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お坊ちゃまの圧倒的勝利

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 向こうの指揮官の罵倒には攻撃性の魔力が込められているはずだが、ほとんど圧力を感じない。
 兵士達にも目立った変化は見られない。
 もっとも、戦いの前に俺が声を掛けた事により兵士達の魔法耐性も上がっている事もあるだろうけれど。

「どうした、私の魔力に当てられて声も出せないか!?」

 あ、俺の番ね。はいはい了解。
 すーっと息を吸い込み、目線をくれていた打楽器隊の隊長へ頷いて見せる。

ドーン ドーン ドーン ドーン

 先ほどよりも重い太鼓の音が響く。
 向こうの兵士達がざわざわと動揺し始める。
 バスドラム風の太鼓の音は、初めて聞いた者を精神的に不安定にするのだ。

「えぇい、静まらんか!
 こんなものはただの虚仮威こけおどしだ!!」

 その通り。
 だが、そう言われても一度駆られた負の感情を拭うのはとても難しい。

「我が名はアルティスラ・ヴィヴァーチェ・シュライエン」

ドーン ドーン ドドーン ドンドンドーン!
ドーン ドーン ドドーン ドンドンドーン!!

「貴様らユニオーヌの者共を打ち払う、王国の盾である!」

タンタンタンタン♪ ダンダカダカダカダンダン!
タンタンタンタン♪ ダンダカダカダカダンダン!!

「ヴィ、ヴィヴァーチェだと!?
 その若さで特級、それも二つ名持ちだと……。
 男の身でなど有り得ん!!」

 有り得るとも。
 前世地球で音楽というものに触れていた俺にとって、魔力に感情を乗せて相手にぶつける事など造作もない事。
 強い感情を制御し、魔力に込めて相手にぶつける。
 それがこの世界における魔法という武力である。
 火を飛ばしたり、氷の矢を放ったりと、派手な魔法ではない。
 しかし、それでも俺にとって特別な力である事に変わりはない。

「愚かなる侵入者よぉぉぉ。
 ここは誇り高き王国ぅぅぅ。
 貴様らの踏み入ってよい場所ではなぁぁぁぁぁいぃぃぃ~~~♪」

 櫓の上、つま先しゃぶれ女が大きく仰け反るのが見える。
 自分達の指揮官が気圧されているのを目の当たりにし、兵士達の腰も引けていくのが見て取れる。
 ここまではただそれっぽく抑揚を付けて発声をしていただけの事。
 ぼちぼち本腰を入れて歌おうか。
 さらに打楽器隊へ合図を送り、本格的な演奏に移らせる。

ズンチャン ズズチャン ズッチャンズズチャン♪
ズンチャン ズズチャン ズッチャンズズチャン♪

「俺のぉぉぉ~~~ 前にぃぃぃ~~~ ひれ伏せぇぇぇ~~~↑↑↑」

 高い音程、裏声を使ってのシャウト。
 思い切り目を見開く。
 俺の中のイメージとしてはヴィジュアル系バンドのヴォーカルだ。
 舌をちょっとだけ出す事で放出される魔力量がグンと上がったのを実感する。
 俺の感情が昂ぶればそれだけ魔法の威力が上がるのだ。

 さぁここから俺の快進撃が始まる!
 さらに息を吸い込んで空高く天まで届けと叫ぶ!!

「敵勢力の無力化を確認、ただちに拘束に向かいなさい!」

 ……え?
 向かいの櫓を見ると、さっきまでキャンキャンと吠えていたつま先しゃぶれ女が立っていられず、へたり込んでいる。
 櫓の向こう、敵の兵士達もバタバタと地面に倒れているのが分かる。
 五百人が横たわっている光景はなかなか壮絶なものだな。
 ……死んでないよな?

「ここまでとは……」

 副官も想定外だったようだ。
 あー、その、何だ。
 やり過ぎた。

 俺が思っていた以上に、俺の魔法シャウトってすごいのかもしれない。
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