7 / 32
第7話
しおりを挟む
今日も手伝う仕事がなかったので、二人は手合わせに出かけた。
勝っては負けてを繰り返し、今日もディヒトバイの仕草に心を乱されながら昼食を食べ、午後も同じように勝っては負けた。
陽が西に傾き始めた頃合いを見て切り上げ、木に繋いでいた馬に乗って帰路につく。
この馬とも随分長くなったと、クエルチアは馬の背を見ながら思う。
ティストと名付けられた彼は明るい鹿毛で、たてがみと尻尾、足の先が少し黒く、体が大きく足が太い。
早駆けは得意ではないが力がある。
初めて遠乗りに出た際ディヒトバイに、そんなでかい図体が乗るんだ、馬もでかくないと駄目だと選んでもらった。
半年間も乗っていると日常に欠かせないもののように思え、今度時間が空いたらブラシでもかけてやろうかとクエルチアは考えた。
先を行くディヒトバイの馬は黒黒とした青毛で、馬鹿げた想像だが、もし彼が狼だったなら、このような毛並みなのだろうか。
「おい」
「はい!」
自分の奇天烈な考えを見透かされたようで、誤魔化すように大きな声で返事をする。
先に行くディヒトバイは馬の足を止め、周囲の様子を窺うように辺りを見回す。
「何だ、この臭いは」
「臭い……?」
ディヒトバイの言葉にクエルチアが辺りの臭いを嗅ぐと、風に乗って微かに肉の腐ったような臭いがした。
「こっちですか?」
クエルチアが臭いのするほうを向くと、ディヒトバイも同意見だったようでそちらに馬を向ける。
異変を見逃さぬようにゆっくりと馬を進めていると何かに気付いたのか、先を行くディヒトバイが突然馬を走らせた。
その後をクエルチアも追う。
しばらくすると開けた場所に出る。
そこにはブーツを履いた足が転がっていた。
腐った足と言わず、ばらばらになって腐り始めた四肢があちこちに転がり、胴体と繋がっている首は一つとしてなかった。
牙で刻まれた亡骸には蛆が群がって蠢き、蝿が集ってうるさい羽音を響かせている。
強い腐敗臭は目を開けているのもつらいほどだった。
人間を殺すにしてはやりすぎだ。
魔物にでも襲われたのだろうか。
南のほうでは魔物が増えていると聞く。
北でも魔物が増え始めたのかもしれない。
荷馬車は横倒しになり、前側の車軸が折れて車輪が一つ外れ地に転がっている。
二人は馬を降り、期待はしないが生存者を探した。
その成果もむなしく、人の亡骸が見るも無惨な状態になっていることを確認しただけだった。
「何かありましたか」
地面を見てぼうと立つディヒトバイに声をかけると、クエルチアはその視線の先にあるものに気付いて言葉を無くした。
子供の亡骸だった。
頭はなく、小さな手に、ところどころ汚れてほつれたぶかぶかの服。
それしか読み取れるものはなく、男か女かさえわからないが、その小さな亡骸は確かに子供のものだった。
「ディヒトさん、行きましょう。皆死んでる」
彼はクエルチアが声をかけても動かず、思い詰めた顔で子供の亡骸を見つめている。
「ディヒトさん」
クエルチアが強めに言って肩に手をかけると、やっとディヒトバイは反応した。
「……悪い。行こう」
未練を断ち切るようにディヒトバイは言い、馬に向かって歩き出した。その背がいつもより頼りなく思えてクエルチアは不安になった。
「明日、手の空いてる人を連れてきて、埋めましょう。俺達にできることはそれだけです」
「……そう、だな」
この場から早くディヒトバイを連れて逃がしたくて、わざと冷たく言った。
このまま放っておくと、彼がいつまでも子供の亡骸を見ているのではないかと思ったからだ。
そこに立ち尽くして、食事も睡眠もとらずにそのまま死んでしまうような、そんな悪い想像をかき消すようにクエルチアは馬まで歩いた。
クエルチアを待たせてはいけないと思ったのかディヒトバイもすぐについてきた。
それに安堵して馬に乗る。
彼の目印となるように視界に入っていたくて、今日はクエルチアが先に進んだ。
街に帰ってからもディヒトバイはずっと無言で、馬小屋から足早に部屋に向かうのをクエルチアは見送った。
勝っては負けてを繰り返し、今日もディヒトバイの仕草に心を乱されながら昼食を食べ、午後も同じように勝っては負けた。
陽が西に傾き始めた頃合いを見て切り上げ、木に繋いでいた馬に乗って帰路につく。
この馬とも随分長くなったと、クエルチアは馬の背を見ながら思う。
ティストと名付けられた彼は明るい鹿毛で、たてがみと尻尾、足の先が少し黒く、体が大きく足が太い。
早駆けは得意ではないが力がある。
初めて遠乗りに出た際ディヒトバイに、そんなでかい図体が乗るんだ、馬もでかくないと駄目だと選んでもらった。
半年間も乗っていると日常に欠かせないもののように思え、今度時間が空いたらブラシでもかけてやろうかとクエルチアは考えた。
先を行くディヒトバイの馬は黒黒とした青毛で、馬鹿げた想像だが、もし彼が狼だったなら、このような毛並みなのだろうか。
「おい」
「はい!」
自分の奇天烈な考えを見透かされたようで、誤魔化すように大きな声で返事をする。
先に行くディヒトバイは馬の足を止め、周囲の様子を窺うように辺りを見回す。
「何だ、この臭いは」
「臭い……?」
ディヒトバイの言葉にクエルチアが辺りの臭いを嗅ぐと、風に乗って微かに肉の腐ったような臭いがした。
「こっちですか?」
クエルチアが臭いのするほうを向くと、ディヒトバイも同意見だったようでそちらに馬を向ける。
異変を見逃さぬようにゆっくりと馬を進めていると何かに気付いたのか、先を行くディヒトバイが突然馬を走らせた。
その後をクエルチアも追う。
しばらくすると開けた場所に出る。
そこにはブーツを履いた足が転がっていた。
腐った足と言わず、ばらばらになって腐り始めた四肢があちこちに転がり、胴体と繋がっている首は一つとしてなかった。
牙で刻まれた亡骸には蛆が群がって蠢き、蝿が集ってうるさい羽音を響かせている。
強い腐敗臭は目を開けているのもつらいほどだった。
人間を殺すにしてはやりすぎだ。
魔物にでも襲われたのだろうか。
南のほうでは魔物が増えていると聞く。
北でも魔物が増え始めたのかもしれない。
荷馬車は横倒しになり、前側の車軸が折れて車輪が一つ外れ地に転がっている。
二人は馬を降り、期待はしないが生存者を探した。
その成果もむなしく、人の亡骸が見るも無惨な状態になっていることを確認しただけだった。
「何かありましたか」
地面を見てぼうと立つディヒトバイに声をかけると、クエルチアはその視線の先にあるものに気付いて言葉を無くした。
子供の亡骸だった。
頭はなく、小さな手に、ところどころ汚れてほつれたぶかぶかの服。
それしか読み取れるものはなく、男か女かさえわからないが、その小さな亡骸は確かに子供のものだった。
「ディヒトさん、行きましょう。皆死んでる」
彼はクエルチアが声をかけても動かず、思い詰めた顔で子供の亡骸を見つめている。
「ディヒトさん」
クエルチアが強めに言って肩に手をかけると、やっとディヒトバイは反応した。
「……悪い。行こう」
未練を断ち切るようにディヒトバイは言い、馬に向かって歩き出した。その背がいつもより頼りなく思えてクエルチアは不安になった。
「明日、手の空いてる人を連れてきて、埋めましょう。俺達にできることはそれだけです」
「……そう、だな」
この場から早くディヒトバイを連れて逃がしたくて、わざと冷たく言った。
このまま放っておくと、彼がいつまでも子供の亡骸を見ているのではないかと思ったからだ。
そこに立ち尽くして、食事も睡眠もとらずにそのまま死んでしまうような、そんな悪い想像をかき消すようにクエルチアは馬まで歩いた。
クエルチアを待たせてはいけないと思ったのかディヒトバイもすぐについてきた。
それに安堵して馬に乗る。
彼の目印となるように視界に入っていたくて、今日はクエルチアが先に進んだ。
街に帰ってからもディヒトバイはずっと無言で、馬小屋から足早に部屋に向かうのをクエルチアは見送った。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
88
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる