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34:教えを乞う

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 ここで話題は社長へと飛ぶ。
 手の平を返したように部長が俺に下手に出たり、おべっかを使うような人じゃなくて安心した。
 そっちの方が信用出来ないからな。
 自分の保身の為に、それこそ俺みたいな若造にペコペコし出すような奴に部長なんて任せていられない。

「実はな、今夜に石橋と田沼と上條と、四人で会食する予定でな。
 恐らくワシに名誉顧問を辞めろってんだろうよ」

 その通りです、よくお分かりで。
 部長が驚いた表情で俺の顔を覗き見る。
 いや、あなたみたいに分かりやすく顔には出しませんよ? これでも元経理部ですから。
 社員に対して言えない事や知られるとマズイ情報なんかを取り扱う部署ですからね。
 顔芸は割と得意ですとも。

「八十を越えて体力も限界だからな。
 最近では電話で知ってる事を教えてやるくらいしか出来なかったから、顧問も何もないんだよ。
 俺と石橋と田沼が始めた会社だ。
 後は二人と、この幸坂に任すよ。
 心残りは息子がバカで社員に迷惑を掛けた事だけどな。
 後任の鷲田にはずいぶん迷惑を掛けたと思っとる、すまんかったな」

「いえ、そんな……」

 後任、とな?

「うちの息子バカは営業部長しててな、鷲田のお陰で営業が回ってるのに気付かんで石橋と田沼に噛み付きよった。
 それで追い出されたんよ。
 まぁ自業自得ってヤツだ」

 ははぁ、そういう経緯が。

「この会社を立ち上げてもう五十年とちょっと。会社の平均寿命は四十年と言うが、ここまで続けられたのは社員のお陰だ。
 ワシは本当にそう思っとる。
 だからな、鷲田。
 お前が営業部とは何か、どんな仕事をしているのか、全部この若造に教えてやれ。
 若造に何が分かるんだと思うんなら、お前が一から叩き込め」

「しかし、幸坂は経理畑の人間で……」

「分からん奴だな! 経理しか知らんからこそお前が営業を教えるんだろうが。
 お前だけじゃない、設計も製造も検査も、社長になるんなら全部知っとらんと話にならんだろうが」

 全くもってその通りだと思う。
 俺は部長の方へ向き直り、頭を下げた。

「僕からもお願いします。
 営業とは何か、一から教えて頂きたいと思っていました。
 もちろん、工場長や設計や、経理に関してもそれぞれ教えてもらいたい事がいっぱいあります。
 今のままの自分で社長が務まるなんてそんな事、全く思っていません。
 どうか、僕に営業を教えて下さい」

「……分かった。
 その、若造だなんだと言って、すまなかったな」

「いえ、とんでもないです」

 名誉顧問のお陰で、営業部長との溝が埋まった日だった。
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