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第二章 幸せだけを

第14話 ほどけていく

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 陽が暮れる頃、ショップのブラインドがゆっくり降りて、今日もまた一日が終わっていく。

 “今日は絶対早く帰る”

 重たいショップでの時間も、海斗のその言葉を楽しみに笑顔で乗り切れた。晩ごはん何にしようかなと思いながらロッカーへ向かっていると水野さんが駆けてくる。

「笹山さん、着替えたら外に出て通用口の辺りで待っていてください」
「えっ……はい」

 早く帰りたいのに……。

「大事な話ですから必ず、いてくださいね」

 水野さんが厳しい顔つきで念を押す。もしかして私……何かしたのかな。急に不安になってくる。着替えを済ませた私は仕方なく、通用口で待っていると少しして水野さんが出て来た。

「静かに、誰にも見られないように付いてきてください」

 そう言うと水野さんは隠れるように側の木陰に移動し、周囲を確認してから修理センターの裏手へとどんどん進んでいく。静かにと言われた私はどこに行くのかも聞けず、黙って後をついていく。

 進んでいくと木で覆われ、鬱蒼とした所にいきなり小さな青い扉が現れた。どことなく汚れて古びていて……そこだけ異様な雰囲気が漂っている。

「あなたが他言しないと信じています。もちろん、海斗にも」

 その言葉に、緊張が走る。

 身体が固まるような怖さの中でなんとか小さく頷くと、水野さんはそれを確かめて鍵で扉を開ける。

「埃っぽいですが、どうぞ座ってください」

 水野さんは手で口元を覆いながら軽く埃を払いながら入っていく。全てが近代的なこの街に……こんな寂れた木の小屋があるなんて。

 その時、背後からギイッと扉の開く音がして思わずビクッと肩が揺れた。

「すみません、遅くなりました」

 突然、入って来た人に水野さんは驚く様子もない。

「誰にも見られていませんか? 」
「はい、大丈夫です」

 あの時……島で。

「始めましょうか」

 私の正面に二人が座ると、何が始まるのかも分からないまま、水野さんが話し出す。

「彼は海斗の担当をしている修理センターの責任者、内藤です」
「内藤です。今日は海斗について伺う為に時間を作ってもらいました」

 責任者という割には若くて同じ歳くらいに見えるけれど……冷たそうな声、無愛想な表情に……こっちまで凍ってしまいそう。

 海斗の担当者ってことは、目の前のこの人が海斗を……。

「笹山です、よろしくお願いします。私からも内藤さんに聞いていいですか? 」
「何でしょう」
「海斗は昨晩、帰りが遅かったみたいなんです……何時まで仕事だったんですか? 」
「23時で切り上げさせました。本来は0時まで稼働予定です」

 朝から日付が変わるまで……そんなこと……。

「ロイドならば当たり前の事。充電が30%を切るまでは効率が落ちる事もなく、稼働しつつ充電することも出来る。ただ……海斗は、一体どういう仕組みでどう回復させているのか、全くわからない。本人に聞いても大丈夫だと言うばかりで、充電の方法なども教えず困っている」
「当たり前です、海斗は充電なんかしません」
「は? 」
「海斗の暮らしは私達と特に変わりません。飲食もしますし、睡眠も取ります。疲れたり眠れなかった日にはうたた寝もします。一緒に暮らしていて彼がロイドだと意識したことはありません。水野さんも知っているでしょう? 」
「私は……海斗の人間関係や行動履歴は追ってきましたが、生態までは知りません。あなたが以前、そう言っていたので調査はしていますが……ただ、父親の草野英嗣の調査で海斗に改造を加えていた事などから、彼をロイドだと考えています」
「僕は……海斗がロイドとは思えません。同居人が言うなら尚更です。ロイドだというのは何かの間違いなのでは? 」
「海斗の身体構造がロイドであるのは明白です。入国検査の結果もアンドロイドと認められ、生体反応もありませんでした」
「ですが、充電も出来ず食べて寝ないと回復しないなんて、ロイドとしては非効率的すぎます。そんなロイド作る意味がない」
「それは人間社会の中で擬態させる為に英嗣がそうしたのです。ロイドとしての生産性を求めたわけではありません」

 呼んでおきながら私を抜きにして、二人で勝手に議論している。

「あの……とにかく、今の海斗は疲れ切っています。時間を短くするとか、何とかなりませんか? 」

 私の声にはっとしたように二人ともこっちを向く。まさか、存在を忘れてた?

「すみません。笹山さん……でしたね。本当に海斗を休ませれば、回復しますか? 」
「はい、身体を休めることができればちゃんと元気になります。その間に、そちらは海斗がどうにかなってしまわないようにスケジュールを考え直してもらえませんか? 」
「分かりました」
「ですが……休みなどロイドにはないはず。どうするのですか? 」
「故障リストに入れるしかないでしょう。それでも3日が限度です。その後は……まだわかりませんが考えます」
「よろしくお願いします」
「明日からならちょうど点検日と合わせて4日休みが取れますね」

 水野さんは端末を見てそう言った後、じっと私を凝視する。

「な、なんですか? 」
「仕方ないですね……ショップ側でも同じ日程であなたを休みにします」
「え!? いいんですか? 」
「構いません、どちらにしろまだ戦力にはなりませんから」

 役に立っていないのはわかるけど、きつい一言がグサリと刺さる。

「もちろん、ただ休める訳ではありません、その間あなたにはやって頂く事があります。海斗の生態についてまとめて欲しいのです、生活の様子から癖の一つまで知っている事を全て」
「全て……ですか」
「はい」
「それは……海斗の為になりますか? 」
「します。海斗の為に。あなたも何とかしたいのでしょう? 」

 水野さんの言う通りにする事にした。休み明けの終業後、またこの場所で話し合う約束をして小屋を出る。

「怖くないのですか? 」
「怖かったですよ、いきなりこんな所に連れてこられて」
「そうでなくて……内藤の事です。彼は元々ショップ勤務でしたが、怖がられて修理センター勤務に」
「あぁ……ちょっと無愛想すぎて思わず言いたい事を言ってしまいました。でも、ああいう人には慣れてるんです」

 最近大人しくなったけど、昔はあんな感じだったな……私の脳裏には高校生ぐらいの兄貴が浮かぶ。

「そうですか……なら幸いです、これからも関わりがあるでしょうから」

 水野さんは、くれぐれも他言しないようにと念を押して帰っていき、私も夕食を作る為に家路へ急ぐ。とりあえず海斗が休めるならよかった……最近、忙しすぎて声も聞いていない気がする。

 明日からの海斗との時間を思うと、あんな事があっても私の顔はほころんでいた。






「ただいまー」

 今度こそ海斗だ!!

「おかえり! 」

 急いで玄関まで出ていく。

「ちょっと……どうしたの? 」

 笑顔を向けるなり、海斗にぎゅっと抱きしめられる。

「ただいま……」
「おかえりなさい」

 海斗の背中に手を回して私もぎゅっと抱きしめ返す。

「会いたかった」
「私も……ごめんね、先に寝ちゃって」
「いいんだ」

 安心する……このまま……時間止まってくれないかな。


 ぐぅ~……。


「もう……ごめんね」

 間抜けな音で鳴ったのは海斗じゃなくて私のお腹。何でこんないいムードの時に……腕をほどいた海斗は笑っている。

「俺もお腹空いた、なんか食べよ」
「うん。今日はね、ちゃんとご飯作ったんだよ、えらいでしょ」
「うん、ありがとう」

 やっぱり、疲れてるのかどことなく元気がない気がする。元気になってもらいたくて作ったご飯大盛りの唐揚げ定食を出すと、美味しいと言ってすごいスピードで食べ始めた。

「ねぇ海斗、お昼ちゃんと食べてる? 」
「お昼は食べる時間なくてさ。ロイドだから周りは食べないし、昼休憩もないんだ。だからすぐ食べれるパンとか買って隠れて食べてる」
「そうだったの? 」
「うん……いいんだ、そういうのは何とでもなるから。それより……」

 憂鬱な顔の海斗、箸も止まっている。

「どうしたの? 」
「明日から休んでいいって言われたんだ、4日も。昨日、疲れて手を止めたのがいけなかったのか、それとも何か悪いことしたのか……気になってさ」

 あの人、理由話してないんだ……どうしよう。

「それなら私も聞いたよ」
「え? なんで? 」
「水野さんがね、海斗が疲れてるみたいだから休めるように言ってくれたんだって。ほら、急に引っ越してきてバタバタだったでしょ? だからね、ちゃんと体力を戻してきなさいって、私も一緒に休める事になったの」

 本当の事は海斗には言えないけど、これなら……嘘にはならない……よね。

「そっか……頑張ってるつもりだけど、仕事まだ覚えられないし、役に立ってないんだろうなと思って」
「それは私も一緒だよ。水野さんに戦力になってないとか言われちゃうし、ほんとの事なんだけどそこまで言わなくて良くない? 」
「はは、水野さん厳しいな」

 おしゃべりしながら海斗と過ごすこの時間……やっぱりいいな。この為なら何でもできそう。

「だからゆっくりしようね、久しぶりに」
「うん、そうだね。二人でのんびりしよう」

 束の間かもしれないけど3日はゆっくりできる、海斗の事だけ考えていよう……せめてその間だけは。

「ねぇ……」

 食器を片付けようとキッチンに来た私を、背後から海斗が抱きしめる。

「もう……どうしたの? 」
「側にいて……そんなのしなくていいから」

 抱きしめられる……力が強くなる。

「海斗……? 」
「遥……」

 今度こそ時が止まったかのように……私達は温もりを感じ続ける。疲れているからか特別甘えてくる海斗に、なぜか切なさを感じながら。

 私達……大丈夫だよね。

 包まれる腕の中で不安と闘っていた。
    
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