2 / 50
第二話
しおりを挟むいくつもの長机が長方形状に並べられている会議室には、編集長を含め八人のシュシュの編集部員が集まっていた。上座に編集長が座り、囲むように並んでいる。
爽次郎は机にはつかず、瀬戸原の後ろに椅子を持って来て座った。何も聞き逃さまいと前のめりでメモを握りしめている。
「それでは企画会議を始めます。全員の企画書とネームはあらかじめ見させてもらいました」
編集長は夢かわいいと言うのだろうか。
パステルカラーの水色のブラウスに、これまたパステルカラーのピンクのスカートを着ている。ほんわかした話し方をする人だ。
「この企画会議は二か月後にスタートする新連載を決めるための会議よ」
瀬戸原が振り返って、小声で教えてくれる。
シュシュで始まる新連載と聞いて、爽次郎はつい胸をときめかせる。新しく連載が始まると雑誌の表紙に書いているだけでワクワクするものだ。
「それでは会議を始めます。新連載を皆さんから出された四つの企画の中から決めます。まずは水野さん」
紙の束を持って、編集長は瀬戸原とは反対側の席にいる女性を見つめる。髪を一つに束ねたフレームのない眼鏡をした少し地味な印象の女性だ。
「はい」
「これでは、読者さんは満足してくれないわ。しっとりしたお話なのでしょうけれど、山場が無さ過ぎるもの。一話からクライマックスって感じでいってもいいのよ? まだこの作家さんは、連載経験なかったわよね。もっと引き出してあげて」
「……はい」
編集長のゆったりとした口調には似合わず、内容はダメ出しだ。水野はうつむいてしまった。
どんな企画書だったのだろうか。後で見せてもらうことは、出来るのだろうか。
爽次郎はそう思うが、今はとても口には出来ない。
「それで、残る三つの企画から選びたいのだけれど、みんなの意見聞かせてくれるかしら」
前方の方にいた山中が一番に手を上げる。
「そうですね。夏ハダが終わった後に始まる連載です。わたしが担当する岡さんの連載はファン層が同じだと思いますし、新しい作品を待っているファンの声もあります」
山中の言ったことが一瞬頭で処理できなかった。
夏ハダとはシュシュで連載している『夏の恋は裸足で』の略だ。『夏の恋は裸足で』はいま夢咲真子が連載中で、それが――
「夏ハダが終わるって本当ですか!?」
爽次郎は会議中だというのに、一人で立ち上がる。会議室中の全員の視線がいっせいに集まり、しまったと思ったがもう遅い。
「座りなさい」
瀬戸原が鋭い目線を爽次郎に向けた。
「はい……」
爽次郎は大人しく座る。けれど、気になってしょうがない。『夏の恋は裸足で』は、夢咲真子が連載している青春恋愛漫画だ。
沖縄の小さな島が舞台で、そこにやってきた少女と地元の少年の交流を描いている。もうすぐ二周年を迎えるはずだ。
――それが最終回を迎える。
二か月後に新連載が始まるということは、一か月前が夏ハダの最終回だ。今月号はあと二日で出るから、あと二回しか掲載されないことになる。
「それでは、新連載はこれで決まりね」
夏ハダの連載が終わることばかりが頭の中をグルグル回っていて、肝心の会議の内容は耳をすり抜けて頭に入ってこなかった。
「あの! 瀬戸原さん!」
爽次郎は会議室を出るとすぐに瀬戸原を呼び止めた。瀬戸原が足を止めて振り返る。
「夏ハダが終わるって本当ですか?」
瀬戸原はふぅと一つ息を吐く。
「ついて着なさい」
連れてこられたのは瀬戸原のデスクだ。
瀬戸原はデスクに置かれていた雑誌を爽次郎に渡してくる。明後日に発売される雑誌シュシュだ。いつものように表紙ではヒロインが可愛く微笑んでいる。
「その真ん中ぐらいに夏ハダが載っているから、その最後のあおりを見てみなさい」
爽次郎は両手で受け取りパラパラとめくっていく。読みたいのを我慢して、最後のページを開いた。
「……本当だ」
左側の端に『次回最終回、二人の恋の行方は――』と簡潔に書かれている。
「面白かったのに、残念だな……」
せっかくシュシュの編集部に入ったのに、何もすることなく終わってしまう。これから一番とはいかなくても、読者よりも早く読めるはずだった。
「尾形くんは夏ハダ好きだったんだ?」
隣のデスクに戻ってきた山中に声をかけられる。
「はい。夢咲先生のファンなんです。僕が少女漫画を好きになったきっかけが、夢咲先生の春風はリボンのようにでして」
『春風はリボンのように』は夢咲真子のデビュー作で、一番のヒット作だ。と言っても、夢咲真子は読み切りを除けば、春リボと夏ハダの二作だけしか連載していない。
ちなみに春リボは五年間連載されて惜しまれつつ完結した。
「それ。本人には言わないでね」
瀬戸原が自分の後頭部を触って渋い顔をする。
「え? 何をです?」
「尾形くんが春リボのファンだってこと」
「いや、僕は言った方がいいと思うな」
「山中さんは口を出さないでください。わたしは言わない方針です」
瀬戸原と山中の対立する意味が分からず、右耳から左耳に会話が抜けていく。
本人? 本人とは誰のことだろう。
春リボのファンの本人。もちろん自分じゃなければ――
爽次郎は一つの答えにたどり着いた。
「夢咲先生に言うなってことですか?」
「そうよ。わたしは夢咲真子の担当編集なの。もちろん、尾形くんにも協力してもらうわ。明日は彼女と最終回のネームの打ち合わせだからね」
それを聞いた爽次郎は思わず自分の顔を持っていた雑誌で覆い隠した。
「どういうことだ……」
どういうことも何も爽次郎は運よく夢咲真子の漫画が掲載されている出版社に就職し、運よく彼女の漫画が掲載されている雑誌の編集部に配属され、運よく彼女の担当編集の補佐になったのである。
――しかし、運がいいと思ったのはここまでだったと後の爽次郎は語る。
0
あなたにおすすめの小説
むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム
ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。
けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。
学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!?
大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。
真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。
ヤクザに医官はおりません
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
彼は私の知らない組織の人間でした
会社の飲み会の隣の席のグループが怪しい。
シャバだの、残弾なしだの、会話が物騒すぎる。刈り上げ、角刈り、丸刈り、眉毛シャキーン。
無駄にムキムキした体に、堅い言葉遣い。
反社会組織の集まりか!
ヤ◯ザに見初められたら逃げられない?
勘違いから始まる異文化交流のお話です。
※もちろんフィクションです。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました
専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
ユニークアイテムな女子(絶対的替えの効かない、唯一無二の彼女)「ゆにかの」
masuta
キャラ文芸
恋と友情、そして命を懸けた決断。青春は止まらない。
世界を股にかける財閥の御曹司・嘉位は、U-15日本代表として世界一を経験した天才投手。
しかし、ある理由で野球を捨て、超エリート進学校・和井田学園へ進学する。
入学式の日、偶然ぶつかった少女・香織。
彼女は、嘉位にとって“絶対的替えの効かない、唯一無二の存在”だった。
香織は、八重の親友。
そして八重は、時に未来を暗示する不思議な夢を見る少女。
その夢が、やがて物語を大きく動かしていく。
ゴールデンウィーク、八重の見た夢は、未曾有の大災害を告げていた。
偶然か、必然か……命を守るために立ち上がる。
「誰も欠けさせない」という信念を胸に走り続ける。
やがて災害を未然に防ぎ、再びグラウンドへと導く。
その中で、恋もまた静かに進んでいく。
「ずっと、君が好きだった」告白の言葉が、災害と勝負を越えた心を震わせる。
それぞれの想いが交錯し、群像劇は加速する。
一人ひとりが主人公。人生に脇役はいない。
現代ファンタジーとリアルが交錯する青春群像劇。
本作は小説家になろう、オリジナル作品のフルリメイク版です。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる