内島ナイトと孤島の館 ※七日間生き残れ※

8ツーらO太!

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第七章 土曜日

3

「ねぇ、無人。いい加減着替えてきなよ。里来さんは僕が見てるから」

 伊織は居間の隅にうずくまるオレをソファから振り返り、何回目かになるその言葉を掛けた。オレが首を振ると彼は小さく溜息をつき、立ち上がって近づいてくる。

「風邪引くよ?」

「いい」

「よくない。僕は君のことだって心配なんだ」

 伊織がオレの前に膝をついてしゃがみこむ。

「部屋の鍵貸して。僕が服、取ってくるから」

 彼は優しい。幼い頃から変わらず、他人を気遣う人間だった。オレは濡れたポケットから鍵を取り出し、伊織の水色の目を見て、

「ありがとう。……ごめん」

「謝らないでよ、親友だろ? 服のチョイスはお楽しみ」

 居間を出ていく伊織の姿が、どこかいつもより頼もしく思えた。



   ◆



 オレが居間で着替えを終えると伊織は、ずっと厨房で待っていたらしいヒュウガを呼んできてくれた。里来の恰好が恰好だったこともあり、彼女は居間に戻れずにいたらしい。

 オレは眠っている里来の枕元に座り、ヒュウガが変な行動を取らないか監視していた。彼女が口を開く。

「里来様は大丈夫でしょうか」

「ああ。今は落ち着いてるから心配ない」

 ヒュウガの言葉はどうにも白々しく聞こえてしまい不愛想に答えると、彼女はいつもより低めの声音で言った。

「私が犯人であるとお思いですね。だいぶ前から無人様は私を疑っていらっしゃった」

 オレは立ち尽くすヒュウガを見上げる。彼女は口調こそ丁寧だが、瞳はもはや使用人らしいそれではなかった。対等な人として、彼女もまたオレに疑惑の目を向けている。

 言い返す声は、どうしても重く、恨みがましくなってしまう。

「なぁ、ヒュウガ。その言葉遣いやめろよ」

「これはアッカーソン家に仕える使用人として――」

「オレたちはお前の主人じゃない。腹ン中溜めこんだまま表面だけ繕ってへつらうのはやめろ」

 ヒュウガは一瞬目を見開いたのち、すっと細めて嘲るような笑みを見せた。

「わかっておりますよ。所詮あなた方は、たかだか一週間、旦那様に招かれてここにいるだけの学生。旦那様亡き今、あなた方に心から尽くす義務も、命に従う義務もありません」

「だったらそうしろよ」

「そうおっしゃるのは我が儘というものです。私の言動を支配する権限は、無人様には無いのでしょう?」

 オレはぐっと唇を噛む。敬語が余計に厭味ったらしく、苛立たしい。

「無人様は私を犯人だと決めつけていらっしゃる。だから、〝本性を表せ〟とおっしゃりたいのですね。ですが、残念ながら私は犯人ではありませんし、これといって表す本性もありません」

「嘘だ。イズミの件で伊織に掴みかかったときのお前は今とは別人だった。人を睨み殺しそうな目つきで、口汚く伊織を罵ったじゃねぇか」

 イズミの名を出した途端、ヒュウガが表情を変えた。喧嘩腰だった眉が下がり、目が伏せられる。

「あれは……使用人としてはあるまじきことでした、申し訳ありません。ですが、私にとってイズミはそれほど大切な存在だったのです。無人様が――」

 と言って彼女は、毛布の上から里来の肩に添えられたオレの手を見る。

「――そうして今、里来様を私から守ろうとなさるよりもっと強く、私はイズミを想っていたのですよ」

 その時、オレは思い出した。イズミの死を嘆くヒュウガの姿。ぼろぼろ涙を零し、嗚咽を堪えていた顔を。

 言葉を探して迷っていると、ヒュウガは畳みかけるように言った。

「今のこの状況で、無人様が伊織様ではなく私を疑うのは当然です。私への信頼の方が伊織様へのそれより薄いのですから。ですが私は、私が犯人ではないと知っています。その上で言わせていただくと、怪しいのはお二人なのです」

 静観者だった伊織が口を開いた。

「僕と無人、ってこと?」

「そうです。お二人はやたらと館のことを詮索していらっしゃいましたね、里来様とご一緒に」

「それは犯人に繋がる手掛かりを捜そうと……」

「この島と館に詳しい里来様を犯行のための情報収集に利用し、用済みになったから殺そうとしたのではありませんか? 無人様が一晩中部屋で里来様を見張り、その間に伊織様が機械室の水道管から毒を流し込む。あとは、朝一番に里来様がシャワーを浴びれば――」

「そんなことするかよ!」

 オレは里来が寝ているにも関わらず、この島でのすべての憤りを吐き出すかのように叫んでいた。案の定里来は覚醒し、細目を開けて枕元のオレを見上げる。

「ん……ナイト?」

「オレが里来さんを殺すわけないだろ。なんでそんなことしなきゃいけないんだ」

「私に聞かれても答えかねます。けれどあなた様には、里来様を〝殺さない理由〟も無いはずです」

「それは……」

 里来が見ている。変な誤解をされないか心配だが、嘘はつけない。

「オレが……里来さんを好きになったから……」

 言ってしまった。ヒュウガは眉をひそめる。緩く握られた彼女の手が震えている。

「薄っぺらい言葉です。たった六日間共に過ごしただけじゃありませんか」

「それは、オレだってそう思うけど……」

「私は……イズミのことを十年間ずっと好きだったんですよ!? 今だって好きです! あなた様は〝好意〟を、ご自身が殺人を犯さぬ理由としながら……どうして私を、イズミや他の皆を殺した犯人だと決めつけるのですか!?」

 ヒュウガの全身が、怒りと哀しみに満ち満ちていた。ぎらぎらとしてオレに向けられる強い眼差し。瞳には、おそらく亡き人を想ってうっすらと膜が張っている。今にも掴みかかってきそうな迫力。だが、その衝動をすんでのところで押し留めるのは、使用人としての彼女の矜持。

「やめようよ……」

 震えた声。見ると、伊織が目に涙を溜めていた。彼はオレたちを見つめ、切なげに眉を寄せる。

「もうやめよう。疑り合うのは嫌だよ。きっと僕たちの中の誰も、犯人じゃない。犯人は魔女なんだ。この島に潜む魔女が、みんなを殺したんだ……」

「そんな馬鹿な話」

 ヒュウガが声を掠れさせて言うのを、オレは止めた。

「だから、僕たちは四人で生きて、この島を出ようよ。死んじゃった人達みんな連れて、本土に帰ろう……ね?」

 ぽろり、ぽろりと頬に涙を伝わせて、伊織は泣き虫の聖母のように純な笑みを浮かべた。オレは胸が苦しくなって言葉に詰まってしまう。

「そうだな」

 答えたのは里来だった。彼はまるでその先に誰かがいるかのように天井を見つめ、微かに唇を動かした。吐息のような声が、天井に語り掛ける。彼は確かに何かを見ていた。

 その唇が呟いたのはきっと、彼の大切な、大切な友人たちの名だろうとオレは思った。

 極限状態に置かれて感じる、大きな責任。オレたちは、亡くなった皆を本土に連れていかねばならないのだ。そして遺族に語らねばならない。この島で起きたすべてのことを。そのためには、生き残らねば。

「悪かった、お前を信じる」

 オレは立ちあがり、ヒュウガに片手を差し出した。もう疑うのはやめようと思った。誰も犯人じゃない、がむしゃらにそう思い、そう願うことを決めた。

 もう誰も死なないとオレは信じる。信じるのは、人の良心だ。この四人の中に犯人はいない。犯人はいない!

 もう誰も死なない。もう誰かが誰かを殺すことは無い。人の心を信じる。その純な心が、悪の魔女に打ち勝てるのだと信じている。

「お前のイズミへの想いを信じるよ、ヒュウガ」
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