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第二章 幸せだけを

第13話 試練だとしても

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 休みが終わり、またロイドショップでの一週間が始まる。今日からお店に出る事に私は少し緊張していた。

「接客の経験は? 」
「ありません……」
「そうですか……今日はとりあえず私の隣で見学していて下さい。慣れれば自然にできるようになります」
「はい」

 時計が10時を示し、ロイドショップがオープンする。朝の眩い陽が射し込む中、スタッフとしての一日が始まる。

「行きましょう」
「はい」

 既に案内されて席についている女性の元へ水野さんと歩いていく。

「おはようございます。本日、担当させて頂く水野と申します」
「笹山です。よろしくお願いします」
「お願いします」
「では早速アンケートを確認させてくださいね」

 水野さんは柔らかい笑顔を向けて優しく話している……思えば初めて会ったあの日も、こんな風に優しいお姉さんという感じだった。

「今日は、パートナーロイドのご相談という事ですね」
「はい、私……一緒にいてくれるパートナーが欲しくて……」
「そうなんですね、今までにロイドを利用された事はありますか? 他社でも構わないですよ」

 水野さんは、女性の表情に気を遣いながら一つずつ聞き取って端末に書き込みをしていく。気になるのは、聞き取っている内容ではなく、既に型番や特徴をメモしている事。

「ないんです……けど、だめでしょうか? 」
「だめという訳ではないんです。ただ、ロイドはやはり人間とは違いますから中には思っていたのと違ったという方もいらっしゃいます」
「そうなんですね……」
「パートナーロイドは一生物の契約ですから大切にしなければなりません、ゆくゆくパートナーロイドを選ぶ事を見据えてまずは、お試しをしてみませんか? 」

 水野さんが優しげに微笑む。

 大人しそうなその女性は水野さんの言う通り、ロイドの一日レンタルを決めて帰っていった。しかも彼女が選んだのは、水野さんが最初にメモしていた型番のロイド……。

 まるで手品みたい。

「わかってたんですか? 」
「見れば分かるでしょう? 」
「見れば……? 」
「ルックスや持ち物から好みは分かるでしょう。後は話し方や細かな仕草を見ていけば良いのです。その方の望む物をイメージし、形にするのが私達の仕事。決して誘導したり、勝手に決めてお勧めしてしまってはいけません」
「そうなんですね……」

 確かに誘導もしていないし、最初は緊張していたその女性も、帰る時には満足そうな笑みを浮かべていた。

「この仕事は観察力が不可欠です。次からはお客様の特徴や気になったところをできるだけ多く見つけ、まとめてください。私からの課題です」
「はい」

 決める事は同じはずなのに、樹梨亜の時とは話の内容も手順も違う。とにかく、出来る事はやりながら覚えていかなきゃ。

「それは私が」

 水野さんは、テーブルを片付けていた私の手からコップを取る。

「でも……」
「これも接客の一つとして担当者がやらなければなりません。大した事ではないですし、お客様が見ている訳ではないのですが、私はそういう気持ちでやっています。あなたのやるべきは初めてのカウンセリングの感想をまとめる事ですよ。端末を渡したでしょう? 」
「はい」

 コップを片付けに行く水野さんの背中を、思わず見つめてしまう。どんな人なのか、全く読めない。でも……仕事に対してはすごく強い気持ちを感じる……。

 端末を開いて、さっきのお客様の特徴を思い出しながら、カウンセリングの雰囲気も交えて感想を書いていく。控えめで穏やかそうな女性だったな……。服は……ふんわりとしたブラウスを着ていたっけ。

 でもどうしてあのロイドになると思ったんだろう。水野さんが型番を書いた瞬間を思い出す。

「12時です。次のお客様がいらっしゃいますよ」

 いつの間にか戻ってきていた水野さんに言われるまで気がつかなかった。急いで片付けると、ちょうど人が入って来るのが見えて、立ち上がり出迎えに行く水野さんに慌てて付いていく。

「中嶋様こんにちは。お久しぶりですね」
「こんにちは、水野さん。しばらく色々と忙しくて来られなかったんですが決めましたよ」
「そうですか。では、本日はオーダーのご注文という事でよろしいですか? 」
「はい、お願いします」

 水野さんはスムーズにテーブルに案内し、お客様も慣れた様子で席につく。他愛もない会話から自然とオーダーの話になっていく。

 樹梨亜の時と全然違う……お客様の特徴を観察するだけで、どんどん時間が過ぎていく。

 その後も昼食を挟んで3件と、終業時刻までずっとカウンセリングが詰まっていてまとめる時間なんて全くないまま、ショップでの一日が終わってしまった。

 まとめてから帰りたいけど……早く帰ってご飯も作らなきゃ。

「何してるんですか? 帰りますよ」

 端末とにらめっこしている私を見た水野さんが不思議そうにしている。

「今日の内容をまとめられていなくて……残ってやっていこうかと」
「残念ですがそれは出来ません。ショップ側は18:30には完全施錠されますから。出来るところまでで構いませんよ」
「そうなんですか……」
「あと5分しかありません、早く出ましょう」

 水野さんに急かされて、慌ただしくショップを出た。

 帰宅すると、食材が届いている。

 そうだった! 

 ちゃんと帰ってきてよかった。忙しい海斗に大好物を作ろうと、市場の新鮮なシーフードを頼んでいた事をすっかり忘れていた。

 気持ちを入れ替えてブイヤベース作りに取り掛かる。島で買う物とは種類が少し違うけど、ちゃんと新鮮な状態で届く事に驚く。野菜を切り、魚や海老の下ごしらえをしてから炒めて煮込む……ブイヤベース作りは順調に進んでキッチンに磯の香りが広がり始める。

 美味しそう……海斗、早く帰ってこないかな。その時、玄関の方で物音が聞こえた。

 海斗だ!

「おかえり!! 」

 勢いよくドアを開ける。

「あ……ごめんね、ハルちゃん」
「夢瑠……あ、えっとごめんね、海斗と間違えちゃった」
「お前なぁ、確認ぐらいしろよ、待ってましたみたいに……こっちが恥ずかしいだろ」

 兄貴までいる。

「カイ君、あんな笑顔のハルちゃんにお出迎えしてもらっていいなぁ~」
「ち、違うの、いつもはこんな事してないんだって」
「しかもなんかいい匂いするな」
「ね。ハルちゃんが美味しいご飯作って待ってくれてるのに、カイ君はお仕事? 」
「うん……忙しいみたいで最近遅いの」
「そうなんだ……これってもしかして……ブイヤベースの匂い? 」
「すごいね夢瑠、一回食べただけなのに」
「だって、すごい美味しかったから。そうだ、お兄ちゃんに作り方覚えてもらおっかなぁ」
「よかったらたくさんあるから食べてく? 」
「実は、もうご飯食べてきちゃったんだぁ。先にハルちゃんとこ来ればよかったんだけど……」
「そうなんだ……」
「夢瑠、あれ渡さないと」
「あ、そうだ。実はね、ご飯の帰りにハルちゃんの好きなプリンのお店見つけてね、二人にと思って買ってきたの」
「ありがとう、懐かしいね。まだお店あったんだ」
「うん、お兄ちゃんが持っていってやろうかって、珍しく優しいこと言ってたから」
「珍しくって……たまたま思い出しただけだ」
「ありがと」
「じゃあ、私達は帰るね、カイ君によろしくね」
「うん、またね」

 仲良さそうに帰っていく背中を見送ると、思わずため息が出る。

 海斗……遅いなぁ……。






 その後、21時になっても22時を過ぎても海斗は帰ってこなかった。何かあったのか心配になる気持ちと反比例して、お腹がぐぅーっと音を立てる。我慢できずに、先に食べることにしたけれど、一人で晩ごはんなんて……なんだか味気ない。

 いつもは30分でも1時間でも話しながらゆっくり食べてるのに……片付けが終わってもまだ1時間は経っていない。

 ロイドってこんなに夜遅くまで働いてるのかな……それとも何かあったのかな……でもそれならどこかから連絡が来るはずだし、一人で遊び歩いてる……それはないはず……ロイドだから?

 そんな事を考えている内に、意識がぼんやりと遠のいていった。






「ごめんね」




 海斗の声……?

 ふわっと身体が浮く。

 夢……のなか?

 髪、撫でてくれてる……。

とろりとろけそうな眠気にそのまま落ちてしまった。






 ぱっと目が覚めて隣を見ると、海斗はいなかった……帰ってこなかったのかな。


 陽射しが眩しくて慌てて端末を手に取ると海斗からメッセージが来ている。

 “一緒に食べれなくてごめん。ブイヤベース美味しかった、今日は絶対に早く帰るよ”

 ブイヤベース……海斗、帰ってきてたんだ。

 今晩じゃなくて今、顔が見たいのに……もう仕事に行っちゃったんだ……修理センターでの仕事はすごく不規則、ロイドは仕事が終われば充電して始まる時にまた起動すればいいだけだから……。

 でも、海斗は違う。

 私達と同じように食べて寝て、身体を休めないと……疲れた顔をしたり、うたた寝したり、本当に人間と同じ反応をする。

 海斗……大丈夫かな……。

 カーテンを開けると、ビルの群れが朝陽に照らされて強い光を反射してる。緑の全くない景色……の中に一箇所だけ、オアシスのような緑のテラスが気持ちよさそうに……。

 あそこって……!?

 なんで気づかなかったんだろう。海斗と過ごした懐かしいあの場所が、まさかここから見えるなんて。

 テラスを眺める。

 大丈夫……だよね……。

 海斗を失くした、あの時の空っぽな私に声を掛ける。あの頃を思えば一晩くらい。今晩こそ、疲れてる海斗を笑顔で迎えてあげよう、少しだけ晴れた気持ちでカーテンを閉めた。
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