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第七章 土曜日
11
「木塚伊織とヒュウガだった。彼らは……」
「中毒死させたんだろ。塩素系漂白剤と酢を混ぜて」
よどみなく語り続けていたイズミの言葉を里来が遮った。里来はさらに続ける。
「お前は、計画の段階ではヒュウガを殺す気は無かったと言ったな? なのになぜ最後はあっさりと殺した?」
「それは――」
……長い沈黙だった。先ほどまで永遠続くかのように自らの犯行を語り続けていた彼の勢いは無い。
里来は彼の地雷を踏んだのだった。
イズミは突然、タガが外れたようにけらけらと笑いだした。腹を抱え、身を捩り、天を仰いでは地に吐き捨てる、そんな笑い……。喉を締め付けて無理矢理高くした声を絞り出す。狂気に満ちたような、それでいて哀しい。
そう。それは哀しい笑いだった。狂ったように楽しげな声とは裏腹に崩れた表情。眉が歪み、涙は流れ、頬は興奮した血流で真っ赤に染まっていた。腹を抱え身を捩るのは、自分の身を抱きしめて震えを止めるためのように見えた。
への字に下がる口角をぎこちなく引き上げてイズミは涙声で語りだす。
「水をね、使えなくすれば、必ず誰かが常温室に保存用を取りに来るってわかってたんだ……。それがヒュウガだろうってこともわかってた! わかっていながら僕はッ、毒ガスの仕掛けを作って常温室に置いたんだ!」
里来が隣で息を呑むのがわかった。オレも冷汗が止まらない。イズミはにやりと嫌な笑みを浮かべる。こちらを嘲るようにも、自嘲のようにも見える。
「僕はこのときにはもう、後に引けなくなっていた。ヒュウガへの愛どうこう以前に、どうやったら完全犯罪を成せるかばかり考えていた。だって僕は、自分を仮死状態にまでしてトリックをつくりあげたんだ。今さら計画を中止することはできなかった。そして僕は悟ったんだ、ヒュウガを生かすことと完全犯罪は両立できない、と」
「だから殺したってのか!?」
里来が叫んだ。イズミは笑う。
「それが確信に変わったのが、ヒュウガが伊織を連れて常温室に来たときだ。二人を見た瞬間、僕が何を思ったかわかる? 〝これで二人纏めて殺せる〟って! 僕はそのときにはヒュウガを生かすことなんか、これっぽっちも考えてなかったんだ!」
溢れる涙をそのままに笑いながら話すイズミを見て、オレは背筋が寒くて堪らなかった。こんな人間は見たことが無い。彼は魔女だ。本物の魔女になってしまったのだとオレは思った。
「二人纏めて有毒ガスで殺したあと、僕は常温室に入って伊織の腹を裂き、ヒュウガの足首を切断した。あくまでも歌に見立てるためだった。僕はヒュウガの亡き骸を前にしても冷静だったよ。哀しいどころか、上手くやれたことが喜ばしくさえあった。でもね」
イズミは笑うのをやめ、途端に表情を無くす。低く、感情の無い一本調子な声で、
「最後に内島無人、あなた様と……殺し損ねた里来様を殺すため、ここで待ってる間にね、気づいてしまったんだ、最大のミスに」
無表情だった口元に再び笑みが浮かぶ。
「全員を殺してしまったら、僕のアリバイを証明する人がいないんだ。つまりね……僕はやっぱり、ヒュウガを殺すべきじゃなかったんだよ……。それに気づいたらもう全てが馬鹿馬鹿しく思えた。僕はなにやってたんだろ、って」
イズミはゆっくりと、自分の言葉を噛み締めるように瞼を閉じた。そして次に開いたときの彼の瞳は、オレがあの桟橋で初めて見たときと同じ、南国の澄んだ海を流し込んだような美しさで、優しげにこちらを見つめていた。
「無人様、里来様」
彼の声は、真面目で礼儀正しい執事のそれだった。
「私が、自分の過ちに気づいたあともここでお二人をお待ちしていたのは、お二人に知っていただきたかったからです」
「何を、だ?」
里来が複雑に眉をひそめて問う。イズミは赤い唇に聖母のような笑みを乗せて、
「無人様がおっしゃった、〝本当の私〟を、です」
「それで、オレたちにそれを教えてどうしたい?」
「いえ、どうしたいわけでもありません。ただ……こんな風に想い、考え、行動する人間もいるのだと……それだけです」
オレは……これだけの犯罪を犯しておきながら安らかな顔をして教訓じみたことを言うイズミに、憤りを抑えきれなかった。
「お前なんか人間じゃない」
胸の奥にずっと沈み込んでいた言葉をマグマのように吐き出した。
「イズミ、お前なんか人間じゃねぇよ! 魔女だ! お前が魔女なんだ! 好きだったヒュウガを殺し、世話してくれた文哉さんたちを殺し、関係ない幸一や伊織まで殺した!」
オレが罵声を浴びせてもイズミは微笑んだままだった。やがて、彼は静かな声でおとぎ話を語るように、
「そうですよ、私が魔女なのです、無人様」
懐に手を差し入れ、
「そして最後、独りになった魔女は楽園で」
小さな瓶を取り出し、
「自分自身を殺すのです」
中身をあおった――……
「中毒死させたんだろ。塩素系漂白剤と酢を混ぜて」
よどみなく語り続けていたイズミの言葉を里来が遮った。里来はさらに続ける。
「お前は、計画の段階ではヒュウガを殺す気は無かったと言ったな? なのになぜ最後はあっさりと殺した?」
「それは――」
……長い沈黙だった。先ほどまで永遠続くかのように自らの犯行を語り続けていた彼の勢いは無い。
里来は彼の地雷を踏んだのだった。
イズミは突然、タガが外れたようにけらけらと笑いだした。腹を抱え、身を捩り、天を仰いでは地に吐き捨てる、そんな笑い……。喉を締め付けて無理矢理高くした声を絞り出す。狂気に満ちたような、それでいて哀しい。
そう。それは哀しい笑いだった。狂ったように楽しげな声とは裏腹に崩れた表情。眉が歪み、涙は流れ、頬は興奮した血流で真っ赤に染まっていた。腹を抱え身を捩るのは、自分の身を抱きしめて震えを止めるためのように見えた。
への字に下がる口角をぎこちなく引き上げてイズミは涙声で語りだす。
「水をね、使えなくすれば、必ず誰かが常温室に保存用を取りに来るってわかってたんだ……。それがヒュウガだろうってこともわかってた! わかっていながら僕はッ、毒ガスの仕掛けを作って常温室に置いたんだ!」
里来が隣で息を呑むのがわかった。オレも冷汗が止まらない。イズミはにやりと嫌な笑みを浮かべる。こちらを嘲るようにも、自嘲のようにも見える。
「僕はこのときにはもう、後に引けなくなっていた。ヒュウガへの愛どうこう以前に、どうやったら完全犯罪を成せるかばかり考えていた。だって僕は、自分を仮死状態にまでしてトリックをつくりあげたんだ。今さら計画を中止することはできなかった。そして僕は悟ったんだ、ヒュウガを生かすことと完全犯罪は両立できない、と」
「だから殺したってのか!?」
里来が叫んだ。イズミは笑う。
「それが確信に変わったのが、ヒュウガが伊織を連れて常温室に来たときだ。二人を見た瞬間、僕が何を思ったかわかる? 〝これで二人纏めて殺せる〟って! 僕はそのときにはヒュウガを生かすことなんか、これっぽっちも考えてなかったんだ!」
溢れる涙をそのままに笑いながら話すイズミを見て、オレは背筋が寒くて堪らなかった。こんな人間は見たことが無い。彼は魔女だ。本物の魔女になってしまったのだとオレは思った。
「二人纏めて有毒ガスで殺したあと、僕は常温室に入って伊織の腹を裂き、ヒュウガの足首を切断した。あくまでも歌に見立てるためだった。僕はヒュウガの亡き骸を前にしても冷静だったよ。哀しいどころか、上手くやれたことが喜ばしくさえあった。でもね」
イズミは笑うのをやめ、途端に表情を無くす。低く、感情の無い一本調子な声で、
「最後に内島無人、あなた様と……殺し損ねた里来様を殺すため、ここで待ってる間にね、気づいてしまったんだ、最大のミスに」
無表情だった口元に再び笑みが浮かぶ。
「全員を殺してしまったら、僕のアリバイを証明する人がいないんだ。つまりね……僕はやっぱり、ヒュウガを殺すべきじゃなかったんだよ……。それに気づいたらもう全てが馬鹿馬鹿しく思えた。僕はなにやってたんだろ、って」
イズミはゆっくりと、自分の言葉を噛み締めるように瞼を閉じた。そして次に開いたときの彼の瞳は、オレがあの桟橋で初めて見たときと同じ、南国の澄んだ海を流し込んだような美しさで、優しげにこちらを見つめていた。
「無人様、里来様」
彼の声は、真面目で礼儀正しい執事のそれだった。
「私が、自分の過ちに気づいたあともここでお二人をお待ちしていたのは、お二人に知っていただきたかったからです」
「何を、だ?」
里来が複雑に眉をひそめて問う。イズミは赤い唇に聖母のような笑みを乗せて、
「無人様がおっしゃった、〝本当の私〟を、です」
「それで、オレたちにそれを教えてどうしたい?」
「いえ、どうしたいわけでもありません。ただ……こんな風に想い、考え、行動する人間もいるのだと……それだけです」
オレは……これだけの犯罪を犯しておきながら安らかな顔をして教訓じみたことを言うイズミに、憤りを抑えきれなかった。
「お前なんか人間じゃない」
胸の奥にずっと沈み込んでいた言葉をマグマのように吐き出した。
「イズミ、お前なんか人間じゃねぇよ! 魔女だ! お前が魔女なんだ! 好きだったヒュウガを殺し、世話してくれた文哉さんたちを殺し、関係ない幸一や伊織まで殺した!」
オレが罵声を浴びせてもイズミは微笑んだままだった。やがて、彼は静かな声でおとぎ話を語るように、
「そうですよ、私が魔女なのです、無人様」
懐に手を差し入れ、
「そして最後、独りになった魔女は楽園で」
小さな瓶を取り出し、
「自分自身を殺すのです」
中身をあおった――……
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