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第一章 始まり

第5話 理想の恋人はロイドで

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「このロイドは最新型で一緒に食事もできます。テーマパークなどの1日デートや家でのホームパーティにも対応できるので、ロイドであることを気にせず、自然にいられますよ」

 今日は、樹梨亜に付き合って初めてロイドショップに来ていた。

 どこもかしこも超強化ガラスという真新しい建物の中で、担当の水野さんと樹梨亜のお試しロイドを選ぶ。樹梨亜はオーダーロイドを頼むつもりだったけれど、ロイドに慣れるためにお試しで1日レンタルを勧められたからだ。

「こちらは、運動が得意なのでスポーツデートやアウトドアに適しています」

 テーブルに映し出される映像をタップしながら担当の水野さんという人が説明をしてくれる。覚えきれないほどの顔写真の数に驚きながら樹梨亜と一緒に選んでいく。

「う~ん……顔の好みはこっちなんだけど、アウトドアとか興味ないんだよね。休みの日ぐらいゆっくりしたいし」
「帰ったらヘトヘトだもんね」
「ほんとそう! マッサージとか家でのんびりとかさぁ、癒して欲しいのよ、私は! 」

 樹梨亜は体育教師で毎日嫌っていうほど運動してるからねと笑っていると、即座に水野さんが端末を操作し始める。

「この方はいかがでしょう? 」

 差し出された端末に写ったのは、年配のお父さんみたいな穏やかな男性。

「いや、さすがにこれは彼氏じゃ……」
 
 樹梨亜の顔がひきつっている。

「あの……年齢が高めのロイドさんもいるんですか? 」
「はい。製造年が古いのではなく、見た目年齢を年上に設定しているんですよ。最近は、年配の方もロイド需要が増えていますし、若い方で落ち着いた男性がいいという方もいらっしゃいますから」
「そうなんですね……なんか、たくさん居て選べなくなりそう。あ! そうだ樹梨、一緒にゲーム出来るロイドさんにしてもらったら? 」
「ゲームは種類にもよりますよ。eスポーツなら運動耐久力は必須ですが、通常のゲームであれば仲良く楽しめる協調性に長けたロイドがおすすめです。一緒に遊ぶのであれば、強すぎて1人勝ちしたり、苛立ち始めたり、かといって分かりやすい手加減もしない、紳士的で穏やかな性格のこちらのロイドはいかがでしょう? 」

 今度、お勧めされたのは明らかに優しそうな笑みを浮かべるロイドさん。

「樹梨、このロイドさんいいんじゃない? 」

 早く決めてほしい気持ちと優しい男性の方が樹梨に合うという気持ちが重なって私までいつの間にか、水野さんと一緒になって勧めている。

「う~ん……なんか、違う気がする」

 対して樹梨亜は乗り気じゃなさそう。

「決めた!! 」

 ついに樹梨亜が覚悟を決めたように言う。

「どれ? どのロイドさんにするの? 優しそうな人? 」
「私は2番もお勧めですよ」

 水野さんまで楽しそうなノリでさっきのスポーツ自慢のロイドを推す。

「やっぱりオーダーします。全部私好みにしたいの! 」
「え? 大丈夫なの? 」
「もし、嫌になっても返品出来ませんよ? 」

 水野さんが言うには、いきなりオーダーしようとする人ほど気に入らないと返品に来たりするのだとか……。

「人間と同じです。結婚した途端、思っていたのと違うから離婚したいと言われても、困るでしょう? 」

 そういって彼女は微笑んだ。

「分かってます。でも私は遊び相手が欲しいんじゃない。私とお母さんと一緒に暮らして支えてくれる、助けが欲しいの。彼氏じゃなくて将来を考えられるパートナーがどうしても必要だから、ここに来たんです。壊れない限り返品なんてしません! 」

 樹梨亜が一度決めたら譲らないことは私が一番良く知っているし、水野さんの表情を見ても伝わっていることがよくわかった。

「分かりました。そういうご事情でしたら、準備しますので少々お待ちください」

 水野さんは端末を操作し始める。

「決まったらなんかすっきりした! トイレ行ってくるね」

 そういって樹梨亜は私を置いてトイレに行ってしまった。人に言われても意見を変えないのは樹梨亜らしいけど……大丈夫なのかな。

 出してもらった水を一口飲んでふぅっと一息つく。

 辺りを見回すと5つくらいあるテーブルは全て埋まっていて、女性も男性も若い人からお年寄りまで幅広い。

 樹梨亜と同じように映像を見ながら選んでいる人やロイドさんと「はじめまして」と対面している人もいる。
 
 こんなにいるんだ……。

 一般的にはロイドと結婚する人も増えて当たり前になってきているけど、私の周りには今のところいない。兄貴も独身だし……職場でもそんな話しないし。樹梨亜が最初になるんだ。

「気になりますか? 」

 辺りを見回す私を、いつの間にか水野さんに見られていた。

「ロイドを選ぶ人って、たくさんいるんですね」
「最近特に増えていますね。お客様は興味ないですか? 」
「私は……なんかピンと来なくて……あ、ロイドだからとかじゃないんですけど」

 水野さんは、ふっと微笑むと端末から視線を離して私の目を見た。

「機械と家族になるなんて未知の世界ですよね……でもロイドはある人にとっては寂しさを埋めてくれる大切な存在であり、またある人にとっては心強い支えになったりします。ちゃんと、家族になれるんですよ」

 どこか哀しそうな、深い微笑みがなぜか胸にグッと迫る。

「そうなんですね……」

 ただ勧められたというより、その表情は何か私には理解できない、深い意味があるような気がして、何て言っていいかよくわからなかった。

「お待たせー! 」
「こちらも準備出来ましたので選んでいきましょうか」

 水野さんが見せてくれた画面には、髪型や目、鼻などのパーツがカタログのようにずらっと並んでいる。

「目はこれ、あと髪型はこれで……鼻は迷うなー」
「身長はどうします? 」
「身長は決めてるの、190cmって。体格は程よく筋肉質がいいな」
「190! すごい高くない? 」
「だって私が165あるから理想の25cm差だと190だもん」
「あと、性格や特徴を選べますよ」

 こうして容姿から性格やある程度の特徴までを全て選び終わるのに、1時間以上かかった。

「あー、疲れたー! 」

 やっとロイドショップから解放された。

「ごめんごめん、なんか奢るよ」
「よしっ! じゃあ、いつものパフェね! 」
「げっ! もう……付き合わせちゃったから特別ね」
「わーい!! 」

 ちらっと樹梨亜の横顔を覗く。気が強くてわがままとか誤解されやすい性格だけど、時々、自分よりずっと年上に見える時がある。

 私と夢瑠のお姉ちゃん役かな。

 そういえば、樹梨亜と二人って珍しいかもしれない……昔から夢瑠と三人か、夢瑠と二人のが多かったから。

 また、樹梨亜をチラッと見るけれど巻かれた髪がふわっと風になびいて表情を隠している。

 今、どんな表情……してるんだろう。
 
 樹梨亜はなんでロイドパートナーを選んだのか、さっきの言葉がまだ残っている。彼氏を飛び越えて一生を共にするパートナーを選びたかったんだ……きっと、樹梨亜の事だから一人でたくさん考えて出した結論なんだと思う。

「遥は? 」
「ん? 」
「遥は、彼氏とか結婚とか、本当に考えてないの? 」

 にこっとする樹梨亜の笑顔に思わずドキッと胸を掴まれた。いつもより大人びた……微笑み。

「私は……まだ早いよ。だってほら、まだやっと仕事慣れたばっかだし、休みは暇だけど彼氏とか付き合うとか全然イメージわかないし」

 急に話をふられて焦って返すけれど、樹梨亜がまた微笑む。

「そっか……遥らしいかもね。私さ、最近よく考えちゃって、将来のこととか。仕事一筋でと思ってたけど……結婚して子育てして、楽しくて賑やかな家庭が、欲しくなっちゃったんだよね」

 将来……楽しい家庭……。

 リビングでいちゃつく両親と兄貴と私のイメージが浮かんでくる。でもそこにいる私はまだ子供の立場の私で、私が奥さんやお母さんになってるイメージなんて、大人になっても未だによくわからない。

 そんな日は、もしかしたら永遠に来ないかもしれない。

「私ね……幸せになりたいの。どうしても」

 樹梨亜はその強い意思を持った瞳で私達より早く、既に未来を見据えている。

「なれるよ、樹梨亜なら」

 きっとなれる。願いも込めて樹梨亜に微笑む。きっと大丈夫、素直にそう思えた。






「笹山遥……」

 彼女達が去った後のロイドショップで水野が呟いたのは、なぜか遥の名前。

「まさか、こんなに早く出逢う事になるとは」

 計画が狂い、ショップのスタッフとして出逢ってしまった。これでは万一の時、尾行が出来ない。

「無関係のまま、行き過ぎてくれればいいのですが」

 わざとだろうか、彼女の純粋無垢で人を疑うことを知らなさそうな瞳は。思案する水野の表情はさっきまでの笑顔と違い、凍りついた冷酷ささえ感じられる。

「水野さん、お客様ご来店されました」

 後ろから聞こえた声に返事して振り向いた彼女は、一瞬にしてショップリーダーとしての水野沙奈みずのさなに戻っていた。柔らかでどんな人でも受け入れそうな微笑……彼女は何者か、なぜかこの間、草野海斗を尾行していた女性と同じように見えた。
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