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Kiko

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(1/8) 将来の夢.

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 自分の中にある1番古い記憶ってなんだろう?真っ先に浮かんだのは幼稚園の先生との会話だ。

 「卒園式で1人ずつ将来の夢を発表しまーす。今から先生のところに来て将来の夢をおしえてくださーい。」

 名前を呼ばれた子から順番に、閉じたオルガンを机にしてメモを取る先生に向かって、将来の夢を伝えた。みんながサッカー選手や野球選手、お花屋さんといった具合に一言で先生に協力する中、僕は正直だけど素直じゃない変わった子供だった。名前を呼ばれて、恐る恐る先生に近づいた。

 「まだきまってないです。」

 この時どんな顔をしていたかは覚えてないけれど、先生に理由を尋ねられ、「なんにでもなれそうだから。」そう答えるのはなんだか恥ずかしくて引っ込めた。

 結局、卒園式では「消防士になりたいです。」と言った。警察官やパイロットは埋まっていたから、先生が全体のバランスを考慮して決めてくれた。
 今考えると、深く考え過ぎる癖というか、納得していない答えは出したくないという自我は、この頃からあったのかもしれない。

 「なんでみんな将来の夢が決まってるんだろう?まだ5才のくせに。」

 周りの子たちが順応している中、自分だけが違和感を覚える現象は、学生時代の間ずっと付き纏った。

 小学生の時に描いた絵は全て賞に選出された。「校内賞」という学校で表彰されるだけのものもあれば、「市入賞」に選ばれ、市の美術館に展示されることもしばしあった。
 だけど、僕に絵の才能があったわけではなかった。みんなが限られた「図工」の時間だけを使って絵を仕上げる中、僕だけは毎日、先生に怒られるまで居残りして絵の具を走らせた。
 校舎の窓がオレンジからムラサキに変わっても、水分を含んで丸まろうとする画用紙が納得できる色に染まることはなかった。

 そんな風に取り組むものだから、担任の先生は僕の作品を毎回何かしらの賞に選んでくれていたんだと思う。もしくは、圧倒的なタッチ数と複雑な絵の具の重なり合いが奥行きと世界観を作り、他の作品よりも少しだけ特別に見えていたのかもしれない。
 だけど、僕は他の生徒よりも時間を掛けただけであって、自分は絵が下手なんだと気付いていた。だから、祖母が僕の絵を額縁に入れて喜んでいる姿を見るとき以外は、自分だけズルしてるみたいであまり嬉しくなかった。

 中学生になってから絵を褒められたことは1度しかなかった。理由は明確で、部活や他の教科の勉強があるため、とてもじゃないけど「美術」のために居残りなんてできなかったからだ。納得のいっていない下手くそな作品は全部家に持ち帰って破棄した。
 1枚だけ、卒業間際に描いた自画像は美術の先生が気に入ってくれて美術室に保存された。みんなが公立の受験を控える中、行きたい高校がたまたま私立だったため、日程の関係により早めに受験が終わった。することもなかったので、ひたすら時間を掛けたその水彩画は、鏡に映った自分そのものだった。

 文化祭や運動会、合唱コンクールが嫌いだった。伝統とか行事、校則に対して従う理由を教えてほしいといつも思っていた。とはいいつつも、目立ちたくないという自制心が働き、順応するふりをしていた。
 中学生の頃からあまり寝ない生活を送るようになった。寝て起きて朝が来て学校が始まるのがしんどかった。少しでも1人の時間を作りたかった。眠らずに毎晩テレビを点けながらゲームをしていた。地上波が何も映らなくなってからも音楽専門チャンネルに切り替えておもしろくない時間がおもしろくなるようにと願っていた。

 こうやって過去を棚卸ししてみて思い出したけど、幼稚園のときからお昼寝の時間が退屈だった。大きく括って、何かを強制されることに対して常に抵抗があった。
 強制参加の行事や体育服の着方、完成していなくても飾られる作品、眠くないのに「寝なさい」って言われること、将来の夢…。

 それでも僕は母親やきょうだい、祖父母、友達って呼んでいいかは不明だけど面白いクラスメイト、好きって言ってくれる子、1人で過ごせる静かな夜のおかげで幸せだったと思う。
 もしもこの先も、社会が決めた慣習への違和感が拭えなかったとしても、水彩画のように夢中になれるキャンバスを見つけて、それを誰にも邪魔されずに納得がいくまで情熱で塗りたくることができれば、充実した立派な大人になれる気がした。

 それは中学卒業後の春休みに突然漂った予感で、この文章は、なんの取り柄もない普通の人間がなりたいものを見つけて叶えるまでの物語である。
 今になって考えてみると、妙にうららかなその年の春が何かの兆しであることを疑うべきだった。

 それなのに当時の僕は、あまりに無防備だった。
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