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第二章:転生先は並行世界
心乃春の急変
「心乃春様!?」
就寝前、伊吹が自室でノートパソコンを開き、自分が書き出してきた文書ファイルを読み直して何か忘れている作品はないかと唸っていると、美子の叫び声が聞こえて来た。
伊吹は何事かと様子を見に行くと、心乃春が廊下で倒れているのを発見する。
「おばあ様!?」
祖母とはいえ、まだ五十六歳。急に倒れるような年齢ではない。慢性的に抱えている病気なども聞いておらず、たびたび朝の稽古に加わるほど元気な女性だ。
京香がすぐに救急車を呼ぶが、この屋敷は山奥の田舎にある為、到着には時間が掛かる。
息をしていない心乃春に馬乗りになって、美子が心臓マッサージを続ける。
「代わって! 僕がやる」
「しかし!」
心臓マッサージを続けるのは膨大な体力を消耗する。すでに息が上がっている美子を無理矢理どかせて伊吹が続ける。
そしてまた美子が代わり、伊吹が代わり、美子が代わってと続けていると、遠くから救急車の音が聞こえて来た。
「伊吹様。どうか、自室へお戻り下さい」
心乃春の衣類などを纏めた鞄を抱え、京香が伊吹へ深々と頭を下げる。
「何でですか、僕におばあ様が大変な時に部屋でじっとしてろって言うの!?」
「救急隊員に、お姿を見られては、余計な厄介事が、発生する恐れが、あります! どうか!」
美子が心臓マッサージを続けたまま、伊吹の身の安全についてを諭す。
「美子さんまで……」
美子と京香の二人は三ノ宮家に仕える侍女ではなく、あくまで伊吹に仕える侍女である。
優先するのは伊吹の安全。それは心乃春からも事あるごとに伊吹へと伝えられている。
何があっても伊吹が一番大事なのだ、と。
「分かった。おばあ様の状況は逐一知らせてほしい」
そして、まだ目を閉じたままの心乃春の手を握り、必ず帰って来てねと耳元で声を掛けて、伊吹は自室へと戻った。
その後、心乃春が屋敷に帰って来る事はなかった。救急車の中でも意識は戻らず、病院に着いてすぐに医者から死亡診断が出された。
「またお別れ出来なかった」
骨壺に入れられての帰宅。咲弥の遺影の隣に飾られる心乃春の遺影。
仏壇の前で一晩、二人の顔を眺めていた伊吹に、美子から心乃春の残した遺書が手渡される。
・この遺書は自分の身に万一があった際に伊吹へと用意したものである事
・伊吹は咲弥が精子提供を受けて人工授精で授かった子供ではなく、自然妊娠で授かった子供である事
・咲弥からはいつか自分から伝えるつもりだからと口止めされており、例え本人が亡くなっているとはいえ娘の意思を尊重したいので、それ以上詳しい事は記さないつもりである事
・伊吹は望まれて生まれて来た子供であり、時には厳しい事を言ったり、伊吹にとって納得出来ないであろう事も言ったりしたが、心乃春は心から伊吹を愛していた事
・咲弥が最期に伝えた通り、大きく育ってくれて嬉しい事、そしてこれからも優しく愛ある男性でいてほしい事
心乃春の直筆で書かれた遺書を読んでも、伊吹は全く涙が出なかった。あまりに突然の別れ。そして葬式にも出席していない事で余計に実感が沸かないのだ。
これから自分はどうするのか。山奥の田舎で一生を終えるのか。静かで穏やかな生活をずっと続ける事が出来るのか。
美子が、京香が、近所の誰かが亡くなっても自分がその葬式に参加させてもらえず、ずっとここで自分の番を待ち続けるのか。
美哉も橘香も電話越しに心配してくれるが、ほぼ生返事をする程度しか出来ず、ゆっくりと心が沈み続けていっている感覚。空虚感。虚無感。無力感。
(消えてなくなりたい……)
心乃春の死去からどれほどの日数が経ったか伊吹には分からないまま、ただ日々を過ごしていた頃。
屋敷のチャイムが鳴る音が聞こえ、少しして京香が慌てて伊吹の自室へ飛び込んで来た。
「新しく派遣された侍女だと名乗る集団が警察官を連れて乗り込んで来ました。私と美子さんが伊吹様の侍女としての役目を国から罷免されたという書類を持って来ていると話しています。
明らかにおかしいです。恐らく目当ては伊吹様の身柄です。
今は美子さんが時間を稼いでいますので、急いで地下室へ避難して頂きます」
「……分かりました」
就寝前、伊吹が自室でノートパソコンを開き、自分が書き出してきた文書ファイルを読み直して何か忘れている作品はないかと唸っていると、美子の叫び声が聞こえて来た。
伊吹は何事かと様子を見に行くと、心乃春が廊下で倒れているのを発見する。
「おばあ様!?」
祖母とはいえ、まだ五十六歳。急に倒れるような年齢ではない。慢性的に抱えている病気なども聞いておらず、たびたび朝の稽古に加わるほど元気な女性だ。
京香がすぐに救急車を呼ぶが、この屋敷は山奥の田舎にある為、到着には時間が掛かる。
息をしていない心乃春に馬乗りになって、美子が心臓マッサージを続ける。
「代わって! 僕がやる」
「しかし!」
心臓マッサージを続けるのは膨大な体力を消耗する。すでに息が上がっている美子を無理矢理どかせて伊吹が続ける。
そしてまた美子が代わり、伊吹が代わり、美子が代わってと続けていると、遠くから救急車の音が聞こえて来た。
「伊吹様。どうか、自室へお戻り下さい」
心乃春の衣類などを纏めた鞄を抱え、京香が伊吹へ深々と頭を下げる。
「何でですか、僕におばあ様が大変な時に部屋でじっとしてろって言うの!?」
「救急隊員に、お姿を見られては、余計な厄介事が、発生する恐れが、あります! どうか!」
美子が心臓マッサージを続けたまま、伊吹の身の安全についてを諭す。
「美子さんまで……」
美子と京香の二人は三ノ宮家に仕える侍女ではなく、あくまで伊吹に仕える侍女である。
優先するのは伊吹の安全。それは心乃春からも事あるごとに伊吹へと伝えられている。
何があっても伊吹が一番大事なのだ、と。
「分かった。おばあ様の状況は逐一知らせてほしい」
そして、まだ目を閉じたままの心乃春の手を握り、必ず帰って来てねと耳元で声を掛けて、伊吹は自室へと戻った。
その後、心乃春が屋敷に帰って来る事はなかった。救急車の中でも意識は戻らず、病院に着いてすぐに医者から死亡診断が出された。
「またお別れ出来なかった」
骨壺に入れられての帰宅。咲弥の遺影の隣に飾られる心乃春の遺影。
仏壇の前で一晩、二人の顔を眺めていた伊吹に、美子から心乃春の残した遺書が手渡される。
・この遺書は自分の身に万一があった際に伊吹へと用意したものである事
・伊吹は咲弥が精子提供を受けて人工授精で授かった子供ではなく、自然妊娠で授かった子供である事
・咲弥からはいつか自分から伝えるつもりだからと口止めされており、例え本人が亡くなっているとはいえ娘の意思を尊重したいので、それ以上詳しい事は記さないつもりである事
・伊吹は望まれて生まれて来た子供であり、時には厳しい事を言ったり、伊吹にとって納得出来ないであろう事も言ったりしたが、心乃春は心から伊吹を愛していた事
・咲弥が最期に伝えた通り、大きく育ってくれて嬉しい事、そしてこれからも優しく愛ある男性でいてほしい事
心乃春の直筆で書かれた遺書を読んでも、伊吹は全く涙が出なかった。あまりに突然の別れ。そして葬式にも出席していない事で余計に実感が沸かないのだ。
これから自分はどうするのか。山奥の田舎で一生を終えるのか。静かで穏やかな生活をずっと続ける事が出来るのか。
美子が、京香が、近所の誰かが亡くなっても自分がその葬式に参加させてもらえず、ずっとここで自分の番を待ち続けるのか。
美哉も橘香も電話越しに心配してくれるが、ほぼ生返事をする程度しか出来ず、ゆっくりと心が沈み続けていっている感覚。空虚感。虚無感。無力感。
(消えてなくなりたい……)
心乃春の死去からどれほどの日数が経ったか伊吹には分からないまま、ただ日々を過ごしていた頃。
屋敷のチャイムが鳴る音が聞こえ、少しして京香が慌てて伊吹の自室へ飛び込んで来た。
「新しく派遣された侍女だと名乗る集団が警察官を連れて乗り込んで来ました。私と美子さんが伊吹様の侍女としての役目を国から罷免されたという書類を持って来ていると話しています。
明らかにおかしいです。恐らく目当ては伊吹様の身柄です。
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