そんな裏設定知らないよ!? ~脇役だったはずの僕と悪役令嬢と~

なつのさんち

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第五章:スタニスラスの生涯

裏04:スタニスラスとレティシアと

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 どうしてこうなった、そうスタニスラスは毎日呟く。
 両腕は常に誰かの胸の感触を伝え、鼻は色めいた女性の香りを嗅ぎ取る。耳はスタニィ様、スタニィ様と呼ぶ女の声を聞き取り、そして目は眉間に皺を寄せた姫様のお姿を映し出す……。
 侯爵家令嬢であるパメラとのやり取り以降、スタニスラスと女子生徒達の距離はさらに縮まった。いや、女子生徒達がスタニスラスへと押し迫って来る事が増えた。スタニスラスはその場から一歩も動いていないというのに……。



「…………」

「…………」

 恒例となったレティシアとのお茶会。会、と言っても参加者は2名しかいないが。そしてその2人の間に会話はない。スタニスラスは常に自分からレティシアへと話し掛ける事をしないので、レティシアが話さなければ必然的にその場は無言になるとは必然である。
 レティシアはじ~っとスタニスラスを見つめ、いや睨み付けて、時々カップに口を付ける。スタニスラスは居心地悪そうにカップの取っ手を見つめている。周りの侍女達は苦笑を浮かべてその2人を見守っている。
 そんな王城の喫茶室へ、城の主が入って来た。

「いや、そのままで良い」

 立ち上がるスタニスラスを手で制し、国王が椅子へと座る。侍女によってすぐにお茶のセットが用意され、それに手を伸ばそうとするところで、娘から嫌味が飛んで来る。

「我が国は平和ですこと。国家元首が呑気にお茶をしているくらいですから」

 スタニスラスを睨み付けたまま、レティシアが不快感を露わにする。いや、元々不快感漂う雰囲気だっただけに、スタニスラスへと向けていたものを自分の父親に少し向けた程度であるが。
 このレティシアの年齢から来る反抗的な態度には、さすがに一国の王であっても扱いが難しいものである。レティシアの嫌味には答えず、コホンと咳払いを1つしてから、非常に居心地の悪そうなスタニスラスに向き直って口を開く。

「スタニスラスよ、学園生活は楽しいか?」

 チッ! 王族に相応しくない感情の発露、それも舌打ちまでして今度は父親を睨み付けるレティシア。今その話題はダメですと侍女達が国王へ向けてジェスチャーするが、構わず話を続ける国王。

「聞くところによると、女からの接触が激しい毎日だそうだな。そなたは辺境の出身とはいえ、育ちは王都である。田舎者であると入学の挨拶では言っておったが、彼女らがどのような理由でそなたに付き纏うのかは、理解しておるだろうな?」

 2人の視線を一身に受け、スタニスラスが顔を上げる。まだ思い悩むような表情で、薄く口を開いては閉じ、チラチラとレティシアを気にするかのような態度が見受けられる。

「構わん。思うまま言うてみよ」

「ハッ! 恐れながら、私が学園内で注目を浴びてしまうと姫様をお守りする任に支障を来すと考えまして、あえて辺境の、それも田舎の出身である事を強調したい旨学園の方と打ち合わせをし、その上で挨拶を致しました。
 しかし、何故か女子生徒からの接触や将来的に従者にならないかというお誘いを多々受け、姫様を陰ながらお守りする事もままならない日々です。
 もうこの際一兵士として訓練に励み、学園には通わない方が……」

「なりませんっ! ステニィは学園に通い続け、そして勇者選定を受けるのです!!」

 ダンッ! テーブルを両手で叩き付け、レティシアが勢い良く立ち上がる。あまりの事に国王もスタニスラスも目を丸くしてレティシアを見つめる。その2人の視線でやっと我に返り、顔を真っ赤にして力なく椅子へと深く腰掛けるレティシア。

「ゴホンッ! まぁ、レティシアの言う事はもっともだ。そなたは学園に通い続けなければならん。勇者選定ももちろんだが、その後の事に関しても色々と学ぶ必要がある。
 あー……、レティシア、これから言う事は深く理解せよとは言わん。聞き流せ」

 そう前置きして、国王から語られた内容についてはレティシアはもちろんの事、特にスタニスラスには理解し辛い話だった。

 多くの貴族家息女との間に子を成せ。

 それだけを聞くと、何を企んでいるのだと背後関係を洗いたくなるような発言であるが、詳しく聞いた上でもレティシアおよびスタニスラスには受け入れがたい内容だった。

 スタニスラスは平民としても、そして貴族家子女を含めても魔力保有量がずば抜けて多い。その身体には、それだけの価値があるという事。
 そして、先日のレティシアの発言。全女子生徒がスタニスラスと交際する権利があるというパメラの煽り文句に対して、望むところであると返答した。つまり、パメラは王族の姫たるレティシアの許可を取った形になってしまった。

 これに慌てたのが国王である。内々とはいえ、スタニスラスは娘の婚約者のつもりである。本人達は気付いていないだろうが、まだわざわざ言う必要はないだろうと呑気に構えていた所での娘の発言。その発言によって、姫様のお下知が出たぞと貴族達が騒ぎ出し、スタニスラス争奪戦が表立って始まってしまった。

 こうなってしまっては、いくらメルヴィング王国の国王であったとしても「それは娘のモノである! 誰にも渡さん」とは言えない状況だ。貴族達も強い血筋を残す事が使命であり、そしてそれが魔王国に対抗する為の軍事力増大に繋がる。辛うじて、娘の婚約者として迎えるつもりであるから、あくまで正妻はレティシアであると言うのがやっとであった。

 そしてそれは側室や妾、愛人については、もっと言うと肉体関係にまでは口を挟まないという宣言と受け取られた。国王の意向をさらに追い風とし、スタニスラスの身の回りは常に女生徒達で固められるという日常が出来上がったのだった。

「そのような顔をするな、レティよ。ここ数十年、スタニスラスほどの魔力を持つ者が出なかったのだ。魔王国からの侵攻が少なかった為に何とかなったが、ここに来て目立った動きがある。
 どの家もより強い次期当主、そしてその次を用意しようと躍起になっておるのだ。我が国の貴族の存在意義、それは国民の守護者としての力だ。分かるか?」

 無言で頷くレティシア。本来であれば他国へと嫁に出されてもおかしくない末姫としての立場を考えると、国内に残って好きな相手と結婚出来る、それだけで充分に幸せと言えると分かっている為、レティシアは頷くしかないのだ。

 国王と姫、2人のやり取りを見つめつつ、自分の事なのに内容がはっきりと掴めないまま、スタニスラスは無言を貫く。
 ふぅ……、と小さく息を吐いて、国王がスタニスラスへ言葉を投げる。

「スタニスラスよ、今までの我とレティとのやり取りを把握出来たか?」

 伸ばしていた背筋をさらに伸ばし、スタニスラスが国王の胸元へと視線をやる。

「構わん、素直に申してみよ」

 国王が背を屈め、自ら視線を合わせてスタニスラスを促す。

「ハッ、恐れながら……、私にはよく理解出来ませんでした」

 ガクッとレティシアが肩を落とす。それを受けて国王が分かりやすく、簡単に告げる。

「そなたはこのレティシアと結婚をする。そしてその上で、多くの女子おなごとの間にも子供を作る。それが国の発展と国防の為になる。これで理解出来るか?」

「……、仰っている事は理解出来ます。しかし、何故私なのでしょうか……?」

「うむ、それについては詳しい者を連れて来た。通してくれ」

 控えていた侍女が喫茶室の扉を開け、外で待機していた者を招き入れる。

「紹介しよう、コンスタンタン伯爵家当主、ドロシーだ。会うのは初めてだな?」

 当主と紹介されたドロシーは、スタニスラスの目から見ても若い女性だった。恐らく歳の頃は20歳前後、街ですれ違っても女伯爵だとは思わないだろう。

「ごきげんよう、スタニスラス君。立つ必要はないわ、すぐに私も座るから。姫様、お久しゅうございます」

「ええ、ドロシーお姉様。お姉様はスタニィの事を知っているの?」

 ドロシーはレティシアに頷きながら席に座る。呼び方、そして応答の仕方でこの2人の関係が近く、良好である様が見て取れる。

「もちろんだ。スタニスラスを見出したのはコンスタンタン家だからな。
 さてドロシーよ、スタニスラスに分かりやすく説明してやってくれないか」

 国王に促され、侍女が用意したお茶をコクリと口に含んでからドロシーが説明を始める。

「まずスタニスラス君、あなたは精霊様からの加護を受けているのだけれど、それには気付いているかしら?」

「いえ……、全く身に覚えがございません」

 そう、と呟いてさらにお茶を一口飲み、続けて説明をするドロシー。

「いつ加護を受けたのかは分からないという事ね? 分かったわ。ちなみに、加護を授けて下さったのは風の精霊様よ。
 そう驚かないで下さいまし、姫様。これはコンスタンタン家の役割なのです」

 レティシアの驚きを軽くいなしつつ、ドロシーは品定めをするかのようにスタニスラスを見つめる。

「精霊様からの加護を受けている事で、魔力の保有量が格段に上がるのです。生まれた時、そしてその後の生活環境で元々魔力は高かったのだろうと推測するけれど……。恐らく国内であなたに敵う相手はいないわね。
 そこで先ほどから陛下がされていたお話。あなたほどの魔力を持つ男。その子供を産めば、その魔力保有量が子供にも遺伝する事は昔から伝えられている事なのです。
 ですので、レティシア殿下を正妻としつつ、その他の貴族家の息女との間にも子供を作り、国内を繁栄させるよう勤めてほしいというのが陛下の御意向という事ですわ」

 そんな事を突然言われても、自分には判断が付かない。そうせざるを得ない状況ではある為、黙って従っておればいい。そうは思うが、まずレティシアがどう思うのか。
 田舎の出身であり、エリートと呼ばれる近衛兵や王都勤めの兵士達に混じっているとはいえ、自分は訓練中の一兵士に過ぎない。そんな者との婚約を、レティシアは喜んで受け入れるのだろうか。
 ドロシーを見つめていた瞳をレティシアへ向け、失礼とは思いながらも思いの丈を吐き出す。

「姫様、私は幼き頃より姫様と共に過ごして来た時間を何よりの宝と感じております。しかしそれは私の心の内のみであり、姫様がどのようにお考えであるかは私なんぞでは想像が及びませぬ。
 もし姫様が望まぬ婚儀を結ばされようとしているのであれブファッ!!!」

 思い切り振りかぶられたレティシアの右手がスタニスラスの左頬を打ち付ける。バシンッ!!! 喫茶室に平手打ちの痛そうな音が木霊した。

「スタニィ、あなたは私の、わらわの口からそれを言わせようとするのですか!? あなたも男ならば、王族を妻に迎えようとするのならば気概をお見せなさい!
 ……、ただでさえ婚約前からそなたを他所へと貸し与える前提のお話なのですよ。王族であれ何であれ、1人の女としてわらわを見てくれても良いではないですか……」

 喋り出しこそ感情に任せて勢いよく叫んだレティシアだが、自分の口にしている内容を理性で理解するうちに尻すぼみになり、最後はぼそぼそと呟くようになってしまった。
 じっとレティシアを見つめ、浴びせられた叫びを受けてコクリと頷くスタニスラス。
 椅子から立ち上がり、少し膝を曲げたが思い直して再度直立する。両手を広げ、腹に力を入れて声を出す。

「来い、レティシア」

「スタニィ!!!」

 バッ、とスタニスラスの胸へと飛び込み、ようやく想いが通じたとレティシアが涙する。
 腕を組み、複雑そうな表情をしつつも口角をあげる国王。自らが促した事とはいえ、やはり娘を嫁にやる父親というものは複雑な心境だという事だろう。
 見守っていた侍女達も、やっと姫の願いが叶ったと互いに手を取り涙ぐんでいる。まだ年端の行かぬ者同士の恋愛。いずれは自らの仕える姫は政略目的の他国王家、もしくはその重臣のお家へと嫁ぐかも知れぬと思っていた。目の前で姫の願い、そして恋が叶い、自分の事のように喜ぶ侍女達。

「では私も」

 そして空気を読まない女伯爵がスタニスラスとレティシアをふわりと包み込み、囁く。

「よろしくお願い致しますわね、旦那様」

「痛い、痛いレティシア、レティ? 痛い痛い痛いです姫様痛いですってば!!」

 スタニスラスはその日、婚約者と1人目の愛人を同時に持つ事となったのだった。

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