオンがパーティーメンバーから追放されようと考えて行動を起こすならば、もうわがままに付き合っていられないと追い出されるのではないか。
 その上で一人で旅を続けると言っても父親である侯爵が引き留め、修行は王都の屋敷でするよう説得するだろう。
 リヴェルの憶測と自身の願望だけで構成された、嘘の初代勇者に関する“不都合な真実”。

(ちょっと厳しくないかしら?)

 フルールが何と言ってリヴェルを諫めようかと考えていると……。

「追放されし者……!? その称号が手に入れば一緒にスキルも発現するって事なの!?」

 すんなりとシオンが食い付いてしまった。何故ならば……。

「お父様もお祖父様もスキルを持っておられるのに、僕は何のスキルも持って生まれなかったんだ。
 でも、でも! 追放されし者さえあれば、僕もスキルを得る事が出来る!! 今よりももっと強くなって、ドラゴンも一人で倒す事が出来る!!」

 シオンは、自身がスキルを持っている事を知らない。知らされていない。
 ゆえに、その事に対し常日頃からコンプレックスを抱いていたのだった。

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