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第四章 水曜日
4
朝食のごたごたのあと、オレは嫌がる伊織を無理やり引き連れ、自室に籠った。内側から施錠し、鍵をポケットに仕舞ってしまえば、両面シリンダーのこの部屋から伊織は逃げられない。牢獄とはよくいったものだ。隣り合う部屋の間に挿入された狭い廊下は、声が隣室に洩れるのを防いでくれる。まぁ隣室は、今この部屋の扉を開けようともがいている伊織その人なのだが。
「聞きたいことがあるんだ」
「僕は無い」
まったく取り付く島もない。仕方ないのでオレは伊織を羽交い絞めにして扉から引き剥がし、ベッドの方まで引きずった。
「無人、離してよ」
「お前が正直に答えてくれたら離す」
「僕は何も知らないって言ってるだろ!?」
「バレバレな嘘つくなよ!」
羽交い絞めにしたまま話を続ける。伊織が本気で暴れるのでこちらも楽じゃない。
「夜、居間で文哉さんたちを待ってただろ。そのとき言ってた『やっぱり黒』ってどういう意味だ?」
「知らないよ!」
「答えろよ! お前、なんか知ってんだろ? 東郷さんの死に関係あるんじゃないのか?」
脳内に、昨夜見たワインセラーの光景が蘇る。胃が上がるようなにおい、すす汚れた壁や棚、割れて散らばるワインボトル、転がった小型の脚立、焼け焦げの激しい場所の中心に横たわる、黒々と焼け焦げた――
「なぁ、まさか……」
『やっぱり黒』の意味。
「『黒』って、東郷さんの死躰のことか……?」
「無人! 僕は……」
ばたばたと空(くう)を掻いていた伊織の手がゆっくりと力を失い垂れ下がった。彼は抵抗をやめ、口を閉じ、背後のオレを首だけ振り向くと、
「言うから離して」
「わかった」
一瞬、背筋がぞくりとした。振り向いた彼の目は、敵に追い詰められた兵士が覚悟を決めて自決するかのような、悲壮感を宿していた。
伊織はベッドに座り、話し出した。
「僕は東郷さんが死ぬ前から、誰かが死ぬような気がしていた。誰が死ぬかはわからなかったけど、どんな風に死ぬかは予想がついた」
「どういうことだよ」
「さっき食堂で言った通りさ。殺人だよ。僕は、〝誰かが誰かを真っ黒にして殺す〟ってことを予想していた。だけどそんな予想信じたくなかったから黙ってた」
「なんでお前にそんなことがわかったんだ!」
思わずがなり声をあげてしまう。伊織が顔をしかめる。
「〝歌〟だよ。エントランスの壁に掛かった」
「歌?」
「〝シンデレラが灰で真黒に染まれども〟」
ゆっくりと、噛み締めるように、伊織が詩を紡ぐ。そこで耳についたのは〝真黒〟という単語。
「無人、聞いて。シンデレラは東郷さんだ。東郷さんは、焼け焦げて真っ黒になって死んだんだ」
「そんなの、」
そんなのはこじつけだ、とは言い難かった。この歌の意味。右から三番目の行のシンデレラ。彼女が灰でどうやって死ぬのか、オレはただの遊びとして昨日の昼間にそれを考えていて結局思いつかず、その答えを伊織に聞こうとして拒否された。それが……こんなかたちで……。
「〝灰〟は、煙草の灰のことか」
「たぶんそうだよ。そして東郷さんは三人目の被害者だ」
三人目。つまり、一人目と二人目がいる。
「幸一とチトセ、二人の死は事故じゃないのか?」
「歌の一行目を覚えてる?」
オレは首を横へ振った。
「〝少女の冷えたマッチが売れねども〟……二行目は?」
また首を横に振る。
「〝親指姫が土竜の穴に埋もれども〟」
伊織の水色の目が推し量るようにオレをじっと見た。そんなに見られても、オレには言う言葉が無かった。
「普通に考えると一行目が幸一を表し、二行目がチトセを表す。でも、それだと状況が当てはまらないよね。そこで逆にしてみる。一行目の少女がチトセで、二行目の親指姫が幸一なんだ」
マッチ売りの少女が……チトセ。チトセの死因は、冷凍室に長時間いたことによる、低体温症。
そして幸一。土竜の穴に埋もれる……。幸一が倒れていたのは湖用に大きく掘った穴。
「うそだろ……だって、幸一を撃ったのは……」
「チトセじゃないかもしれない。誰かがチトセを冷凍室に閉じ込めたあと、チトセの銃を使って幸一を撃った。これで歌と結びつく」
なんだってこんな! オレはあまりの驚愕に真っ白になった頭を振り、意識を繋ぎ止めた。認めたくない可能性だ。そんな刑事ドラマみたいな話があるものか。
けれどもこれは伊織に確認しておかねばならない。彼の見解とオレの見解、同じなのか、違うのか。
「つまり、お前の言う〝誰か〟は、エントランスの歌に見立てて一人ずつ順番に殺してるってことか」
「そうだよ」
「……最低……だ」
後頭部をバットで殴られたような衝撃。かつてないほど気分が悪い。信じられない。信じたくない。そんな猟奇的な殺人があるもんか!
「無人」
伊織は立ち上がってオレの目を見た。こちらが怯むほど強く訴えかけてくる水色の瞳。
「なんだよ」
「エントランスへ行こう。歌を見なきゃ。四行目、そこに書かれてるのが次の被害者だ」
……そうだ。オレは失念していた。歌はまだ続いてる。犯人は未だ不明。
「三日間で三人も事故死する、それもみんな別々の原因で。そんな偶然の方が信じられない。僕は、四日目の今日も誰かが死ぬ気がしてる。……さぁ、早く行こう」
いつの間にか立場は逆転していた。伊織がオレの手を引き、オレはぐちゃぐちゃになった頭を抱えて引かれるままついて行く。本当に混乱していた。また人が死ぬかもしれない。それは伊織かもしれないし、もしかしたら自分……。
地下一階へ続く階段へさしかかったとき、上からちょうど里来が下りてくるところだった。一瞬だけ視線が合い、彼は何かを疑うように眉をひそめる。すれ違ったあとも背に刺さるもの言いたげな視線に気づきながら、オレは手を引かれて走り続ける足を止められなかった。
「聞きたいことがあるんだ」
「僕は無い」
まったく取り付く島もない。仕方ないのでオレは伊織を羽交い絞めにして扉から引き剥がし、ベッドの方まで引きずった。
「無人、離してよ」
「お前が正直に答えてくれたら離す」
「僕は何も知らないって言ってるだろ!?」
「バレバレな嘘つくなよ!」
羽交い絞めにしたまま話を続ける。伊織が本気で暴れるのでこちらも楽じゃない。
「夜、居間で文哉さんたちを待ってただろ。そのとき言ってた『やっぱり黒』ってどういう意味だ?」
「知らないよ!」
「答えろよ! お前、なんか知ってんだろ? 東郷さんの死に関係あるんじゃないのか?」
脳内に、昨夜見たワインセラーの光景が蘇る。胃が上がるようなにおい、すす汚れた壁や棚、割れて散らばるワインボトル、転がった小型の脚立、焼け焦げの激しい場所の中心に横たわる、黒々と焼け焦げた――
「なぁ、まさか……」
『やっぱり黒』の意味。
「『黒』って、東郷さんの死躰のことか……?」
「無人! 僕は……」
ばたばたと空(くう)を掻いていた伊織の手がゆっくりと力を失い垂れ下がった。彼は抵抗をやめ、口を閉じ、背後のオレを首だけ振り向くと、
「言うから離して」
「わかった」
一瞬、背筋がぞくりとした。振り向いた彼の目は、敵に追い詰められた兵士が覚悟を決めて自決するかのような、悲壮感を宿していた。
伊織はベッドに座り、話し出した。
「僕は東郷さんが死ぬ前から、誰かが死ぬような気がしていた。誰が死ぬかはわからなかったけど、どんな風に死ぬかは予想がついた」
「どういうことだよ」
「さっき食堂で言った通りさ。殺人だよ。僕は、〝誰かが誰かを真っ黒にして殺す〟ってことを予想していた。だけどそんな予想信じたくなかったから黙ってた」
「なんでお前にそんなことがわかったんだ!」
思わずがなり声をあげてしまう。伊織が顔をしかめる。
「〝歌〟だよ。エントランスの壁に掛かった」
「歌?」
「〝シンデレラが灰で真黒に染まれども〟」
ゆっくりと、噛み締めるように、伊織が詩を紡ぐ。そこで耳についたのは〝真黒〟という単語。
「無人、聞いて。シンデレラは東郷さんだ。東郷さんは、焼け焦げて真っ黒になって死んだんだ」
「そんなの、」
そんなのはこじつけだ、とは言い難かった。この歌の意味。右から三番目の行のシンデレラ。彼女が灰でどうやって死ぬのか、オレはただの遊びとして昨日の昼間にそれを考えていて結局思いつかず、その答えを伊織に聞こうとして拒否された。それが……こんなかたちで……。
「〝灰〟は、煙草の灰のことか」
「たぶんそうだよ。そして東郷さんは三人目の被害者だ」
三人目。つまり、一人目と二人目がいる。
「幸一とチトセ、二人の死は事故じゃないのか?」
「歌の一行目を覚えてる?」
オレは首を横へ振った。
「〝少女の冷えたマッチが売れねども〟……二行目は?」
また首を横に振る。
「〝親指姫が土竜の穴に埋もれども〟」
伊織の水色の目が推し量るようにオレをじっと見た。そんなに見られても、オレには言う言葉が無かった。
「普通に考えると一行目が幸一を表し、二行目がチトセを表す。でも、それだと状況が当てはまらないよね。そこで逆にしてみる。一行目の少女がチトセで、二行目の親指姫が幸一なんだ」
マッチ売りの少女が……チトセ。チトセの死因は、冷凍室に長時間いたことによる、低体温症。
そして幸一。土竜の穴に埋もれる……。幸一が倒れていたのは湖用に大きく掘った穴。
「うそだろ……だって、幸一を撃ったのは……」
「チトセじゃないかもしれない。誰かがチトセを冷凍室に閉じ込めたあと、チトセの銃を使って幸一を撃った。これで歌と結びつく」
なんだってこんな! オレはあまりの驚愕に真っ白になった頭を振り、意識を繋ぎ止めた。認めたくない可能性だ。そんな刑事ドラマみたいな話があるものか。
けれどもこれは伊織に確認しておかねばならない。彼の見解とオレの見解、同じなのか、違うのか。
「つまり、お前の言う〝誰か〟は、エントランスの歌に見立てて一人ずつ順番に殺してるってことか」
「そうだよ」
「……最低……だ」
後頭部をバットで殴られたような衝撃。かつてないほど気分が悪い。信じられない。信じたくない。そんな猟奇的な殺人があるもんか!
「無人」
伊織は立ち上がってオレの目を見た。こちらが怯むほど強く訴えかけてくる水色の瞳。
「なんだよ」
「エントランスへ行こう。歌を見なきゃ。四行目、そこに書かれてるのが次の被害者だ」
……そうだ。オレは失念していた。歌はまだ続いてる。犯人は未だ不明。
「三日間で三人も事故死する、それもみんな別々の原因で。そんな偶然の方が信じられない。僕は、四日目の今日も誰かが死ぬ気がしてる。……さぁ、早く行こう」
いつの間にか立場は逆転していた。伊織がオレの手を引き、オレはぐちゃぐちゃになった頭を抱えて引かれるままついて行く。本当に混乱していた。また人が死ぬかもしれない。それは伊織かもしれないし、もしかしたら自分……。
地下一階へ続く階段へさしかかったとき、上からちょうど里来が下りてくるところだった。一瞬だけ視線が合い、彼は何かを疑うように眉をひそめる。すれ違ったあとも背に刺さるもの言いたげな視線に気づきながら、オレは手を引かれて走り続ける足を止められなかった。
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