魔法使いの少年と学園の女神様

龍 翠玉

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43.女神様の風邪とおかゆ

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 いつもと変わらない週末の朝。冬場なので空気は冷たく乾燥している。加湿器は一応動いているのだが……。そして、隣で眠る俺の女神様。そこまではいいのだが、穂香の様子がいつもと違う。

「はぁ……はぁ……」

 息が荒く、額には汗が浮いて顔が紅潮しているように見える。俺はそっと穂香の額に手を置いてみた。熱い。測るまでもなく、熱があるのがわかった。

「お、おい、穂香?大丈夫か?」
「あ……ユウ君……ごめん……ちょっと起きられないかも……ゴホッゴホッ」
「ああ、いいから寝てろ。すごい熱がある。ちょっと待っててくれよ」

 そう言って、俺は体温計を取りに行って穂香に測ってもらった。体温計が示したのは39度。

「かなり高いな。とりあえず、今日は寝てるんだ」
「うん……ゴメンね……」
「いいから、ゆっくり休むんだ」
「うん……」

 穂香を寝かせて……風邪薬なんてあったかなと思いながら、俺がとった行動は一つ。魔法だ。
 以前、自分に何度か試したことはあるが、風邪は治らなかった。傷や骨折などの怪我は治るが、風邪などの病気は治らないというのが俺の見解だ。
 だが、本当はどうなのだろう?どこまでが怪我でどこからが病気なのか……その境目はよくわからない。例えば、胃潰瘍などは病気ではなく、胃の怪我と言う風に考えれば治せたりするのだろうか?
 周りに都合よく胃潰瘍の人などいないので試すことなどはできないが。
 ああ、そうだ。これなら少しは効果があるかもしれない。

「穂香、身体で痛むところとかはないか?」
「ん……喉……」

 この状態で回復させて、どこまで効果があるかやってみるか。

――癒しを――

 痛みがあるのは喉と言っていたが、一応全身に回復魔法をかける。穂香の身体を一瞬淡い光が包み込んで消えた。
 俺が魔法を使ったことに驚いたのか、穂香が「なんで?」と言いたそうな目で見つめてくる。まぁ、病気には効かないって言ってあったのに使ったからだろう。

「どうだ?」
「あ、ん~ん~、喉が痛くなくなった……あと、全身がだるかったのも少し解消された感じ……どうして?病気には効かないって言ってたのに……」

 答える前に、穂香の額に手を乗せる――熱い。やはり熱は下がらなかったか……。

「ああ、以前に病気には効かないって言ってあっただろ?」
「うん」
「あれは半分正解みたいだな。もっと色々試してみないとわからないが、今の時点では、風邪などのウイルス性のものには効いてないのは確実だ。ただ、それに伴う喉の痛み――喉の炎症を治すことはできた……多分、喉の炎症を喉の怪我という風にとらえたからかもしれない」
「そうなんだ……でも、これってすごい事だよね。そのうち、病気も治せたりするようになるのかな?」
「それは、まだわからないな。ただ、色々試してみる価値はありそうだ。検証のために病気になるのは嫌だけどな」

 多分、何でもって訳にはいかないだろうが、今回みたいに症状を和らげたりできるのは大きいな。何ができて何ができないのかは、今後、しっかり検証していくか。方法は未定だが。

「うん、そうだね……私、熱は下がってないのね」
「ああ、熱を下げる薬なんて常備してないよな?」
「うん、ないと思う」
「わかった。ちょっと薬局行ってくるから、寝てるんだ。熱が下がるまでは安静にな」
「は~い……」

 そして、ダッシュで薬局へ行って帰ってきたのだが、穂香がベッドから降りたところで座り込んでいた。

「ただいま……おい、どうした?大丈夫か?」
「あ、おかえりなさい。ううん、ちょっとトイレに行こうとしたんだけど、思ったより身体が動かなくて……」
「ふぅ、そうか……それならいいんだが、これから行くところか?」
「うん、ユウ君、できれば連れて行ってほしい」
「ああ、任せろ」

 そう言って、穂香の身体を抱え上げる。相変わらず軽いな。
 トイレを待っている間に、薬の準備をしておこう。汗かいてたら寝る前に拭いた方がいいよな。
 
 さて、薬は飲ませたし、あとは寝て熱が下がれば大丈夫だろう。

「穂香、結構汗かいてるだろ?寝る前に身体拭いておくか?」
「うん、そうね……お願いしていい?」

 そう言うと同時にベッドに座ったまま服を脱ぎ始めた。
 あれ?俺が拭くのか?まあ……そうか、そうだよな。
 穂香は俺に背中を向けたまま、上半身全部脱いだ。
 きめ細かい肌に弾かれるようにして、玉のような汗が浮いているのがわかる。こんな時でも綺麗だと思ってしまうのは不謹慎かもしれないが、事実なのだから仕方がない。俺はなるべく意識しないようにして、汗を拭きとっていった。

「後ろは終わったぞ」
「うん、前は自分で拭けるんだけど……せっかくだからユウ君にお願いしようかな……」
「いいけど……いいのか?」
「ぷっ……いいのかって、いつも見てるじゃない。でも、恥ずかしいからあまり見ちゃダメ」
「じゃあ、なんで下着も外したんだ?」
「え?だって、汗かいて気持ち悪いし……それに、こことかここって結構汗かくのよ?」

 そんな感じで穂香が指し示したのは谷間やら下側。たしかに汗が浮いているのがわかる。なるほどなぁと思いながらも、余計なことは考えずに汗を拭きとっていった。
 慣れというものは恐ろしいものだと思う。付き合う前とかだったら、こんな事が平常心でできる自信はない。
 その後、穂香にゆっくり眠るように言って寝かせた。

 そして、ここで一つ問題が発生した。食事である。俺の分は作り置きしてあるおかずがあるので問題ないが……穂香の体調を考えると、もっと消化のいいものが良いだろう。そうなると、やはり定番のおかゆか……だが、作り方がわからん。
 そうだ、菜摘に聞いてみよう。ただ、今日は普通に浩介とデートだろうから、メッセージで教えてもらうか。

『緊急事態だ。今、大丈夫か?ちょっと教えてほしいことがあるんだが……』
『どうしましたか?今、真っ最中なんですが……』

 しばらくたってから返事がきたが……真っ最中って……アレか?

『そんな時にすまん……実は、穂香が風邪で寝込んでしまってな……おかゆの作り方を教えてほしいんだが……』
『それは大変です!私は、今は浩介さんの上に乗ってるだけなのでそちらを優先しましょう。作り方はいいのですが、作れるんですか?ちなみにご飯は炊いてしまいましたか?』
『いや、まだ何もしていない。そんなに難しくなければ大丈夫だと思う』
『わかりました。生米からの作り方を教えますのでやってみてください。心配しなくてもそんなに難しくありませんから。失敗した分は、全部優希さんが食べればいいですしね』
 
 しばらくして、レシピが送られてきた。思ってたよりもずっと簡単だ。
 
 やればできるもんだ……菜摘から教えられた通りに手順を何度も確認しながら、人生初のおかゆが完成した。味見もしてみたが問題ない。菜摘にお礼を言っておかなくてはな。

『ありがとう、菜摘。お前のおかげで完成した』
『え?おめでとうございます……何回か失敗してくれると思ってたんですが、なかなかやりますね』
『おいこら、俺も成長しているからな。少しはできるようになってるんだ』
『穂香さんの指導の賜物ですね。あ、いくら穂香さんが魅力的でも、今日は病人ですから襲ったらダメですよ?』
『いやいや、襲わないから。それより、浩介ほっといていいのか?』
『浩介さんは、私の下でヘロヘロになってますからいいです』

 マジか……あいつらどんな事してるんだ?すげぇな。

『おおぅ、そうか……』
『はい、音声通話にして、ヘロヘロな浩介さんの声聞きますか?』
『いや、それはいい』

 さすがに親友のそんな声を聞きたいというような趣味は持ち合わせていない。丁重にお断りしておこう。

『そうですか……では、私は浩介さんが復活したらイチャイチャしてきますが、優希さんはほどほどに』
『え?今までイチャイチャしてたんじゃないのか?』
『違いますよ?今までしてたのは、人生ゲームで負けた浩介さんに対する罰ゲームみたいなものです。あ、でも……一部ご褒美も混ざってますね』
『そ、そうか……浩介によろしく言っといてくれ』

 う~ん、何があったのか、めちゃ気になるじゃないか……機会があれば浩介に聞いてみるか。

 さて、穂香はまだ寝てるかな……と。
 部屋に入ると、その音で目を覚ましたのだろうか、ゆっくり顔をこちらに向けてきた。

「あ、起こしたか?すまん……調子はどうだ?」
「ううん、大丈夫。寝る前よりいいと思う」
「そうか、食欲はあるか?」
「ん~少しなら食べられると思うけど……」

 穂香の表情は作り置きしてある料理はあるけど、今の食欲ではちょっと……といった感じか。

「じゃあ、ちょっと待っててくれ。起き上がれるなら上半身起こしててくれるか?」

 そう言っておかゆを取りに行って戻ってくると、穂香が驚きの表情を見せた。

「え?これ……おかゆ……どうしたの?出前?」

 おかゆの出前なんてあるのか?あったらあったで便利かもしれないが……。

「俺が作った……作り方は知らないから、菜摘に聞いたけどな。味見もしてあるから大丈夫だぞ」
「え……すごい……」
「ほら、良かったら食べさせてあげようか?自分で食べるか?」
「え?じゃあ、食べさせてほしい……」

 おかゆを一口分より少な目にスプーンにすくうと、少し冷ましてから穂香の口に持っていった。

「大丈夫か?熱くないか?」
「うん、美味しい……もっと食べたい」

 ゆっくりと、少しずつ食べ進めて、一人前強ほどあったのを全部食べ終えた。なるほど、自分が作った料理を全部食べてもらえるって、こういう感じなのか……確かに他では得難い満足感みたいなものがあるな。

「ごちそうさま……ふふっ……美味しくて全部食べちゃった。ありがとう、ユウ君」
「いや、礼なら菜摘にも言ってやってくれ。俺一人じゃ何もできなかったからな……」

 その時、笑顔の穂香の瞳から涙が零れ落ちた。

「穂香?なんで泣いてるんだ?」
「え?ホントだ……泣くつもりなんてなかったんだけど……嬉しくて……」

 俺は穂香の横に座って、そっと抱き寄せる。今、おかゆを食べたせいもあるのだろうか、それとも、まだ熱が下がりきっていないのか、穂香の身体は普段より暖かい感じがした。

「ユウ君が私のために一生懸命頑張ってくれたのが嬉しくて……今日のことは絶対忘れないと思う。初めてユウ君が私に料理を作ってくれた日……えへへ、ありがとう。でも、迷惑かけてゴメンね……」
「迷惑なんかじゃないぞ。むしろ俺の方が普段から迷惑かけまくりだからな」

 それは間違いないないだろう。普段から穂香の負担が大きすぎると思う。

「ううん、そんなことないから。あ、風邪引いてるから、今日はこれで我慢してね」

 そう言って俺の頬に口付けをした穂香は、照れて布団の中に潜ってしまった。

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