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第1話
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闘技場に詰め寄った観客達は今か今かと闘士の出てくるのを待っていた。
古い城塞を利用して建てられた闘技場は堅牢な石造りで、すり鉢状の観客席は空席など見当たらない。
日の翳り始めた夕暮れ時、剣闘士を模した石像の掲げる松明には魔法の明かりが灯り、忍び寄る夜の気配など微塵も感じさせなかった。
夏も近付き空気が少しずつ熱を帯びる中、仕事終わりの農夫や職人、女子供までが観客席にぎゅうぎゅう詰めになって湧き立っている。
鐘が鳴らされ、北と南、それぞれ正反対の位置にある地下通路に通じる扉がゆっくりと開く。
一人の闘士が姿を現した。
鮮血のような真紅の鎧は狼男が鎧を纏ったようで、抜き身の剣を持っている。兜の下には鋭い光が宿っていた。
「シナバー!」
人々は一際大きな声を上げて彼を歓迎した。
シナバーとは遙か東方の島の木から取れる、竜血と呼ばれる真っ赤な樹脂の色のことだ。
彼は真紅の鎧の色からそう名乗っていた。
やや遅れて反対側の扉が開き、紺色の鎧をまとった大男が姿を現した。
ヘラジカの角を模した大きな飾りが特徴的だった。
ヘラジカの角を平らにして刺叉に刃をつけたような、変わった形の戦斧を軽々と手に持っている。
「ブル・マリーノ!」
またしても人々は名前を叫んで歓迎する。
ブル・マリーノとは海の青という意味だ。
ここスヴェリアから南方の国より海を越えてやってきたことから、紺色の鎧を海の青に準えてそう名乗っていた。
観客が口々に彼らの名前を叫ぶ中、二人は中央にある円形のリングへと悠々と歩み寄る。
前座である生身の剣闘士達による戦いが終わり、いよいよ本日最大の催しが始まろうとしている。
先程までは戦いよりも娼婦の体を眺めることに熱心だった来賓席の男も、今はリングに目を向けていた。
これから始まるのは魔鎧を身に纏う二人による戦いだ。
古の領主が腕利きの錬金術師を呼び、国を超えて資材をかき集め、百領だけ作らせたという魔鎧。
魔鎧は持ち主の力を高め、鎧についた傷は立ち所に直り、怪我すら癒す力があるという。
魔鎧を身につけた部隊は無敵を誇ったが、その力が自分に向くことを恐れた晩年の領主は魔鎧を持つ者を集めて処刑した。
持ち主を失った魔鎧は散逸し、こうして世に出るものは極わずかだった。
ただでさえ希少な魔鎧を纏った者同士の戦いなど早々見られるものではない。
それを求めて観客たちは闘技場に押し寄せていた。
「戦場に出るほうが誉れじゃないのかねえ」
「戦場に行っても男に持て囃されるだけじゃない」
「そりゃそうだ。君のような美人にちやほやされないと死んでしまうんだ、男ってやつは」
来賓席の男女は囁きあう。
腰に手を回されながら男に言われ、その手を嗜めるように軽く叩いて娼婦は笑った。
「初めて見るんだ。赤いのと青いの、どっちが強い?」
「同じくらい。どっちかが勝っては負けての繰り返し。この前はシナバーのほうが勝ったわ」
「君はどっちに賭けた?」
「シナバーに」
「じゃあ俺は青いのに賭けよう。青いのが勝ったら、今晩も君と一緒にいたい」
「いいわ」
交渉が成立したことを喜ぶ抱擁を交わした瞬間、一際大きな鐘の音が響く。
その音を合図にリング上の二人は地を蹴った。
衝突するかのような勢いで最初の一撃を交える。
剣を使うシナバーより間合いの取れる戦斧を持つブル・マリーノのほうが優勢に思えた。
しかしどこにそのような力があるのか、シナバーはリングを砕くほどの戦斧の重い一撃を受け止め、その隙を刺すように剣で急所を狙う。
戦うというより舞踏のような軽やかさでシナバーはブル・マリーノを翻弄する。
剣を振るだけでなく足技を交えながら距離を詰めては、ブル・マリーノが戦斧で突き放すといったような攻防が続いていた。
焦らすような一進一退に、観客は各々の応援する闘士の名前を叫ぶ。
「シナバー!」
「ブル・マリーノ!」
上段から振りかぶったブル・マリーノの鎧ごと砕くような一撃を退いて避けたシナバーは、隙をついて頭部に蹴りを放つ。
その足が自分の頭に届く寸前、ブル・マリーノがその足を掴んだ。
シナバーが反応するより速く、そのまま足を持ってシナバーを地面に叩きつけた。
リングの岩が割れ、細かく砕けた石が隆起する。
背中から思い切り叩きつけられ、魔鎧の身でも相当な衝撃を受けたであろうシナバーはそれでも剣を手放さなかった。
ブル・マリーノの追撃とほぼ同時にシナバーは高く飛んでそれを避ける。そしてブル・マリーノの頭を飛び越えようというとき体を回転させて大きな角飾りに踵落としを叩き込んだ。
その一撃はブル・マリーノの頭を揺さぶり、首に大きな衝撃を走らせる。
様子を窺うように距離を置いたシナバーは今が好機と言わんばかりにブル・マリーノに突っ込んだ。
ほんのわずかな間動きを止めていたブル・マリーノは自分に向かってくる真紅を視界に捉え、戦斧を握る手に力を込める。
ブル・マリーノは迫り来る白刃を受け止めながらも、先程の一撃による損耗が残っているのか、その動きには精彩を欠いていた。
逆転を賭け、この一撃で終わらせると決意を込めたブル・マリーノの上段からの振り下ろしをシナバーはいなすと、大きく空いた首元に剣を突きつけた。
戦いの終わりを告げる鐘が鳴らされる。闘技場はシナバーを讃える声一色に染まった。
来賓席の男が娼婦のほうを見やると、彼女は誇らしげに笑っていた。
古い城塞を利用して建てられた闘技場は堅牢な石造りで、すり鉢状の観客席は空席など見当たらない。
日の翳り始めた夕暮れ時、剣闘士を模した石像の掲げる松明には魔法の明かりが灯り、忍び寄る夜の気配など微塵も感じさせなかった。
夏も近付き空気が少しずつ熱を帯びる中、仕事終わりの農夫や職人、女子供までが観客席にぎゅうぎゅう詰めになって湧き立っている。
鐘が鳴らされ、北と南、それぞれ正反対の位置にある地下通路に通じる扉がゆっくりと開く。
一人の闘士が姿を現した。
鮮血のような真紅の鎧は狼男が鎧を纏ったようで、抜き身の剣を持っている。兜の下には鋭い光が宿っていた。
「シナバー!」
人々は一際大きな声を上げて彼を歓迎した。
シナバーとは遙か東方の島の木から取れる、竜血と呼ばれる真っ赤な樹脂の色のことだ。
彼は真紅の鎧の色からそう名乗っていた。
やや遅れて反対側の扉が開き、紺色の鎧をまとった大男が姿を現した。
ヘラジカの角を模した大きな飾りが特徴的だった。
ヘラジカの角を平らにして刺叉に刃をつけたような、変わった形の戦斧を軽々と手に持っている。
「ブル・マリーノ!」
またしても人々は名前を叫んで歓迎する。
ブル・マリーノとは海の青という意味だ。
ここスヴェリアから南方の国より海を越えてやってきたことから、紺色の鎧を海の青に準えてそう名乗っていた。
観客が口々に彼らの名前を叫ぶ中、二人は中央にある円形のリングへと悠々と歩み寄る。
前座である生身の剣闘士達による戦いが終わり、いよいよ本日最大の催しが始まろうとしている。
先程までは戦いよりも娼婦の体を眺めることに熱心だった来賓席の男も、今はリングに目を向けていた。
これから始まるのは魔鎧を身に纏う二人による戦いだ。
古の領主が腕利きの錬金術師を呼び、国を超えて資材をかき集め、百領だけ作らせたという魔鎧。
魔鎧は持ち主の力を高め、鎧についた傷は立ち所に直り、怪我すら癒す力があるという。
魔鎧を身につけた部隊は無敵を誇ったが、その力が自分に向くことを恐れた晩年の領主は魔鎧を持つ者を集めて処刑した。
持ち主を失った魔鎧は散逸し、こうして世に出るものは極わずかだった。
ただでさえ希少な魔鎧を纏った者同士の戦いなど早々見られるものではない。
それを求めて観客たちは闘技場に押し寄せていた。
「戦場に出るほうが誉れじゃないのかねえ」
「戦場に行っても男に持て囃されるだけじゃない」
「そりゃそうだ。君のような美人にちやほやされないと死んでしまうんだ、男ってやつは」
来賓席の男女は囁きあう。
腰に手を回されながら男に言われ、その手を嗜めるように軽く叩いて娼婦は笑った。
「初めて見るんだ。赤いのと青いの、どっちが強い?」
「同じくらい。どっちかが勝っては負けての繰り返し。この前はシナバーのほうが勝ったわ」
「君はどっちに賭けた?」
「シナバーに」
「じゃあ俺は青いのに賭けよう。青いのが勝ったら、今晩も君と一緒にいたい」
「いいわ」
交渉が成立したことを喜ぶ抱擁を交わした瞬間、一際大きな鐘の音が響く。
その音を合図にリング上の二人は地を蹴った。
衝突するかのような勢いで最初の一撃を交える。
剣を使うシナバーより間合いの取れる戦斧を持つブル・マリーノのほうが優勢に思えた。
しかしどこにそのような力があるのか、シナバーはリングを砕くほどの戦斧の重い一撃を受け止め、その隙を刺すように剣で急所を狙う。
戦うというより舞踏のような軽やかさでシナバーはブル・マリーノを翻弄する。
剣を振るだけでなく足技を交えながら距離を詰めては、ブル・マリーノが戦斧で突き放すといったような攻防が続いていた。
焦らすような一進一退に、観客は各々の応援する闘士の名前を叫ぶ。
「シナバー!」
「ブル・マリーノ!」
上段から振りかぶったブル・マリーノの鎧ごと砕くような一撃を退いて避けたシナバーは、隙をついて頭部に蹴りを放つ。
その足が自分の頭に届く寸前、ブル・マリーノがその足を掴んだ。
シナバーが反応するより速く、そのまま足を持ってシナバーを地面に叩きつけた。
リングの岩が割れ、細かく砕けた石が隆起する。
背中から思い切り叩きつけられ、魔鎧の身でも相当な衝撃を受けたであろうシナバーはそれでも剣を手放さなかった。
ブル・マリーノの追撃とほぼ同時にシナバーは高く飛んでそれを避ける。そしてブル・マリーノの頭を飛び越えようというとき体を回転させて大きな角飾りに踵落としを叩き込んだ。
その一撃はブル・マリーノの頭を揺さぶり、首に大きな衝撃を走らせる。
様子を窺うように距離を置いたシナバーは今が好機と言わんばかりにブル・マリーノに突っ込んだ。
ほんのわずかな間動きを止めていたブル・マリーノは自分に向かってくる真紅を視界に捉え、戦斧を握る手に力を込める。
ブル・マリーノは迫り来る白刃を受け止めながらも、先程の一撃による損耗が残っているのか、その動きには精彩を欠いていた。
逆転を賭け、この一撃で終わらせると決意を込めたブル・マリーノの上段からの振り下ろしをシナバーはいなすと、大きく空いた首元に剣を突きつけた。
戦いの終わりを告げる鐘が鳴らされる。闘技場はシナバーを讃える声一色に染まった。
来賓席の男が娼婦のほうを見やると、彼女は誇らしげに笑っていた。
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