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第三章 思い出を超えて

第26話 パーティーの夜

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「ちょっと夢瑠、もうちょっと右! 違うってば、そっち左! 」
「よっし! 勝った! 」
「さすが遥。海斗君もだけど二人で組むと強いね」
「付き合ってるだけあってチームワークもばっちりだね! 」
「だから付き合ってないって! 」

 樹梨亜・夢瑠コンビと私と海斗コンビでのゲーム対決は私達の圧勝に終わった。

「海斗君、次は二人で対戦しましょう! 」

 海斗はゲームが得意らしくて、さっきから引っ張りだこ。初めてやったとか言っているけど、とてもそんなふうには見えない。

「私はちょっと休憩」
「私も何か飲もうかな」

 何か飲み物をもらおうと、キッチンに向かう樹梨亜の後を追い掛ける。

 この数日はあっという間に過ぎて、今夜は夢瑠のお帰りパーティー。乾杯の後、みんなでご飯を食べてゲームをして……海斗が馴染めるか心配だったけど、すぐに馴染んで思った以上に盛り上がっている。

 びっくりしたのは煌雅さんの対応……異性だからか私達だけの時より楽しそうに見える。

「思ったより元気そうだね」
「ん? 」
「記憶無くしたって言ってたし、この間元気なさそうだったから気になってたんだよね」
「ありがと、気遣ってくれて」

 あの時はそんな気持ちに気づかずにイライラしたけれど、樹梨亜の気持ちが嬉しい。お茶をもらってリビングに戻ると、海斗と煌雅さんが真剣に対戦している。

 不思議……私の世界に海斗がいる。

 樹梨亜や夢瑠や煌雅さんと、まるで古くから友達のようにして、ずっとこうして暮らしてきたみたいに、しっくり来てるなんて。

「遥さぁ、付き合ってないなんてあんまり否定しないほうがいいよ」
「だって本当にそんなんじゃ」
「海斗君、傷ついてるんじゃない? この間はそう見えたし、さっきだって悲しそうな顔してたよ? 」

 気付かなかった。

 恥ずかしくて、そういう時の海斗の顔……見ていなくて。

 本当にそうなのかな……海斗を眺めるけど、真剣に闘う表情からはそんな気持ち読み取れない。

「だいたい、ブーケプレゼントされてキスまでしてたのに、あれでデートじゃないなんて無理ありすぎでしょ」
「ちょっと待ってよ、キスなんて」
「してたじゃない、それとも未遂? 」
「それいつの話? 」
「とぼけないでよ、私が声掛けて中断しちゃったんでしょ? 後から煌雅に叱られたんだからね」

 この間、樹梨亜に声を掛けられた時……記憶を辿って、初めて気づく。

「あれ……そういうこと……」
「まさか遥、気づいてなかったの!? 」

 今更ながら恥ずかしくなってくる。そんなところを友達に見られていたなんて。

「大丈夫かなぁ、お姉ちゃん心配になってきちゃった」

 笑って冗談っぽく言いながらお茶を飲む樹梨亜の視線が痛い。

 心が……ぐるぐるする。

「行けっ! すごいすごい、ハルちゃん海斗君勝っちゃうよ!! 」

 夢瑠の歓声に画面を見ると、真剣に闘う煌雅さんと互角……いや、むしろスピードでは勝っているかも……やっぱり海斗も人工知能を持つロイドだから……かな。

「すご……ロイドと互角に対戦してる」

 私が思うのと同時、隣で樹梨亜が呟く。

「ゴホッゴホゴホッ!! 」
「ん!? 遥、どうした? 大丈夫? 」

 思わずドキッとして、むせてしまった。まるで見透かされたみたい……まさか、バレたりしないよね。

「ゴホッ…だいじょゴホッゴホッ……変な所に入っゴホッ! 」
「いきなりどうしたの、ほらお茶飲んで。そう、しっかりゴックンして」

 樹梨亜がゴホゴホむせる私の背中を叩きながら、お茶を手渡してくれて一気に飲み干す。

「はい、海斗君の負けですね」
「あ~ぁ、いいとこまで行ったのに」

 海斗、負けたんだ……がっかりしたような、ちょっとほっとしたような。

 水を飲み干して咳は落ち着いて、息を整えると樹梨亜も隣でほっとしてる。

「遥さんが気になっちゃいましたね。好きな人を見てしまう気持ち、わかります」
「いや、それは……えっと……遥、大丈夫? 」

 海斗が私を見て、みんなの冷やかす視線も私達に注がれる。

「うん……だ、大丈夫だから、あんま……見ないで」
「でも……苦しそうだったから」

 海斗の声がしょぼんとしたのがわかった。傷つけたかも……でも恥ずかしい……どうしていいか分からない沈黙。

「ほら、海斗君こっち来て。夢瑠、ゲーム鍛えてあげる」

 樹梨亜が気を遣って席を開けて、隣に海斗が座る。私が嫌がらないように微妙な距離を明けて。

「ごめんね……」

 考えてみれば誰だって、傷つくかもしれない。好きな子じゃなくたって。

「何で謝るの? 」

 海斗はいつもの優しい笑顔。

「海斗は……嫌じゃないの? 私なんかと付き合ってると思われて」

 目を見ては聞けなかった、少し遠くの……画面に向かう夢瑠達を見るようにして声を出す。

「嫌じゃない。そう……思われたいよ」

 わかってる、海斗は身体ごと私を見て……真剣に答えてくれてる。ここで視線を交わせばその先に、進めるかもしれない、でも……。

「うわぁぁぁん! ハルちゃん、樹梨ちゃんがいじめる~!! 」

 泣きながら駆けてくる夢瑠をよしよしと抱きとめて、海斗は我に返ったように向きを直す。

 避けてしまった……本気で向き合おうとしてくれた海斗を。

「そんなに泣かなくたっていいのに……」
「樹梨、今日は夢瑠さんのパーティーなんですからお手柔らかに」
「わかってますよ~だ、じゃあ、ゲームは一休みしてケーキでも食べよっか」

 気まずい空気を打ち消すように樹梨亜がキッチンへ。泣き止んだ夢瑠と手伝いに行って、わざと海斗から離れた。






「遥、明日仕事じゃない? 遅くなって大丈夫? 」

 ケーキを食べ終え、また対戦に熱中し始めた海斗達を見ながら、樹梨亜がこそっと気遣ってくれる。

「うん、大丈夫。明日は片付けだけなんだ」

 結局、最後まで誰にも辞める事は言えなかった。そろそろ言わなきゃ。

「ふーん……? 」

 いまいち意味がわからないという感じの樹梨亜にこっそり告げる。

「あのね、仕事辞めることにしたんだ。明日が最後」
「え!? ちょっ、ゴホッゴホッ!! 」

 今度は樹梨亜がむせて飲んでいたコーヒーがこぼれる。

「わっ! ちょっと樹梨亜大丈夫? 」
「だって遥が変な事言うから……」
「拭きましょう、火傷は? 」

 樹梨亜のピンチに、ゲームを投げ出した煌雅さんが、さっと駆けつけて素早く対処してくれる。

「さすが、煌雅さんカッコいい」
「愛する樹梨亜のピンチですから」
「ピンチって程じゃないけど……ありがと」

 樹梨亜も頬を染めて照れて、でも嬉しそう。結局、仕事の事はちゃんと話せなかったけどまた今度話すねと伝えて、パーティーはお開きになった。

 賑やかなパーティーを終えて、帰りの車は海斗と二人きり。行く時は樹梨亜や夢瑠の話で盛り上がったけど、帰りの車内は静か。

「今日はありがとう、付き合ってくれて」
「こっちこそ、連れて行ってくれてありがとう。あんな楽しかったの初めてだよ、記憶の中では」

 笑ってくれる海斗に胸がしめつけられる。海斗にもあったのかな……自分の世界。

「前の俺もこんなに幸せだったのかな」

 呟きにあの頃の横顔を思い出す。そういえば海斗の事……聞いた事なかった、思えばいつも私か仕事のことばかりで。

 幸せ……だったのかな。

「仕事の話が多かったから……ごめんね、もっと聞いておけばよかったんだけど」

 横顔を見るつもりが海斗と視線が合う。悲しそうに、寂しそうに見えるのは私だけ……かな。

「これからは時間できるからさ、海斗が通ってた大学とかも一緒に行ってみない? 友達に会えるかも、ね? 」

 口元が緩やかにあがって、微笑んでくれる。

「優しいんだね」

 呟きが聞こえた時、海斗の家に着いた。ここに来ると、どうしてもあの日の記憶が蘇る。

「ごめんね、帰り遅くなっちゃって」
「俺は大丈夫、遥も……明日、仕事なのに大丈夫? 」

 名残惜しい、もうちょっと……そう言う心がうるさい。

「私は大丈夫。仕事……辞めるから明日は片付けだけなの」

 その瞬間、海斗の大きな瞳が更に開いて驚きに満ちた表情に変わる。

「辞める? あんなに一生懸命だったのに? 」
「え……!? 」

 今度は私が驚いて海斗を見る、口に手を当てて驚いたような表情をする海斗。

「今……なんて言った? 」
「いや……今のは……」
「もしかして海斗、覚えてるの? 」
「覚えてるって何を……」
「だって今、あんなに一生懸命だったのにって言ったよね」

 海斗は黙ったままだ。

「まさか……憶えてるのに隠してるとか、そんな事ないよね」

 今まで必死に隠してきた疑いの心が悲しいくらいに膨らんでくる。

「私、どうしたらいいの? 海斗とどんな気持ちで一緒にいたらいい? 」

 何も言わない海斗に、言葉がとめどなく溢れてくる。

「私達、再会したばっかりなのにこの間だって……たまにね、本当は憶えてるんじゃないかなって。もしかして私の反応見て楽しんでる? 」
「そんなこと……」
「やっぱり秘密を隠すため? 私に人間じゃないって知られて、私が憶えてるか気になってるの? 誰にも言わないよ、でも海斗は? あなたは一体誰なの? どうして私に近付くの? 」

 畳み掛けるように責め、海斗は無表情で固まっている。

「ごめん……でも……」

 なぜか落ちてくる涙を拭いながら謝っても、車内の雰囲気は、今さら遅いと言っている。

「帰るよ……今までごめん」

 ドアがバタンと閉まる。

 あっけない最後。

 海斗がいなくなって車が走り出しても、溢れ出る涙を止めることは出来なかった。






「ごめんなさい、帰りが遅くなって」

 地下室にいると思っていた父親と鉢合わせ、海斗は慌てて頭を下げる。

「もう大人だ、気にしてない」
「何か作りますか」
「いやいい、出掛ける」
「こんな時間にですか? 」
「しばらく帰らない。留守を頼む」
「えっ! 父さんどこに……」
「研究で郊外のラボに泊まり込む事になった。病院も閉めたが薬を取りに来る患者がいたら渡してやってくれ」
「父さん! 聞きたいことが」
「帰ったら聞く、急いでいるんだ」

 玄関でのやり取り、海斗の言葉を遮り父は出て行ってしまった。

「どうなってんだよ……」

 悲痛な声は、父には届きそうにない。
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