竜箱の揺籠シリーズ-鷲王の系譜-

黄鱗きいろ

文字の大きさ
4 / 18

01 鷲の青年 3

しおりを挟む
 兄王に疎まれている自覚はあった。
 アクィラが生まれた時、兄王はすでに十の齢であった。兄王ミルヴームとアクィラは別腹の生まれである。兄王の母は兄王を産んだ時に身罷っていたが、とある事情から息子がもう一人必要になった先王は侍女にもう一人、男児を産ませた。それがアクィラだった。
 兄王には人望があった。決断力があり、その行動はいつだって民を惹きつけた。ともすれば暗君と呼ばれかねないほど苛烈な気性も、父王の優柔不断さを好ましく思っていなかった者たちには大いに支持された。兄王は完璧だった。ただ一つ、先見の力を示せなかったこと以外は。
 先見とは先を見る力、即ち未来を見通す力を持つ者を指す。我が国に限らず人は「森」に沿う形で国を作る。そうでなければ人は生きられない。「森」の他にあるのは、生命なき荒野だけなのだから。
 しかし「森」は容赦なく人の領分を侵し、「森」へと取り込んでしまうのだ。
 そんな中、先見の力によって我が国は、「森」の侵攻を避け、領土を広げていた。だからこそ我が国には、生まれの早い遅いに関係なく、先見としての力を示した者しか王になれない掟があり、いかに絶大な権力を握った兄王ミルヴームといえど、易々と先見の掟を変えてしまうことはできずにいたのであった。
 いつかは排除されるだろうとは思っていた。アクィラに先見の力があると知れてからは、これ以上力をつけぬように兄王によって中央から引き離され、周囲の有力な臣たちは次々に懐柔されていった。
「しかしまさか正面から死んでこいと言われるほどとは思っていなかったな」
 アクィラの明け透けな物言いに侍女たちはぎょっと顔を見合わせる。アクィラは手を振って侍女たちに退出を促した。
「……ケルウス。何か言いたそうだな」
「王、王よ。どうかお考え直しください。どうして貴方が死ななければならないのですか!」
 涙混じりの叫びに、アクィラは苦笑で返した。
「……声が大きいぞ、ケルウス。侍女たちに聞こえたらどうする」
「構いません。貴方が兄王に殺されそうになっていることなど、侍女たちも既に気づいているでしょう」
「それはそうだろうがな。あまり怖がらせてやるな。彼女らにはこれからも人生があるのだ。知らないことにしたほうがいいこともあるだろう」
 幼子に諭すように言ってやると、ケルウスはさっと顔色を変えて、掴み掛らんばかりの勢いでアクィラに詰め寄った。
「どうして、貴方は、そのような……!」
「落ち着け、どうした急に」
 ケルウスは数度荒々しく息を吐き出した後、急に静かな声色で語りだした。
「辺境に、我らとは異なる神を奉じる小さな一族がいると聞きます。彼らに保護を求めれば……」
「ケルウス」
 名を呼び、話を遮る。諦め切った笑みで、ケルウスの目を見る。
「お前も分かっているだろう、兄王はそんなことを許しはしない」
 それだけでケルウスには伝わったようだった。強い抵抗の意思を宿していた顔面がぐしゃりと歪み、獣の唸るような声を上げて、ケルウスは泣き崩れた。
「ならばせめて、私も共にお連れください……!」
「ん。元よりそのつもりだよ」
 足元に縋り付く臣下に、精一杯の優しさと我儘をもって声をかける。
「ケルウス、私の唯一の臣よ。最後まで私の供をせよ。……一人で死ぬのは流石にこわいのだ」
「仰せのままに、我が王よ」
 道理の分からぬ子供のように泣き続ける男が落ち着くまで、アクィラ王はその頭を撫でてやった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

婚約破棄の代償

nanahi
恋愛
「あの子を放って置けないんだ。ごめん。婚約はなかったことにしてほしい」 ある日突然、侯爵令嬢エバンジェリンは婚約者アダムスに一方的に婚約破棄される。破局に追い込んだのは婚約者の幼馴染メアリという平民の儚げな娘だった。 エバンジェリンを差し置いてアダムスとメアリはひと時の幸せに酔うが、婚約破棄の代償は想像以上に大きかった。

公爵令嬢は結婚式当日に死んだ

白雲八鈴
恋愛
 今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。 「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」  突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。 婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。  そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。  その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……  生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。  婚約者とその番という女性に 『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』 そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。 *タグ注意 *不快であれば閉じてください。

処理中です...