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第23話
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川の水の流れる音が聞こえ、音のするほうに向かうと確かに大きめの川があった。
霧の中でも無事目的地に着いたという安心に立ち止まり、息を整える。
「大丈夫か? もう下ろしてもらっても構わねえが……」
アカートの言葉を聞いて、クエルチアはアカートを担いでいることを思い出した。
「念のために川を渡りましょう。濡れないように気をつけてください」
「お、おう」
アカートを担ぎ直して慎重に川に踏み込む。
流れが遅くても油断ならない。
川は思ったより深く、一番深いところでは腰ほどもあった。
時間はかかったが無事に渡り終え、改めて息をつく。
アカートを地面に下ろすと随分と体が軽くなった。
「大丈夫ですか」
「ああ、お陰様で」
辺りの様子を窺うが黄昏時に加えて霧で遠くは見えず、物音も川の水の音にかき消されていた。
「また野宿をする場所を探さねえとな。次は念のため火も焚かねえほうがいいだろう」
言ってアカートは川沿いを歩き出す。その背を見つめながら、クエルチアは元来た道を振り返った。
「ディヒトさんは大丈夫でしょうか」
「あいつなら上手くやるさ。川があるって知ってたってことは、ここの地理にも明るいみてえだしな。さ、歩いた歩いた。人の心配する前に自分の足下を固めにゃあ」
アカートの言葉に、クエルチアは背中を押されたように歩き出した。
剣から滴る血を払い、魔鎧を解く。
丸太を粗雑に組み上げた小屋の中に、血に染まっていない場所などなかった。
手間かけさせやがって。
言おうとして開きかけた口も面倒で開ききらなかった。
襲ってきた賊を斬り伏せ、わざと少数を見逃して帰し、後をつけて根城を襲った。
アカートの言っていた通り、縄張りを追いやられた賊の残党だろう。
霧に紛れて三人連れを襲う。
実入りは少ないが新天地で自信をつけるために失敗のない計画をした。
だが誤算があった。
三人のうち二人が魔鎧を持っていた。
ただ襲われるだけだった人間が牙を剥き、抗えぬまま賊は死んだ。
二人には川の上流に向かうように言った。
何もなければ明日には合流できるだろう。
小屋を出る。
日暮れにはまだ時間があるはずだが、暗く沈んだ雲のおかげで夜に等しい暗さだった。
来た道を辿って火を焚いた場所まで戻る。
荷物は置いたときのままだった。
三人の分をまとめて背負うとまた歩き出す。
途中に倒れたばかりの木があった。
その下ならば寝るのに丁度いいだろう。
死体と同じ屋根の下に眠るつもりにはならない。
少し歩き始めてから、ぽつり、ぽつりと滴が額を打った。
苦々しく舌打ちをする。
小屋の外で全てを仕留めるべきだった。
そうすれば今夜は何の心配もなく眠れたはずだ。
――――。
細く伸びる、狼の遠吠えが聞こえたような気がして足を止める。
呼んでいるのか、遠ざけているのか。
自分を落ち着けるように深く息を吸って吐き、再び足を進めた。
霧の中でも無事目的地に着いたという安心に立ち止まり、息を整える。
「大丈夫か? もう下ろしてもらっても構わねえが……」
アカートの言葉を聞いて、クエルチアはアカートを担いでいることを思い出した。
「念のために川を渡りましょう。濡れないように気をつけてください」
「お、おう」
アカートを担ぎ直して慎重に川に踏み込む。
流れが遅くても油断ならない。
川は思ったより深く、一番深いところでは腰ほどもあった。
時間はかかったが無事に渡り終え、改めて息をつく。
アカートを地面に下ろすと随分と体が軽くなった。
「大丈夫ですか」
「ああ、お陰様で」
辺りの様子を窺うが黄昏時に加えて霧で遠くは見えず、物音も川の水の音にかき消されていた。
「また野宿をする場所を探さねえとな。次は念のため火も焚かねえほうがいいだろう」
言ってアカートは川沿いを歩き出す。その背を見つめながら、クエルチアは元来た道を振り返った。
「ディヒトさんは大丈夫でしょうか」
「あいつなら上手くやるさ。川があるって知ってたってことは、ここの地理にも明るいみてえだしな。さ、歩いた歩いた。人の心配する前に自分の足下を固めにゃあ」
アカートの言葉に、クエルチアは背中を押されたように歩き出した。
剣から滴る血を払い、魔鎧を解く。
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手間かけさせやがって。
言おうとして開きかけた口も面倒で開ききらなかった。
襲ってきた賊を斬り伏せ、わざと少数を見逃して帰し、後をつけて根城を襲った。
アカートの言っていた通り、縄張りを追いやられた賊の残党だろう。
霧に紛れて三人連れを襲う。
実入りは少ないが新天地で自信をつけるために失敗のない計画をした。
だが誤算があった。
三人のうち二人が魔鎧を持っていた。
ただ襲われるだけだった人間が牙を剥き、抗えぬまま賊は死んだ。
二人には川の上流に向かうように言った。
何もなければ明日には合流できるだろう。
小屋を出る。
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その下ならば寝るのに丁度いいだろう。
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少し歩き始めてから、ぽつり、ぽつりと滴が額を打った。
苦々しく舌打ちをする。
小屋の外で全てを仕留めるべきだった。
そうすれば今夜は何の心配もなく眠れたはずだ。
――――。
細く伸びる、狼の遠吠えが聞こえたような気がして足を止める。
呼んでいるのか、遠ざけているのか。
自分を落ち着けるように深く息を吸って吐き、再び足を進めた。
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