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第4話 「来訪者たち」
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夕暮れ。
常連客が帰り、店内に静けさが戻る。
そのとき、ドアベルが鳴る。
「こんばんはー!予約してた田辺です!」
チェックシャツに明るめのデニム。
四十歳前後、背筋の伸びた男性。
笑顔がやたら爽やかで、声も大きい。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
クロスをかけて椅子に座らせると、
田辺は周りをきょろきょろと見回した。
「へぇ~!おしゃれですねえ! 一人でやってるんですか?」
「はい、完全に一人なんで。落ち着いた感じを大事にしてます」
「いやぁ、いいなぁ。僕、こういう“隠れ家感”大好きなんですよ」
声は明るく、雑談もスムーズ。
趣味の話、最近のニュース、
街の出来事――どれも軽い。
ただ、その合間に妙に“人の反応を探るような質問”が混じる。
「龍さんって、昔から池袋ですか?」
「ええ、まあ。長いですね」
「ご家族は? ご兄弟とか?」
「……ああ、兄が一人。今は地方に」
「へぇ~、じゃあ東京はずっとお一人で?」
(……なんだ、この感じ。履歴書でも書かされているみたいだ)
カットを進めながら龍が内心で首をかしげていると、
田辺は不意に声を落として言った。
「……いやぁ、でもいいですよね。
美容師さんって、いろんな人の話を聞けるから」
「そうですね。まあ、面白いですよ」
「人間観察にはもってこいだ」
にやり、と笑った笑顔が一瞬だけ冷たく見えた。
シャンプー台へ案内すると、
田辺はふと口にする。
「いやぁ、この辺りもずいぶん物騒になりましたよね。
ほら、例の…111店舗の売上が消えたってニュース。
あれ、美容業界の人には身近な話なんじゃないですか?」
わざとらしく軽く口にするが、その目は笑っていない。
一瞬だけ、鋭い観察者の目をした――気がした。
龍はドライヤーを回しながら、心の中で呟く。
(なんで俺の反応を探るみたいな言い方をするんだ…?ただの世間話か?)
だが、田辺はすぐに冗談めかした口調に戻った。
「いや~、俺なんか小心者なんで!
財布から千円なくなるだけで大騒ぎ!
22億なんて…もう想像つかない!」
豪快に笑いながら、まるで違和感を打ち消すかのように場を明るくした。
カットが終わると、
田辺は鏡を見て
「おお、すっきりした!さすが!」
と親指を立てた。
そして帰り際、何気なく名刺を置いていく。白地に「田辺商事」とだけ書かれた名刺。電話番号も、住所も、メールも何もない。
「また来ますよ!ありがとうございます!」
静けさが戻った店内。
龍は名刺を見つめながら、心の奥に残った“違和感”を噛みしめていた。
■「陰謀論美容室」
次の日…
午後の光が《Studio33》に差し込む。
昼のピークを過ぎ、龍が軽く背伸びをしていると、チリン、とドアベルが鳴った。
「こんばんは、予約していた藤崎です」
ナチュラルベージュのコートにエコバッグ。
30代半ば、柔らかな笑顔の奥に鋭い観察眼。
「いらっしゃいませ。どうぞお掛けください」
龍はクロスを掛けながら、
カウンセリングをする。
世間話が始まり、天気、スーパーの値上げ、オーガニック食品。よくある風景だ。
だが、藤崎の言葉には、
どこか“思想の匂い”が混ざっていた。
「体に入れるものって大事ですよ。
輸入頼りすぎると、生活が揺れますから。
だから地産地消を応援してます」
鏡越しに微笑む龍。
藤崎はさりげなく
自身の「フューチャー・ヴェイル」の活動を紹介。
柔らかい口調の奥に熱意が滲む。
「社会って、“同じであること”を求めすぎです。
もっと多様性を認めて自由に選べる社会じゃないと」
授業みたいな口調。龍は胸の奥が重くなる。
(普通の雑談なのに…なんで思想が滲むんだ…?)
藤崎がにこり。
「ところで、最近の政府の動き、
ちょっと都市伝説チックじゃないですか?
裏でいろいろ仕組んでる感じ、しません?」
龍の目が一気に輝く。
「そ、そうなんですよ! 実は俺……あの選挙のニュースには裏があって……!」
そこから会話は爆速に。
監視カメラ、食料危機、SNS操作――
店内は一瞬で“陰謀論カフェ”に変貌する。
「美容師さんって、いろんな人の“裏側”を見抜いてますよね?」
藤崎の言葉に、龍は手を止めかけ、慌てて笑う。
「いやいやいや、ただの美容師ですよ(笑)」
「……そうですか~(笑)」
柔らかい笑顔の奥には、測る光。
龍はその目を見ながら、どこか“試されている”ような感覚を覚えた。
「ありがとうございました。すごく軽くなりました」
バッグを肩に掛け、ドアの前で立ち止まる藤崎。
「私たちの活動、また今度詳しくお話しします。
きっと興味を持っていただけると思うので」
ベルが鳴り、藤崎は去る。
龍は鏡越しに自分を見つめる。
(ただの活動家…のはずなのに、
陰謀論詳しい人だったな~!面白い!
……でも、なんか、引っかかる)
その“引っかかり”だけが、妙に心に残った。
編集
常連客が帰り、店内に静けさが戻る。
そのとき、ドアベルが鳴る。
「こんばんはー!予約してた田辺です!」
チェックシャツに明るめのデニム。
四十歳前後、背筋の伸びた男性。
笑顔がやたら爽やかで、声も大きい。
「いらっしゃいませ。どうぞ、こちらへ」
クロスをかけて椅子に座らせると、
田辺は周りをきょろきょろと見回した。
「へぇ~!おしゃれですねえ! 一人でやってるんですか?」
「はい、完全に一人なんで。落ち着いた感じを大事にしてます」
「いやぁ、いいなぁ。僕、こういう“隠れ家感”大好きなんですよ」
声は明るく、雑談もスムーズ。
趣味の話、最近のニュース、
街の出来事――どれも軽い。
ただ、その合間に妙に“人の反応を探るような質問”が混じる。
「龍さんって、昔から池袋ですか?」
「ええ、まあ。長いですね」
「ご家族は? ご兄弟とか?」
「……ああ、兄が一人。今は地方に」
「へぇ~、じゃあ東京はずっとお一人で?」
(……なんだ、この感じ。履歴書でも書かされているみたいだ)
カットを進めながら龍が内心で首をかしげていると、
田辺は不意に声を落として言った。
「……いやぁ、でもいいですよね。
美容師さんって、いろんな人の話を聞けるから」
「そうですね。まあ、面白いですよ」
「人間観察にはもってこいだ」
にやり、と笑った笑顔が一瞬だけ冷たく見えた。
シャンプー台へ案内すると、
田辺はふと口にする。
「いやぁ、この辺りもずいぶん物騒になりましたよね。
ほら、例の…111店舗の売上が消えたってニュース。
あれ、美容業界の人には身近な話なんじゃないですか?」
わざとらしく軽く口にするが、その目は笑っていない。
一瞬だけ、鋭い観察者の目をした――気がした。
龍はドライヤーを回しながら、心の中で呟く。
(なんで俺の反応を探るみたいな言い方をするんだ…?ただの世間話か?)
だが、田辺はすぐに冗談めかした口調に戻った。
「いや~、俺なんか小心者なんで!
財布から千円なくなるだけで大騒ぎ!
22億なんて…もう想像つかない!」
豪快に笑いながら、まるで違和感を打ち消すかのように場を明るくした。
カットが終わると、
田辺は鏡を見て
「おお、すっきりした!さすが!」
と親指を立てた。
そして帰り際、何気なく名刺を置いていく。白地に「田辺商事」とだけ書かれた名刺。電話番号も、住所も、メールも何もない。
「また来ますよ!ありがとうございます!」
静けさが戻った店内。
龍は名刺を見つめながら、心の奥に残った“違和感”を噛みしめていた。
■「陰謀論美容室」
次の日…
午後の光が《Studio33》に差し込む。
昼のピークを過ぎ、龍が軽く背伸びをしていると、チリン、とドアベルが鳴った。
「こんばんは、予約していた藤崎です」
ナチュラルベージュのコートにエコバッグ。
30代半ば、柔らかな笑顔の奥に鋭い観察眼。
「いらっしゃいませ。どうぞお掛けください」
龍はクロスを掛けながら、
カウンセリングをする。
世間話が始まり、天気、スーパーの値上げ、オーガニック食品。よくある風景だ。
だが、藤崎の言葉には、
どこか“思想の匂い”が混ざっていた。
「体に入れるものって大事ですよ。
輸入頼りすぎると、生活が揺れますから。
だから地産地消を応援してます」
鏡越しに微笑む龍。
藤崎はさりげなく
自身の「フューチャー・ヴェイル」の活動を紹介。
柔らかい口調の奥に熱意が滲む。
「社会って、“同じであること”を求めすぎです。
もっと多様性を認めて自由に選べる社会じゃないと」
授業みたいな口調。龍は胸の奥が重くなる。
(普通の雑談なのに…なんで思想が滲むんだ…?)
藤崎がにこり。
「ところで、最近の政府の動き、
ちょっと都市伝説チックじゃないですか?
裏でいろいろ仕組んでる感じ、しません?」
龍の目が一気に輝く。
「そ、そうなんですよ! 実は俺……あの選挙のニュースには裏があって……!」
そこから会話は爆速に。
監視カメラ、食料危機、SNS操作――
店内は一瞬で“陰謀論カフェ”に変貌する。
「美容師さんって、いろんな人の“裏側”を見抜いてますよね?」
藤崎の言葉に、龍は手を止めかけ、慌てて笑う。
「いやいやいや、ただの美容師ですよ(笑)」
「……そうですか~(笑)」
柔らかい笑顔の奥には、測る光。
龍はその目を見ながら、どこか“試されている”ような感覚を覚えた。
「ありがとうございました。すごく軽くなりました」
バッグを肩に掛け、ドアの前で立ち止まる藤崎。
「私たちの活動、また今度詳しくお話しします。
きっと興味を持っていただけると思うので」
ベルが鳴り、藤崎は去る。
龍は鏡越しに自分を見つめる。
(ただの活動家…のはずなのに、
陰謀論詳しい人だったな~!面白い!
……でも、なんか、引っかかる)
その“引っかかり”だけが、妙に心に残った。
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