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第2話
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今日一番の催しが終わり、興奮冷めやらぬ観客達が思い思いに感想を言いながら闘技場を後にする。
その様子を見下ろすように、闘技場の隣には石造りの建物があった。
かつて城塞だった頃に居住区となっていた場所である。
城の主は今や闘技場のオーナーに変わり、そこに暮らす者も貴族や騎士から闘士へと移り変わっていたが、そこに集う人々の賑わいは変わらなかった。
観客達の声や、日が沈み切る前に仕事を終わらせようと関係者は忙しなく働き、それらに紛れるように行われるものがあった。
建物の中、とある部屋で音を立ててベッドが軋む。
小さな窓から差す夕明りと蝋燭のわずかな明かりに照らされながら、ベッドの上で二人の男が絡み合っている。
髭の男と大柄な男だった。
口と顎の髭と同じ色をした焦げ茶の髪を後ろに撫で付けており、後れ毛が汗で額に張りついていた。
自分を覆い隠すほど大柄な男の背に手を回し、正気に留まるように爪を立てる。
銀色の耳飾りが動きに合わせてちらちらと光っていた。
大柄の男は薄茶のやや長い髪を後ろで括っており、背の痛みなど意に介さず、髭の男の体を貪ることに夢中だった。
「ん、うぅっ……」
体に突き立てられた陰茎が腸壁を擦り上げ、奥深くに届く度に髭の男が身を反らして押し殺した喘ぎ声を上げる。
大柄の男はその様子を眺めて満足そうに青藍の目を細めた。
ふと、一瞬の間視線が交錯する。
髭の男は三白眼で、黄金色をした鋭い瞳には人を近寄らせない雰囲気があった。
それが今では涙に濡れ、快楽以外の色を映していない。
目を下に向けると、細身の男の刺青が目に入った。
左脇腹に入れられた大きな刺青は狼の頭部を文様にしたもので、呼吸に合わせて腹が動くと、まるで生きているかのように形を歪める。
「あぁっ! ぐ、う……っ」
一際奥を突いてやると堪えきれなかった喘ぎが漏れる。
しかし、己の声が耳に入ったのかそれを恥じるようにより強く声を押し殺し、喘ぎを隠すように大柄の男の唇を求めた。
先程まで闘技場で観客の注目を一身に浴び、シナバーと呼ばれていた面影などそこにはなかった。
「ディヒトさん……っ」
大柄の男は彼の名を呼び、首筋に噛み付くように口づけする。
それから唇に。
舌を絡め取り、髭の男の口から吐息が漏れる。
彼が首を振って逃げようとするのを両の手で押さえつけ、気の済むまで口内を犯し尽くす。
そうしてまた深く奥を突くと、髭の男は体を震わせて達した。
強く締め付けられ大柄の男も精を吐き出した。
朝になって目が覚め、大柄の男――クエルチアは枕元に置いたマスクを手に取ってつける。
ここには自分以外一人しかいないとはいえ、マスクがないと落ち着かない。
目元まで覆うマスクはクエルチアの大きな特徴となっていた。
クエルチアは横で寝ている彼を起こさぬようにそっと寝顔を見た。
彼はディヒトバイ・ウオルフ・ヴァン・デン・ボッシュといい、昨晩はリングの上でシナバーと呼ばれていた男だ。
クエルチアはブル・マリーノと呼ばれていた。
その穏やかな寝顔は夜半まで乱れていたのが嘘のようで、髭が生えているのにどこか幼さすら窺わせる顔がおかしくてクエルチアは目を細めた。
自分たちはこうして体を重ねているが、恋人というわけではない。
初めて戦ったときに勢いで体を重ねてからというもの、リングの上で戦った後には自分がディヒトバイの部屋を訪ねて情事に耽り、互いに欲を散らすのが暗黙の了解になっていた。
クエルチアが恐る恐る髪を撫でてみるも彼は深い眠りに落ちたままで、本当に昨晩闘技場を湧かせた勇姿を忘れたようだ。
魔鎧相手に立ち回り、その後に体力が尽きるまで互いを貪っているのでは、深い眠りも必要になろうが。
時折彼の負担になっていないかと不安に思うが、口にしたら最後、この繋がりさえ消えそうで口に出せないでいる。
何が起こるかわからないのが人生の常とは言うが、一年半前の自分に今の状況を聞かせて信じるだろうか。
彼と体を重ねることになっているなんて。
あの日、鮮烈に現れた赤狼と。
クエルチアは夢を見るような心地で彼との出会いを思い返した。
その様子を見下ろすように、闘技場の隣には石造りの建物があった。
かつて城塞だった頃に居住区となっていた場所である。
城の主は今や闘技場のオーナーに変わり、そこに暮らす者も貴族や騎士から闘士へと移り変わっていたが、そこに集う人々の賑わいは変わらなかった。
観客達の声や、日が沈み切る前に仕事を終わらせようと関係者は忙しなく働き、それらに紛れるように行われるものがあった。
建物の中、とある部屋で音を立ててベッドが軋む。
小さな窓から差す夕明りと蝋燭のわずかな明かりに照らされながら、ベッドの上で二人の男が絡み合っている。
髭の男と大柄な男だった。
口と顎の髭と同じ色をした焦げ茶の髪を後ろに撫で付けており、後れ毛が汗で額に張りついていた。
自分を覆い隠すほど大柄な男の背に手を回し、正気に留まるように爪を立てる。
銀色の耳飾りが動きに合わせてちらちらと光っていた。
大柄の男は薄茶のやや長い髪を後ろで括っており、背の痛みなど意に介さず、髭の男の体を貪ることに夢中だった。
「ん、うぅっ……」
体に突き立てられた陰茎が腸壁を擦り上げ、奥深くに届く度に髭の男が身を反らして押し殺した喘ぎ声を上げる。
大柄の男はその様子を眺めて満足そうに青藍の目を細めた。
ふと、一瞬の間視線が交錯する。
髭の男は三白眼で、黄金色をした鋭い瞳には人を近寄らせない雰囲気があった。
それが今では涙に濡れ、快楽以外の色を映していない。
目を下に向けると、細身の男の刺青が目に入った。
左脇腹に入れられた大きな刺青は狼の頭部を文様にしたもので、呼吸に合わせて腹が動くと、まるで生きているかのように形を歪める。
「あぁっ! ぐ、う……っ」
一際奥を突いてやると堪えきれなかった喘ぎが漏れる。
しかし、己の声が耳に入ったのかそれを恥じるようにより強く声を押し殺し、喘ぎを隠すように大柄の男の唇を求めた。
先程まで闘技場で観客の注目を一身に浴び、シナバーと呼ばれていた面影などそこにはなかった。
「ディヒトさん……っ」
大柄の男は彼の名を呼び、首筋に噛み付くように口づけする。
それから唇に。
舌を絡め取り、髭の男の口から吐息が漏れる。
彼が首を振って逃げようとするのを両の手で押さえつけ、気の済むまで口内を犯し尽くす。
そうしてまた深く奥を突くと、髭の男は体を震わせて達した。
強く締め付けられ大柄の男も精を吐き出した。
朝になって目が覚め、大柄の男――クエルチアは枕元に置いたマスクを手に取ってつける。
ここには自分以外一人しかいないとはいえ、マスクがないと落ち着かない。
目元まで覆うマスクはクエルチアの大きな特徴となっていた。
クエルチアは横で寝ている彼を起こさぬようにそっと寝顔を見た。
彼はディヒトバイ・ウオルフ・ヴァン・デン・ボッシュといい、昨晩はリングの上でシナバーと呼ばれていた男だ。
クエルチアはブル・マリーノと呼ばれていた。
その穏やかな寝顔は夜半まで乱れていたのが嘘のようで、髭が生えているのにどこか幼さすら窺わせる顔がおかしくてクエルチアは目を細めた。
自分たちはこうして体を重ねているが、恋人というわけではない。
初めて戦ったときに勢いで体を重ねてからというもの、リングの上で戦った後には自分がディヒトバイの部屋を訪ねて情事に耽り、互いに欲を散らすのが暗黙の了解になっていた。
クエルチアが恐る恐る髪を撫でてみるも彼は深い眠りに落ちたままで、本当に昨晩闘技場を湧かせた勇姿を忘れたようだ。
魔鎧相手に立ち回り、その後に体力が尽きるまで互いを貪っているのでは、深い眠りも必要になろうが。
時折彼の負担になっていないかと不安に思うが、口にしたら最後、この繋がりさえ消えそうで口に出せないでいる。
何が起こるかわからないのが人生の常とは言うが、一年半前の自分に今の状況を聞かせて信じるだろうか。
彼と体を重ねることになっているなんて。
あの日、鮮烈に現れた赤狼と。
クエルチアは夢を見るような心地で彼との出会いを思い返した。
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