憧れの剣士とセフレになったけど俺は本気で恋してます!

藤間背骨

文字の大きさ
3 / 32

第3話

しおりを挟む
 自分は、弱かった。

 大人の男より頭一つほど大きい自分より体の大きい人間はいなかったし、力でも敵う人間はいなかった。
 それに加えて魔鎧という人並み外れた力まで手に入れた。
 傭兵となってからも負け知らずで、自分の与した勢力はいつも勝利した。
 生身の人間なら戦斧を一振りすれば片付いたし、多少の魔法なら魔鎧が弾く。
 傭兵として死と隣り合わせの戦場に身を置きながら、自分一人だけ対岸の火事を眺めるような気持ちだった。

 そこに、あの赤狼が現れた。

 赤い狼の姿の魔鎧を持った、腕の立つ傭兵がいる。
 その噂は耳にしていたが目にするのは初めてだった。
 血と泥が混ざり合い、敵か味方かもわからない死体を踏みつけながら誰もが戦っていた。
 己を奮わせるために雄叫びを上げ、首を、腹を、腕を、足を切られては呆気なく死体となって地に転がり、また誰かの足蹴にされる。
 どこの戦場でも変わらない風景の中、自分に敵う者などいないのだから向かってきても無駄だと思いながら戦斧を振るっていた。

 その最中に訪れた一撃は雷のように。

 背後の死角、宙からの落下の勢いに乗せた刺突。
 今でもなぜあの一撃が避けられたのかわからない。
 あえて理由を挙げるならば、彼は暗殺者ではなく戦士であり、また肉食獣のような強者だった。
 そして自分は戦士ではなく、狼に怯える鹿のような弱者だった。
 強い剥き出しの殺意はあまりにも鋭く、鎧越しに届くほどだった。
 どこからともなく湧いた殺気に恐怖を覚えた自分は咄嗟に前に転がりでた。

 背後に何かが着地する。

 そのほうに振り向くと、そこには赤狼が立っていた。

 それは一瞬にも満たない対峙だったが、何よりも長い刹那だった。

 幾重にも装甲を重ねた流線型を持つ赤い鎧。
 その赤は戦場に溢れるどの血より鮮烈で、その鎧についた返り血すら色褪せて見えるほどだった。
 頭部の兜は狼を模した形をしていて、噂に聞く狼男が鎧を着たならばこのような姿になるのだと思った。
 黄金色の瞳は爛々と輝き、今にも飛びかかられてその大きな口に食べられてしまうのではないか。
 狼の口に並んだ牙は研いだばかりの剣が突き立つ地獄の入り口のようで、一度噛まれれば肉は千々に千切れ、骨まで砕かれる。頬肉が食われた穴から覗く歯、噛みちぎられてもげた鼻、頭蓋の中に残った犬歯に貫かれて濁った目玉が、こちらを見ている。

 剣そのもののような鋭い殺気に幻影を見る。それは後れを取ればこうなるのだという未来だった。

 逃げなければ、食われる。

 恐怖に駆られた体は踵を浮かせて後退る準備を始める。動き出した体に思考が追いつき、それでは駄目だと人の理性がひとりでに動く体を止める。

 一歩でも退けば心が死ぬ。そのような者を捕食者は逃さない。死ぬまで追いかけ回されるだけだ。

 生き残るためには、立ち向かわなければ。

「勘がいい」

 狼は言葉を発した。あれは狼ではない、人だ。二本の足で立ち、手に剣を持つ人間だ。

 雄叫びを上げ、己を奮い立たせて前に踏み出し、上段に構えた戦斧を振り下ろす。その攻撃を赤狼は容易く受け流した。

 戦斧と剣では間合いに違いがあるはずなのに、その差を越えて赤狼の剣は自分に届いた。鎧の隙間を正確無比に狙う剣をやっとのことで弾いても、次から次へと襲いかかってくる。水に溺れながら息継ぎをするように、恐怖に塗れた心が一瞬だけ正気を取り戻しては致命傷に繋がる一撃を耐え続けた。

 いつになればこの戦いから解放されるのか。

 心臓はどくどくと脈打ち今にも弾け飛びそうだし、激しい衝撃を伴う打ち合いで手は痺れ、何度も戦斧を取り落としそうになる。体は重く、沈んだ鉄のようだ。

 数えきれないほど打ち合ったはずなのに戦斧は一度も赤狼を捉えることはなく、子供の遊びに付き合う大人のように容易くかわされるだけだった。

 赤狼との出会いも雷のように突然ならば、別れもまた、雷のようにすぐに訪れた。

 瞬間、赤狼が何かに気を取られたように虚空を見つめたかと思いきや、後方に大きく飛び退いた。

 それが何だったのかを理解するより早く、角笛が辺りに響き渡る。突然距離を開けた赤狼を警戒しながら周囲を窺えば、本陣に黒い煙が立ち上っていた。

 本陣が奇襲された。そして赤狼、彼の与する勢力の意図を察する。魔鎧に魔鎧をぶつけて足止めし、別働隊が奇襲するまでの時間を稼いでいたのだ。

 本陣に戻るべきか迷う一瞬の隙に赤狼は姿を消していた。

 自分は、弱かった。

 事ここに至って理解した。自分は力があるだけで、強くなどなかったということを。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした

リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。  仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!  原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!  だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。 「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」  死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?  原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に! 見どころ ・転生 ・主従  ・推しである原作悪役に溺愛される ・前世の経験と知識を活かす ・政治的な駆け引きとバトル要素(少し) ・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程) ・黒猫もふもふ 番外編では。 ・もふもふ獣人化 ・切ない裏側 ・少年時代 などなど 最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。

ブラコンすぎて面倒な男を演じていた平凡兄、やめたら押し倒されました

あと
BL
「お兄ちゃん!人肌脱ぎます!」 完璧公爵跡取り息子許嫁攻め×ブラコン兄鈍感受け 可愛い弟と攻めの幸せのために、平凡なのに面倒な男を演じることにした受け。毎日の告白、束縛発言などを繰り広げ、上手くいきそうになったため、やめたら、なんと…? 攻め:ヴィクター・ローレンツ 受け:リアム・グレイソン 弟:リチャード・グレイソン  pixivにも投稿しています。 ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグも整理します。

批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】おじさんダンジョン配信者ですが、S級探索者の騎士を助けたら妙に懐かれてしまいました

大河
BL
世界を変えた「ダンジョン」出現から30年── かつて一線で活躍した元探索者・レイジ(42)は、今や東京の片隅で地味な初心者向け配信を続ける"おじさん配信者"。安物機材、スポンサーゼロ、視聴者数も控えめ。華やかな人気配信者とは対照的だが、その真摯な解説は密かに「信頼できる初心者向け動画」として評価されていた。 そんな平穏な日常が一変する。ダンジョン中層に災厄級モンスターが突如出現、人気配信パーティが全滅の危機に!迷わず単身で救助に向かうレイジ。絶体絶命のピンチを救ったのは、国家直属のS級騎士・ソウマだった。 冷静沈着、美形かつ最強。誰もが憧れる騎士の青年は、なぜかレイジを見た瞬間に顔を赤らめて……? 若き美貌の騎士×地味なおじさん配信者のバディが織りなす、年の差、立場の差、すべてを越えて始まる予想外の恋の物語。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

結婚初夜に相手が舌打ちして寝室出て行こうとした

BL
十数年間続いた王国と帝国の戦争の終結と和平の形として、元敵国の皇帝と結婚することになったカイル。 実家にはもう帰ってくるなと言われるし、結婚相手は心底嫌そうに舌打ちしてくるし、マジ最悪ってところから始まる話。 オメガバースでオメガの立場が低い世界 こんなあらすじとタイトルですが、主人公が可哀そうって感じは全然ないです 強くたくましくメンタルがオリハルコンな主人公です 主人公は耐える我慢する許す許容するということがあんまり出来ない人間です 倫理観もちょっと薄いです というか、他人の事を自分と同じ人間だと思ってない部分があります ※この主人公は受けです

処理中です...