【完結】盲目の騎士〜第五章〜

九時せんり

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盲目の騎士〜第五章〜

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「荒井君、荒井君だよね!!」
大学の廊下で木内は荒井を捕まえた。
「俺、木内って言います。ドイツについて教えてください!」
事の始まりはあの日だ。高真が日本のギャラリーアオヤナギを畳んでドイツでリニューアルオープンすると宣言した日、木内は実質、職を失った。
高真と青柳は東京大学輩出率トップの高校を卒業していてドイツ語の勉強は難なくこなせる。南は語学は出来ないが仕事は出来る。問題は木内だった。
「俺、将来ドイツで働くんです。でも海外とか行ったこと無くて、何ひとつ分からないんです。」
「就労ビザの取り方が分からないとかそう言う話しかな?」
荒井は日に焼けた肌をしているワイルドな佇まいの男だった。
「ビザって良く聞きますけどなんですか?」
「うーん、そこからかぁ…。」
荒井は頭を悩ませた。
「日本の企業で就活したけど全滅なんです…。あとはもうドイツでギャラリーアオヤナギに就職するしか無いんです…。」
「ああ、うちの大学からギャラリーアオヤナギでアルバイトしてる子がいるって噂になってた木内君?」
「そうです!その木内です!」
木内は涙目になりながら話した。
「荒井君は大学で有名なバックパッカーだからドイツに行ったこともあるかもって友だちから聞いて。」
「ドイツかぁ…最近は行ってないなぁ。良い国だよね。芸術大国で。」
「ギャラリーアオヤナギに採用されてから浮かれて大学の勉強はギリギリだったんです。」
「それはつまりドイツの芸術家とかも分からないってこと?」
「そうです。そうなんです。」
木内がそこまで話すと後ろにりえちゃんとまりちゃんがいた。
「木内君大丈夫?」
「木内君、どうしたの?」
ふたりが話した。
「へー蓮原さんの友達なの?」
「え、りえちゃんとは友達ですよ。」
「今度一緒にご飯とか…。」
木内は察した。荒井は男だ。
「分かりました。全面的に協力します。」
「まぁギブアンドテイクだよね。」
ふたりは固く握手した。

その日のうちに荒井と連絡先を交換した木内は超長文でラインを送った。
荒井はライン通話で返事をくれた。
「働く前にとにかく行ってみようか?百聞は一見にしかずっていうでしょ?」
そうして木内は荒井とドイツ旅行に行くことを決めた。
そうしてその日、木内はギャラリーアオヤナギに電話した。
「Ja.  Galerie Aoyanagi ,Takama.」
久しぶりに聞く上品な高真の声に木内の緊張は緩んだ。
「高真さん…。」
「その声は木内君か?久しぶりだね。元気だったかい?」
「日本の企業で就活したら全滅で、でもドイツに移住する勇気が出なくて…。」
「ははは。それはそうだろうね。」
「高真さんはやっぱり頭が良いからそんな事が簡単に出来るんですね…。」
そう言って木内は黙った。
「怖くないと言えば嘘になるかな。聖人とふたりで画家を目指した時は怖かったよ。毎日目が覚めることが当たり前とは限らない。帰る場所があるとも限らない。とにかく描くしかない。新聞配達とかもして資金繰りしたよ。」
「高真さんが新聞配達ですか?!」
「意外だったかな?慣れると結構面白いものだったよ。」
「それで、友達に相談したんですけど、まずはドイツ旅行して感覚を掴んだら良いって。」
「それは良いことだね。聖人にも伝えておくよ。詳しい日程が出たら教えてね。」
高真がそう言って電話を終えた。

「木内君から電話?まだうちで働きたいと思ってくれてたんだ。」
アトリエでは南と青柳が雑談していた。
「それが日本で就活全滅したって。」
3人は爆笑した。
「絶対、高真の呪いだよ~。」
「怖い、怖い。」
青柳と南は囃し立てた。
「まぁ、これで足りないピースが埋まるかな。」
高真は笑った。
「高真は面接の時から木内君は良いね~って言ってたもんね。」
「ソファの話とか本当にうちが好きじゃないと知らない話だったからね。」
「語学は美智香も苦しんだからなぁ。」
青柳は杖をカンカンと鳴らした。
「木内君ならやってやれないことはないと思いますけどね。」
南は話した。
「じゃあ休憩はそろそろ終わりだよ~。」
高真は事務所に入った。

木内は荒井に騙されている。そんな気がした。
「飛行機代で16万はかかるからね。ケルン大聖堂とかおすすめだけど行きたい場所ある?」
ドイツ…改めてその敷居の高さを感じた木内だった。
行くしか無い。それは強く思った。
ギャラリーアオヤナギで働いた時、自分が受かる訳がない、そうずっと思っていた。
それでも選ばれた以上は全力で頑張りたい。それが自分の成長にも繋がる。それに何より楽しかった。それが答えだ。
預貯金はあった。アルバイト代は全く手を付けてない。
「ドイツは広いから移動するのに結構お金がかかるよ。」
「住むとしたらいくらかかるんですか…?」
「それは青柳先生達に聞いてよ。」
荒井はプライドが高いのかちょっとした事でむっとした表情を浮かべる。
木内はそれをなだめながら話を進めた。
「ローテンブルクに行きたいんです。その街にギャラリーアオヤナギがあるんです。」
「へーベルリンじゃないんだ?」
「と言いますと?」
「ドイツのギャラリーは一般的にはベルリンとかミュンヘンに集中してるんだよ。」
へー、木内は思った。
「食べたい物とか無いの?向こうで暮らすなら食文化も触れておいた方が良いと思うけど。」
まず、何があるか分かりません、その一言を木内は飲み込んだ。
「ドイツビールとか飲もうか?美味しいよ。それともアプフェルヴァインがいいかな?」
「それってなんですか?」
「りんご酒だよ。ドイツに行くって言った割には本当に何も知らないんだねぇ…。」
荒井は深くため息をついた。
それはどうもすみません、その言葉も木内は飲み込んだ。
「まぁ、まずはパスポート取らないとね。」
「パスポートってどこで取れるんですかぁ…。」
木内は泣いた。

「木内君って誰でしたっけ?」
美智香は青柳にそう聞いた。
ドイツ支局での赴任期間を満了した美智香は本来なら日本に帰るところを会社に相談してドイツの常勤へとなった。
青柳がドイツに来て毎日はバラ色だ。
「南君と働いてた木内君だよ。」
「あのパーカーばっかり着てた子ですか?」
「うーん、どういう服装で来てたか俺はわからないんだけどね。」
青柳は食事をしながらそう語った。
「大学生からドイツに来るって結構勇気がいると思うんですよね。」
「日本は安全だからね~。」
「でもドイツっていい国ですよ。まぁ日本のほうが好きですけど。」
そう言うと美智香は青柳のストロー付きのコップにお茶を注いだ。
「それより青柳先生…。」
青柳は嫌な予感がして、食事の手を止めた。
するすると後ろから美智香が抱きついてくる。
「私、やっぱりあの夜が忘れられなくて…。」
「しょ、食事中だよ、美智香さん!」
「今日は高真さんが奥様とディナーだから、頑張ってねって言われたんです。」
頑張れの意味が違う…青柳はそう思った。
「避妊はしますから…。お願いです。」
耳元で美智香は囁いた。
「みっ、美智香さんはいつからそんな事が出来るようになったの?!」
青柳は焦った。
「やっぱりだめですか?」
「ゔぅ…。」
いつか青柳は折れるだろう、美智香はそう思ってにやりとした。

翌日、青柳と美智香は岩崎夫妻とコンサートに行く約束をしていた。ベルリン・フィルハーモニーだ。
ベルリン・フィルハーモニーはベルリンフィルハーモニー管弦楽団が本拠地とするホールだ。舞台を客席が囲むように作られていて音響が素晴らしい。ドレスコードに従って青柳はスーツを着て美智香はワンピースを着て、岩崎夫妻と待ち合わせをした。
「こんばんは。お久しぶりですね。」
乃々佳が微笑みながら近寄ってきた。岩崎もその後ろで微笑んでいた。
以前、美智香はお医者様同士でお付き合いはされないのですか?と乃々佳に尋ねたが、乃々佳は苦々しい顔をしてまぁそれなりですね、と答えた。
コンサートは20時から始まった。
目が見えない青柳にとって音楽はインスピレーションが浮かぶ大切な代物だ。
ドイツに来てからは定期的にコンサートに足を運んでいる。
ドイツの美しい街並みを青柳は見たことがない。それが美智香には残念でならなかった。もし、彼の目が見えるようになるなら何を失っても良い。そう願い続けた。
いつものように演奏が終わると青柳は余韻に浸った。
「今日の演奏は優しい音色だったね。」
帰りのタクシーで青柳は話した。
「そうですね。素敵な演奏でしたね。」
美智香はそう言って青柳の手を握った。
「高真はフルートが吹けるんだよ。」
「へーそうなんですね。」
「今度機会があれば演奏してもらえば良い。」
青柳は美智香の手を握り返した。
このままこの時間が永遠に続いて欲しい、美智香はそんなことを思った。
タクシーに揺られながら美智香は青柳の姿を見つめた。青柳はうつらうつらとしている。
次の個展は今までの会場より大きなところになる。最近の青柳はアトリエに籠もって帰ってくるのは週に2、3回だった。
青柳の身体が心配だ。それでも彼から絵を奪うわけにはいかない。
ギャラリーアオヤナギが今後も続いていくためには青柳が絵を描くしか無い。
それでももっと一緒にいたい。美智香がそんなことを考えているうちに家へと着いた。
「青柳先生、着きましたよ。」
「美智香さん、居なくならないで~。」
「何寝ぼけてるんです!」
美智香は嬉しかった。

日本では木内がパスポートをゲットしていた。ビザは要らないよ~と荒井に言われパスポートだけを取った。妹と朝会うと、
「悠介君ドイツ行くってりえちゃんとまりちゃんがラインくれた。お土産よろしく。」
と言ってきた。木内の妹は母親の連れ子だ。木内の産みの母親は木内が13歳の頃に亡くなっている。妹とはお互いに波風をたてることもなく兄妹として収まった。それでも妹が木内をお兄ちゃんと呼ぶことは無かった。
荒井は旅費を稼いでくると言って一週間ほど姿を見せなかった。なんのアルバイトをしているのか分からなかったが一週間で60万ほど稼げると言っていた。闇がある。木内はそう思った。大学ではりえちゃんとまりちゃんが話しかけてきた。
「木内君、ドイツで就職するの?」
「確か語学はフランス語取ってたよね?」
ふたりは仲良し、木内はそんなことを思った。
「まだ確定ではないけどギャラリーアオヤナギはドイツにあるから…。」
そう言って木内は口籠った。
「でも日本にもギャラリーはあるでしょう?」
りえちゃんは続けた。
「広岡美術とか麻原アートとか。」
「うん。全部お祈りメールが来たよ。」
木内は涙目になった。
「りえちゃんは大学卒業したらどうするの?」
木内は聞いた。
「私は長内芸術の内定貰ったから…。」
業界大手の長内芸術…さすが首席のりえちゃん…木内は恐れおののいた…。
「まりちゃんは内定貰った?」
「うん。長内芸術。」
ふたりが眩しい。木内はそう思った。よくよく考えると自分が芸大に入ったのはなんでだったんだろう。好きな画家もいない、好きな作品もない、そんな自分が芸大受験をした。絵は好きだ。安城先生を思い出す。
あなたの絵は素直で好きよ。後にも先にも絵を褒められたのはあのときだけだ。それでも自分に出来ることは何かあるんじゃないか、そう思って芸大を受験した。周りには将来活躍するであろう天才がゴロゴロしていた。
りえちゃんはフェルメールのような光の使い方が美しい作品を描く。まりちゃんは個性的なポップアートな作品を描く。ふたりとも学内、学外問わず作品の評価は高い。木内はふたりとは住む世界が違う、ずっとそう思ってきた。
「木内君がドイツに行ったら寂しくなるなぁ…。」
りえちゃんは呟いた。まりちゃんもしんみりしている。
「ギャラリーアオヤナギには内定貰ってるから。」
木内はちょっとカッコつけて話した。
「世界のギャラリーアオヤナギだからね。」
話を盛った。しかし、りえちゃんとまりちゃんは、
「そうだね。世界のギャラリーアオヤナギだもんね。」
そう言って寂しそうにしていた。

2週間後、木内は荒井と成田空港発、フランクフルト国際空港行きの飛行機に乗った。
木内は飛行機に乗ること自体初めてだ。耳がおかしい。そう思った。
機内での荒井は音楽を聴いていた。
芸術を嗜む以上、美しい音楽は必要だ、そう力説していた。ドイツまでは13時間弱かかる。
木内は飛行機の中で地図を開いた。ローテンブルクにチェックを入れてある。
フランクフルトと最初聞いた時、ソーセージがなんの関係があるんだろう、そう思った。
荒井は飛行機に乗ってしばらくして寝てしまった。ギリギリまでバイト代を稼いできたと言っていた。
途中、ウェルカムドリンクを貰った。白ワインだ。窓の外の景色が美しい。
ああ、ギャラリーアオヤナギでアルバイトしてよかった。そう木内は思った。
自分は安全なところから出ずに、世界に羽ばたく、りえちゃんやまりちゃんのような人を見ているだけの人間だと思っていた。
その自分が今、ドイツ行きの飛行機に乗っている。奇跡のような時間だと思った。
機内食の時間になって荒井は目を覚ました。パスタか米を選べた。
「米にしとくといいよ。しばらく食べられないから。」
荒井がそう言ってふたりで米を選んだ。荒井はペロリと平らげたが木内には少し多かった。
荒井は彫刻専攻の学生だった。木内は詳しいことは分からなかったが、木や石を彫るんだな、ということはわかった。ワイルドな荒井に合った専攻だ、そう思った。
木内と荒井は出会って1か月も経たなかったが、その間色んな話をした。木内は荒井と話しながらこんなにもエネルギーに満ちた人がいるんだなと思うと同時に自分の薄っぺらさを知った。
作品づくりをする以上、色んな経験を積んだほうがいい、荒井は話した。
13時間弱のフライトを経て木内はドイツに降り立った。記念に荒井に写真を撮ってもらった。もっと有名な場所で撮れば良いのに、そう言われた。それでも木内は嬉しかった。

「南君ちょっとー。」
高真が南を呼んだ。ギャラリーアオヤナギではいつも通り皆が仕事をしていた。次の個展に向けて、バタバタとしている。この頃には南が青柳の絵の具の調合も担当していた。
高真は会場の設営や搬入搬出など一連の手配を一手に引き受けていた。
「この作品の額が届いて無いんだけど。」
「今すぐ確認します。」
「まぁこの絵だったら額がなくてもいけるんだけどねぇ…。」
そう言いながら高真は作品を見つめた。
「美人画ですか…。」
「欲求不満なんだろうねぇ…。」
高真と南はニヤニヤした。裸婦ではないがF30号のキャンバスに美智香の姿があった。
それは大人の女性を匂わせる挑発的な絵だった。
「山本さんが毎晩迫ってくるらしいよ。」
「羨ましい限りですね…。」
ふたりは笑った。青柳はアトリエで寝袋を使って仮眠を取っていた。
「美智香さん…だめだよぅ。」
青柳は寝ぼけながらそう呟いた。

「まずはここだね。」
そう言って荒井は木内の案内をした。ドイツに着いて一番最初にシュテーデル美術館に訪れた。ボッティチェリやモネ、ドガ、フェルメールの作品が並ぶ巨大な美術館だ。
「全部じっくり見てる時間はないよ。見たい作品だけ見る、そういうスタンスじゃないと周りきれないからね。」
「へー壁の色が違うんだね。」
「そうだね。作品に合わせて色を変えてるらしいよ。」
そう言って荒井はサクサクと進んでいく。芸術家、そう呼ばれて生きていける人はどれだけいるのだろう。そしてどれだけの人が筆を折るのだろう、木内はそう思った。どれほど美しい作品を描いても歴史に名を残せない人は大勢いる。1つ1つの絵画すべてが美しい。それでも美術館に来てる人達は有名な作品の周りにだけ集まっている。
きっと自分の作品も壁に飾られているだけの絵なのだろう。そう思った。
すべての作品を見る時間はなく、荒井と相談して3時間で切り上げることにした。
「ここはこの程度で良いけどケルン大聖堂はどれだけでも居座りたくなるよ。」
そう言って荒井は笑った。
宿に関しては高真が面倒を見てくれると言ったのでそこを拠点として5日間滞在することにした。
フランクフルトから列車で2時間30分かけてふたりはローテンブルクへとたどり着いた。詳しい住所は分からなかったので高真が迎えに来ることになっていた。
久しぶりに見る高真の姿に木内は涙腺が緩んだ。
「元気そうだね、木内君。ここまで来るのは大変だったでしょう?」
「高真さん…。」
木内は高真に抱きついた。
「本当に高真さんなんですね。」
「ははは。それはそうだよ。彼は?」
高真が荒井の方を見た。
「大山崎芸術大学3年の荒井大輔って言います。ギャラリーアオヤナギの高真さんですか?お会いできて光栄です。」
「随分、変わった組み合わせだね。荒井君でいいかな?荒井君は油絵専攻なのかな?」
「自分は彫刻を専攻しています。」
「随分難しい分野だね。」
「旭ヶ丘出版の記事読みました。アルバイト掛け持ちして青柳先生を陰で支えた話とか感動しました。」
「ははは。それはどうもありがとう。ところで木内君。次の個展が迫っていてまだ家には帰れないんだ。バイト代は出すから手伝ってくれるかい?荒井君もいいかな?」
「分かりました!大丈夫です!」
「お役に立てれば…。」
そうして3人はギャラリーアオヤナギへと向かった。

次の日の朝、木内は寝ぼけてここはどこだろう、そう思った。コーヒーの良い匂いがする。部屋から出ると高真の奥さんがいた。
「おはようございます。木内君。」
木内は高真の奥さんに会うのは日本での個展以来だ。夫婦揃って上品な雰囲気を醸し出している。
「高真さんは…?」
「今日は会場でのチェックがあるから早く出たのよ。」
そう言って高真の奥さんは微笑んだ。
「これがカイザーゼンメル、こっちがフォルコルンブロート、ブレッツェルは分かるかしら?」
食卓にはパンとソーセージ、マッシュポテト、スープが並んだ。
「今日も観光に行くって聞いたのでしっかり食べてね。お友達は一足先に散歩に行ったわよ。30分程で帰ってくるって言ってたわ。」
高真の奥さんはそう言って木内のコーヒーを注いだ。
「あの高真さんの奥さん…。」
「何かしら?」
木内は前から聞いてみたかったことを聞いた。
「ドイツに来て後悔しませんでしたか?」
高真の奥さんは笑った。
「私は日本酒が好きなのよ。だから毎日後悔したわ。それでも代わりにドイツビールにハマってね、今度日本に住むって言われたらまた後悔しちゃうわ~。」
「へーそうなんですね。」
「それでも最初は怖かったわよ。日本ほど治安は良くないですからね。」
高真の奥さんはコーヒーに口をつけた。
「でも生まれ変わっても私は彼を選ぶわ。だからついていかないといけないの。」
そこまで話すと玄関のドアが開く音がした。荒井が戻ってきた。
「荒井君も帰ってきたことだし行ってらっしゃい。楽しんできてね。」
高真の奥さんは微笑んだ。

この日はヴュルツブルクへと向かった。
歴史や地理的なことは良く分からなかったが、古くから交易の要衝として栄えた街だというのは分かった。
ここではレジデンツを中心に周ることにした。
「レジデンツって何ですか?」
「世界遺産だよ。」
荒井の怒りメーターが若干上がったのを木内は感じ取った。ここで仲違いしたら日本に帰れない…木内は戦々恐々としていた。
「木内君さ、俺がなんで怒るか分かる?」
荒井は木内の内心などお見通しだ。
「君は芸術に対する敬意が足りない。先人の偉業とともにそれを維持管理してきた人、愛してくれる人、様々な人がいて今の俺たちが作品に触れることが出来るんだ。それを手軽に扱い過ぎなんだよ。君の場合それが顕著だ。」
すいません、木内は思った。
レジデンツでは荒井が白の間で漆喰彫刻を食い入るように見ていた。彫刻家アントニオ・ボッシの作品だと言っていた。
木内は隣の階段の間で、ジョヴァンニ・バッティスタ・ティエポロ作の世界最大のフレスコ画の下で足を止めた。
フレスコ画は授業で聞いた覚えがある。
聞いた…聞いたけど…何だっけ?木内は悩んだ。それでもそれは荘厳華麗なものだった。見ているうちに木内は自分が泣いている事に気づいた。
どれくらいの時間をかけてこれらの作品は完成されたのだろう。自分には到底及びもつかない世界がそこに広がっていた。
午前中いっぱいレジデンツに滞在して、近所で昼ごはんを食べることにした。
お昼はグリルソーセージにポテトとザウワークラフトを添えた物を食べることにした。
「夜はワインも飲むかい?ここはフランケンワインの一大生産地なんだよ。」
荒井君って成績も良いんだろうなぁ、木内はそう思った。
午後からは聖キリアン大聖堂とノイミュンスターを見ることにした。
彫刻家を志す人間としてリーメンシュナイダーは外せない、荒井は力説した。
「なんで彫刻家を志したの?」
木内は聞いた。
「親戚が彫刻欄間を作ってるんだ。」
荒井はそう言った。
「今でこそ需要は減ってるけど昔は日本家屋といえば欄間がそこら中にあったんだよ。そこから彫刻に興味を持ったんだ。」
やっぱり芸術家なんだな、木内は思った。
1日ヴュルツブルクを周って、この街は彫刻が素晴らしい街なんだな、木内は思った。
荒井は高真の家に帰る前にフランケンワインを飲んだ。
「ドイツのワインは基本的に甘口が多いんだ。その中でもフランケンワインは辛口で男性的なワインと言われているんだよ。」
辛口…頼まなくてよかった。木内はそう思いながら帰りの電車に揺られた。

高真の家に帰ると青柳がいた。何やら高真と揉めている。
「だからあの絵は気分転換に描いただけだって!」
「もう会場に運び入れたんだ。どうせなら沢山の人に見てもらえばいい。」
そう言って高真は笑った。
「木内君、荒井君お帰りなさい。」
高真の奥さんが出迎えてくれた。
「聖人は聖人君子ぶるけど、ああいう絵も描くんだって思ってもらった方がきっと親近感が湧くよ。」
「美智香が会場に来るんだよ。頼むよ高真。今からでも外してくれ。」
ふたりは平行線だ。
「お夕飯は食べてきたのかしら?簡単なもので良ければうちでも食べてちょうだい。」
高真の奥さんは高真と青柳の様子を特に気に留めることもなくキッチンに立った。
木内はそろそろと高真の奥さんに近づいた。
「何で揉めてるんですか?」
「ああふたりのこと?確か美智香さんの絵を勝手に青柳先生が描いて勝手に武彦が展示品に混ぜたのよ。」
うちは勝手な人間ばかりだからね~と以前、青柳は言っていた。
木内は荒井とふたりで高真の奥さんの手料理を食べた。夜はロールキャベツだ。
「ドイツと言ったらこれよね。」
高真の奥さんは様々なドイツビールを食卓に並べた。
「明日に響かない程度にね。」
そう言って青柳と高真の仲裁に入った。

3日目はアウクスブルクに行った。
市庁舎にある黄金の間を見た。市庁舎がこんな美しいなら住んでいる人たちの美意識は相当なものだろう。木内は思った。
「この黄金の間は第二次世界大戦後に再建されたものなんだ。」
荒井は語った。
再建…大変だっただろうな…木内はその程度のことしか分からなかった。
「沢山の職人が集められたんだろうね。」
そう言って荒井は静かに辺りを見渡した。
つぎは聖ウルリヒ・アフラ教会を訪れた。今まで豪華な建物が多かった中、アフラ教会は簡素だ。建物の中には絵画が一列に並んでいる。
「この教会はカトリックとプロテスタントの両方の信仰を認めた場所なんだ。ここは質素な作りだけど奥の聖ウルリヒ教会は大きくて装飾も素晴らしいよ。」
荒井がそう言ってふたりは見学を続けた。

「この街は15世紀に豪商フッガー家の力で大きく繁栄を遂げたんだ。世界最古の福祉住宅フッゲライがあるんだよ。」
昼食を取りながら荒井は語った。昼はシュヴァーベン料理の店に訪れた。
バウアータンツ・グリルパンを頼んだ。荒井のおすすめだ。
見るもの聞くものすべてが新鮮だ。木内はあと2日で帰るのが寂しくなった。
「お土産ってどこで買えばいいんですかね?」
「蓮原さん達?」
「いや、妹です。」
荒井が一瞬殺気を放った。
「りえちゃんならみんなと仲良しなのに、どうして蓮原さんなんて呼ぶんです?」
木内は聞いた。
「それは専攻も違うし、能力も違うし…。蓮原さんの描く世界は東洋の魔法だって他の専攻では言われているんだ。それに何より、彼女は美しい。」
確かにりえちゃんとまりちゃんは美しい…。普段は友達として接しているがよくよく考えるとお付き合いすると言う可能性もあったんだなぁと木内は思った。
「七原と付き合ってるって聞いたんだけど…。」
「りえちゃんに限ってそれはないです。保証します。」
七原は日本画を専攻している薄幸の美少年だ。身体が弱くて色が白い。大学では七原を狙っている女子生徒が大勢いる。
まぁたしかにね、りえちゃんと七原君はお似合いだよね、うんうん、木内はそう思った。
「蓮原さんは永遠に美しい人だと思うんだ。」
そう言うと荒井は炭酸水を飲み干した。

この日は、大聖堂に寄って帰ることにした。世界最古のステンドグラスがある。ハンス・ホルバインの祭壇画を見ておくといいよと荒井には言われた。
荒井は祈るようにステンドグラスを見つめていた。美しいもの、それはなんだろう。木内は思った。無から有を生み出す。芸術とは何だろう。魂が揺さぶられるような激しい作品、凪いだ海のような安らかな作品、造り手によって描き出す世界は様々だ。
東京のギャラリーアオヤナギで働いていた頃、南は良く作品を描く時には神が降りる、そう言っていた。
芸術作品というのは時として人を動かす。それは神への祈りに近い。南は芸術に敬意をはらってそう言った。
木内はこの3日間で教会ばかり周ったが神への畏敬の念は起きなかった。

4日目の朝、高真は見るからに高そうなスーツを身に着けていた。
「今日から個展なんだ。明日でお別れだから時間は明日なんとかするよ。今日も楽しいといいね。」
そう言ってでかけていった。
この日はフュッセンでお土産を見ることにした。芸術オタクの妹に何を買えば良いか悩んだ。店内をぐるっと一周してもう一度戻ると、くるみ割り人形があった。
「くるみ割り人形ってドイツなんだぁ。」
木内はそう呟いた。
学校での勉強は、無駄なことばかりだと思っていたが今、点と点が繋がった。
りえちゃんとまりちゃんにはハンカチを買った。荒井には秘密だ。
「思ったより時間があるから聖マンク修道院にでも行くかい?」
「何があるんですか?」
荒井はだいぶ木内に対する耐性がついたのかこの時はため息をつくこともなく、
「骸骨の壁画があるんだよ。」
そう言って笑った。

聖マンク修道院の見学を終えて木内と荒井は、昼ごはんを食べに店を探した。幸い、シュヴァーベン料理の店の席が空いていた。
荒井は、シュヴァイネブラーテンをふたり分、頼んだ。
「明日帰るのにケルン大聖堂は良いの?」
木内はそう尋ねた。
「だからだよ。最後に一番美しい景色を目に焼き付けるんだよ。」
そうしてふたりは食事をとって高真の家へと戻った。

高真の家では南が書類をまとめていた。
「お帰りなさい、木内君、と荒井君。」
ああ、面接の時の南さんだ…木内はそう思った。
「今日は早かったね。高真さんの奥さんならお使いに行ってるよ。」
南は書類の順番を揃えていく。
「高真さんって家でも仕事してるんですか?」
「ご察しのとおり。」
南は笑った。
「うちの青柳先生を世界一の画家にするって言った第一人者だからね。」
「実際、青柳先生の油彩画は売れてるんですか?」
「ドイツでは伸び悩んでいるかな。やはり芸術に対する意識が日本人とドイツ人では違うからね。」
「やっぱりそうなんですね。」
「それでもまた1つ大きな会場へと移ったからね。悪くはないよ。」
荒井は手洗いを済ませ、買ってきたお土産をトランクに移した。
「シュネーバルを買いに行こう。まだ食べてないだろう?」
荒井はそう言った。
「南さんもいりますか?」
「僕は、シュネーバルは苦手なんだよね~。」
普段、そんなに優しくなかったのに…木内は思った。
シュネーバルはローテンブルクの名物お菓子だ。チョコレートやストロベリー、ミルククリームなどの種類がある小麦の揚げ菓子だ。
木内は悩んでチョコレート味とミルククリーム味の2つを買った。
荒井は、その店のオリジナルを買った。
食感はサクッとしていた。ああ、美味しいな木内は思った。来る前は怖かったドイツが今ではふるさとのようだ。荒井には改めて心の底から感謝した。

ドイツ旅行の最終日、個展は南が会場に立つことになった。青柳も会場だ。ふたりからお土産だと言われ木内はクマのマグカップを貰った。割れないようにそっと鞄にしまい込んだ。
「ケルン大聖堂かぁ、久しぶりだなぁ。」
そういいながら朝早くに高真は車を出した。
「荒井君は日本で就職するの?」
高真は聞いた。
「一応3社から内定は貰っています。」
「へー優秀だね。」
「ただ、どこもしっくり来ないんです。」
そう言って荒井は外を見た。
「木内君がドイツで就職すると聞いた時、正直羨ましいと思ったんです。でも僕は海外で重宝されるほどの技術はまだ身についてないんです。」
「木内君はうちで働いた事があるから雇うだけだよ。」
そう言って高真と荒井は笑った。
「僕は院生になろうかと思うんです。もっと自分の可能性を信じたいんです。」
「そうかい?それも良いことだね。木内君はどう?うちでいいかい?」
「もちろんです!」
木内は力強くそう答えた。
「ドイツに来るまで絵画というのはただのインテリアの一部みたいに思ってました。でも違うんですね。絵というのは祈りなんですね。」
「南君みたいなこと言うね。」
高真は笑った。
「青柳先生の目が見えてたらドイツで苦労したでしょうね。」
「何故だい?」
「きっとフレスコ画の依頼が殺到したと思います。」
木内は笑った。
「そうだね。そうあって欲しいよね。」
高真は声のトーンを落とした。
「いつか聖人はこの世界を見るんだ。きっとその日は来るんだよ。」
高真は真剣そのものだった。

昼前にケルンへと3人は到着した。ふたりをケルン大聖堂の近くへと車から降ろすと高真は車を停めに行った。
「これがケルン大聖堂…。」
木内は息を呑んだ。
「ここはドイツ最大規模の大聖堂だよ。」
高真が合流して大聖堂の中へと入った。厳かな雰囲気とステンドグラス越しの光が美しい。荒井の言うことがわかった。
「ミサの時間は見学出来ないから、写真を撮るなら今のうちだよ。」
高真はそう言った。写真でおさめる、それすらもはばかられるような美しさに木内は飲み込まれた。同じ人間が作ったものとは思えなかった。いや、僕たちは同じ人間のふりをしているだけで全く別の人間だ。
これは芸術家のつくった世界そのものなのだ。木内はそう思った。
「ゆっくりとはいかないけど、良く見ておくといいよ。卒業制作の参考になるよ。」
高真は微笑んだ。

帰りの飛行機の時間が迫って高真は車を飛ばした。
「だから、最終日で良いって言っただろう?」
荒井は言った。
3人は、飲み込まれるように吸い込まれるようにケルン大聖堂の中にいた。外に出ると美しい街並みが霞んで見えた。
「楽しかったかい、ドイツ旅行は?」
高真はそう聞いた。
「もちろんです!」
木内はニコニコしながらそう答えた。
「朝ごはんと夕ごはん美味しかったです。奥様にも宜しくお伝え下さい。」
荒井は高真に頭を下げた。

日本に帰り大学へ行くとりえちゃんとまりちゃんが話しかけてきた。
「木内君。やっぱりドイツに行くんだね。」
木内はふたりにハンカチを渡して、
「世界のギャラリーアオヤナギだからね!」
と、前に言ったときより力強く言った。
「ところでりえちゃん、お願いがあるんだけど…。」
木内は悩んだ。
「木内君の頼みなら何でもきくよ。遠慮しないで。」
ゔぅ…申し訳ない、木内はそう思った。
「荒井君と4人でご飯ってだめかな?」
「木内君がいるなら良いよ。」
その後、4人でご飯に行ったが荒井はりえちゃんと目を合わすことすら出来なかった。
僕はドイツで就職するんだ。木内は力強くそう思った。
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