―この世界は演出されている―

天声シン

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第5話 「都市の余韻と熱」

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夜。

龍は椅子に座り、鏡越しに自分を見つめていた。

PCの画面には、マルドゥクとレムリアンの社名が並んでいる。



(都市の秩序は、表に出ない。

でも、確かに“呼吸”している)



そのとき、雨音の中に、

微かな鼻歌が聞こえた気がした。

あの日、植物に語りかけていたカヲルの声。

都市のどこかで、まだ響いているようだった――。

龍は目を閉じ、静かに息を吐いた。

鏡の奥に映る自分の目が、

都市のノイズと呼吸に重なっていた。



(……何もしないでいい、か。

いや、そんなわけないだろ)



都市の空気が、静かに歪んでいた。

そして、龍の中で“何か”が目を覚ましかけていた。




■ 横浜中華街ナイト



2021年4月18日・PM18:00



赤い門をくぐると、

提灯の光がずらりと並び、風に揺れていた。

龍は足を止め、深く息を吸い込む。

八角、油、甘い香り――中華街特有の匂いが鼻腔をくすぐる。

人々のざわめき、厨房の怒鳴り声、

皿がぶつかる音。

都市の“熱”が、ここでは露骨に脈打っていた。




「おーい!龍!こっちこっち!」

手を振る松井の声が、雑踏の中でも妙に通る。

玲子はエコバッグを肩にかけ、

菜月はスマホを手に笑っている。

村上と安藤は腕を組み、

川村が幹事らしく声を張っていた。

龍は歩きながら、仲間たちの顔を順に見ていく。




(……みんな、変わってないな。いや、少しずつ変わってるのかもしれない)




円卓の店内は、赤い壁紙に金の龍が描かれ、

天井には古びた扇風機が回っていた。

小籠包の蒸気が立ち上り、

紹興酒の香りが空気に溶ける。

「乾杯ーー!!」

グラスがぶつかり合い、笑い声が弾けた。




「俺さ、今は表参道のサロンで働いてんだけどさ、客が全員インスタ用の髪型しか頼んでこないのよ」

「うちも。『映え』って言葉、もう聞き飽きた(笑)」

「でも、仕事あるだけありがたいよな」

玲子がふと呟く。

龍はグラスを傾けながら、

仲間たちの“今”を聞いていた。




(……あの事件のあと、みんなそれぞれの場所に散った。

でも、こうしてまた集まれるのは、奇跡みたいなもんだ)




「ヴィーナスゾーン、意外とちゃんと再就職先を斡旋してくれたんだよな」

「うん。あの規模で潰れたのに、

妙にスムーズだった」

「むしろ、あの事件がなかったら今の職場に行ってなかったかも」

「……でも、なんか変じゃなかった? あの後の対応、早すぎたっていうか」

「うん。俺も思った。

まるで“準備してた”みたいな」



龍は笑いながらも、心の奥で引っかかっていた。




(マルドゥク・インベスター・ソリューションズ……あの親会社の資金力か。

でも、あの事件の真相は、まだ何も明かされてない)




「で、龍は? Studio33、順調?」

「うーん、まあね。やっぱ一人は寂しいよ。お前らいないし」

「さすが店長、泣かせること言うなあ!」松井が笑い、場が和む。

そのとき、厨房の奥から火柱が立ち、店員が慌てて消火器を持って走る。

「うわ、びっくりした!」

「中華街あるあるだな(笑)」

笑い声が戻るが、龍は一瞬だけ、炎の揺れに目を奪われていた。




(……都市って、こういう“揺れ”を隠してるんだよな)




「でさ、龍さん、最近の陰謀ネタは?」

「来た来た!」

「火星人の話、また聞きたい!」

「やめとけ、また止まらなくなるぞ(笑)」

龍はニヤリと笑い、グラスを持ち上げた。

「じゃあ、最近のヤバい話、ひとつだけな――」




宴が進み、紹興酒の瓶が空になる頃。

ふと、玲子がぽつりと呟いた。

「……カヲル、今どうしてるんだろうね」

一瞬、空気が止まる。




松井が咳払いして、「ドバイで優雅に暮らしてんじゃね?」と笑うが、

誰も本気で笑わなかった。




「……信じたくないけど、本当にやったのかな」

玲子の声に、誰も答えなかった。

龍はグラスを見つめながら、心の奥に沈む“影”を感じていた。



(あいつが、22億を盗んだ? 本当に? ……いや、違う。何かがある)




外に出ると、夜風が頬を撫でた。

中華街の喧騒が背後に残り、

龍はひとり、みなとみらい方面へ歩き出す。

街の光が遠ざかるにつれ、

都市の“静けさ”が戻ってくる。

その静けさは、どこか不穏だった。

(……この都市、何かが動いてる)



■ 爆裂の夜



2021年4月18日・PM21:00



横浜中華街の宴が終わり、

龍はひとり、みなとみらい方面へ歩いていた。

観覧車のライトが赤と青に点滅し、

夜の街が静かに呼吸している。



「……もう一杯、どこかで飲むか」

紹興酒の余韻が残る頭で、

龍は歩道をゆっくり進む。

街灯が濡れたアスファルトに光を落とし、

遠くから潮の匂いが微かに漂ってくる。

そのときだった。



――ドンッ。

低音が地面を揺らした。

空気が一瞬、重くなる。

龍が振り返るより早く、次の衝撃が来た。

――バリバリバリッ!!

ガラスが破裂する音。

耳の奥に刺さるような高音。

続いて、爆風がビルの谷間を駆け抜け、

龍の頬を熱波が撫でた。



「ッ……!」



閃光が夜空を裂いた。

赤、橙、白――炎の色が混ざり合い、

街灯が一瞬、揺れて消えた。

広告のネオンが明滅し、

観覧車のライトが不規則に点滅する。

煙の匂い。

焦げた金属。

薬品のような刺激臭が鼻を突き、

龍は思わず咳き込む。



人々の悲鳴。



「逃げろ!」「爆発だ!」「こっち来るな!」



叫び声が交錯し、足音が瓦礫を踏みしめる音と混ざる。

龍は一歩、また一歩と後ずさる。

だが、足が震えて動かない。

膝が笑い、汗が背中を伝う。

耳鳴りがひどく、周囲の音が遠くなる。



(……これは夢か?現実か?)



目の前で、ビルのガラスが宙を舞い、

街灯が倒れ、炎が空を染める。

龍は立ち尽くしたまま、

都市が“壊れていく音”を聞いていた。

そのとき――



「何ぼーっとしてんだ!!」



背後から、雷のような声。

龍が振り返ると、そこに立っていたのは――

190センチを超える男。

黒のスーツに、濡れたコート。

顔は濃く、彫りが深く、目は鋭く光っていた。

その目は、混乱の中でも一切揺らがず、まるで“都市の構造”を見通しているようだった。



「早く逃げろ!!崩れるぞ!!乗れ!!」



男は逃げるタクシーを無理矢理止め、

ドアを開け、龍を半ば押し込んだ。

その動きは無駄がなく、迷いもない。

まるで“この瞬間”を予測していたかのようだった。

瓦礫と煙が渦巻く通りを、

タクシーはすぐに発進した。

窓の外では、人々が慌てて逃げ惑い、

火花とガラスの破片が夜空に散る。

龍は膝に力を込め、全身に震えを感じながらも、タクシーの中の静けさに救われた。



運転手が震える声で尋ねる。

「……あ、あのー、どちらまで、ですか?」

男は前を見たまま、低く言う。

「あーそうか。おい、どこまで行くんだ?」

龍は脳が追いつかず、言葉を探す。

「……池袋駅、東口まで……」

「そんな感じで。よろしく」

「は、はい承知しました~!」



龍はポカーンとしながらも、男に向き直る。



「……あの、なんだかすいません!本当に、助かりました。ありがとうございます!」

男は前を見つめたまま、静かに言った。



「……あの爆発、思ったより派手だったな」



「えっ!?……あの……どうして……?」



「ま、無事ならいいが」



その言葉に、龍の胸には謎の重さが落ちる。

なぜか街も人も、

この男の掌にあるかのような威圧感があった。

タクシーは首都高に入り、

横浜の灯りが徐々に遠ざかる。

雨粒が窓を滑り落ち、都市のノイズが遠くなる。



龍は小さく呟いた。

「……あの、すいません、一体、どちら様、なんでしょう?」

男はちらっと横目で龍を見やり、低く、静かに言った。



「通りすがりの、必然的に出会った男ってとこだな」



その声は、都市の奥底から響いてくるようだった。

「こういう時、ぼーっとしてる奴は死ぬ。すぐに動くやつだけが生きる。ま、そういう事だ」

龍の肩を叩き、揉みほぐすように笑う。

その笑顔は温かくもあり、どこか掴めない。

龍はうなずきながらも、

何を考えればいいのかわからなかった。



(……この人、何者なんだ?)



池袋の街に近づくにつれ、

龍の胸には謎の不安と畏怖が混ざった重みが増していった。

タクシーは池袋駅東口前に到着し、

エンジンが止まる。

龍はお金を出そうとした。



「いや、本当に、ありがとうございました! ここ、払います!」

男は手をひらりと振り、軽く笑った。

「あー、いーいー。気にするな」

ドアが開き、男は一言だけ残して去る。



「またな」



その言葉が、妙に重く響いた。

龍は降りながら、

男の存在に強い違和感を覚えた。

街の喧騒に紛れる彼の影は、

ただの人間ではない気配があった。

雨に濡れた池袋の街灯の下、

龍は深く息をつき、

タクシーが走り去った方向を見つめる。



胸に残る謎の重みと畏怖。

この夜、龍はただの偶然ではない、都市の“観測者”の眼差しに触れたことを、まだ理解していなかった――。

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