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第一章 日曜日
10
オレたちが館を出たのは午後八時。腕時計を見た里来は、オレに時刻を告げたあと、デザートを食べ損ねちまった、とぼやいた。
途中、調理器具を抱えたヒュウガとすれ違った。彼女はたいそう目を見張り、そのあとほっと息を吐いて「一度ビーチへお戻りください」と言った。
ビーチでは夕食が終わり、片付け作業に入っているようだった。文哉は折りたたみ椅子をたたみ、伊織は軍手をはめてバーベキューセットの網を下ろしている。ビーチの東寄りのデッキチェアでは、酔いつぶれた杏子と東郷が横になっていた。
「ああ、無人、どこ行ってたの」
伊織がこちらに気付いて駆け寄ってきた。彼の顔は心なしか蒼白である。
「急にいなくなるから心配したよ。里来さんも、どこにいたんです」
「どこって、館だが」
「……そんな、僕、館中あなたたちを呼んで回ったんですよ!? ヒュウガは、二人が酔って海に入ったんじゃないか、って海岸沿いを崖の方まで電灯で照らしながら見てくれて……。イズミと幸一なんて今もまだ裾野の方に探しに行ってます。チトセが狩りをしてるから、暗い森で灯りも無しにふらふらしてると鳥と間違えて撃たれる、って」
「なんだ、おおごとだな」
里来が他人事のような口調で言った。そのようすに伊織はむっと口をつぐんで眉根を寄せる。オレはすかさずその間に割って入った。
「伊織、悪い。そんな心配されると思わなくて。幸一たちはオレが呼びに行ってくるから」
と、そのとき、館へ続く小道から息を切らしてイズミが駆けてきた。額に前髪がべったり張り付き、頬が紅潮している。
「里来様! 無人様! よかった、ご無事だったのですね」
「ごめんな、イズミ。……幸一は……一緒じゃないのか?」
「二手にわかれて、幸一様は東の森に……もしや迷って……。私、見て参ります」
「いや、いいよ。オレが行く。それ貸して」
「ですが」
オレはイズミの手からやや強引に、懐中電灯と方位磁石を奪った。
「ごめん、オレが行きたいんだ。オレのせいだから」
イズミは心配そうに眉を下げ、
「かしこまりました、無人様……。もし迷ったら、南へ出てください」
「わかった」
「私たちがお二人を呼んでいた声を、チトセも聞いているはずです。人がいると知っていればむやみには撃たないでしょうが、どうかお気を付けて」
「ありがとう」
小道を駆け上がり、道沿いにずっと東へ行った。
オレは幸一に一発殴られることを期待していた。心配にかこつけて、理絵に振られた恨みごと、オレを殴ってほしかった。そうすれば、オレも幸一も少しは気が晴れる。気休めでもいい。今はそんな風にしか、彼のことも、自分自身のことも慰めることができない。
夜の森は予想以上に歩きにくかった。突き出た樹の根、突然の段差。視界を遮る枝をかき分け、暗色の迷路を進む。
「幸一! どこだー!」
◆
オレが幸一を発見したのは、それからまもなくのことだった。
広く深い、からっぽの湖で、彼はうつ伏せに倒れたまま動かなかった。
途中、調理器具を抱えたヒュウガとすれ違った。彼女はたいそう目を見張り、そのあとほっと息を吐いて「一度ビーチへお戻りください」と言った。
ビーチでは夕食が終わり、片付け作業に入っているようだった。文哉は折りたたみ椅子をたたみ、伊織は軍手をはめてバーベキューセットの網を下ろしている。ビーチの東寄りのデッキチェアでは、酔いつぶれた杏子と東郷が横になっていた。
「ああ、無人、どこ行ってたの」
伊織がこちらに気付いて駆け寄ってきた。彼の顔は心なしか蒼白である。
「急にいなくなるから心配したよ。里来さんも、どこにいたんです」
「どこって、館だが」
「……そんな、僕、館中あなたたちを呼んで回ったんですよ!? ヒュウガは、二人が酔って海に入ったんじゃないか、って海岸沿いを崖の方まで電灯で照らしながら見てくれて……。イズミと幸一なんて今もまだ裾野の方に探しに行ってます。チトセが狩りをしてるから、暗い森で灯りも無しにふらふらしてると鳥と間違えて撃たれる、って」
「なんだ、おおごとだな」
里来が他人事のような口調で言った。そのようすに伊織はむっと口をつぐんで眉根を寄せる。オレはすかさずその間に割って入った。
「伊織、悪い。そんな心配されると思わなくて。幸一たちはオレが呼びに行ってくるから」
と、そのとき、館へ続く小道から息を切らしてイズミが駆けてきた。額に前髪がべったり張り付き、頬が紅潮している。
「里来様! 無人様! よかった、ご無事だったのですね」
「ごめんな、イズミ。……幸一は……一緒じゃないのか?」
「二手にわかれて、幸一様は東の森に……もしや迷って……。私、見て参ります」
「いや、いいよ。オレが行く。それ貸して」
「ですが」
オレはイズミの手からやや強引に、懐中電灯と方位磁石を奪った。
「ごめん、オレが行きたいんだ。オレのせいだから」
イズミは心配そうに眉を下げ、
「かしこまりました、無人様……。もし迷ったら、南へ出てください」
「わかった」
「私たちがお二人を呼んでいた声を、チトセも聞いているはずです。人がいると知っていればむやみには撃たないでしょうが、どうかお気を付けて」
「ありがとう」
小道を駆け上がり、道沿いにずっと東へ行った。
オレは幸一に一発殴られることを期待していた。心配にかこつけて、理絵に振られた恨みごと、オレを殴ってほしかった。そうすれば、オレも幸一も少しは気が晴れる。気休めでもいい。今はそんな風にしか、彼のことも、自分自身のことも慰めることができない。
夜の森は予想以上に歩きにくかった。突き出た樹の根、突然の段差。視界を遮る枝をかき分け、暗色の迷路を進む。
「幸一! どこだー!」
◆
オレが幸一を発見したのは、それからまもなくのことだった。
広く深い、からっぽの湖で、彼はうつ伏せに倒れたまま動かなかった。
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