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第二十五話
しおりを挟む打ち合わせは電話があった次の日、真咲の家の近くのファミレスで行うことになった。
七月初めのこの日、まだ夏が始まったばかりだというのに外はうだるような暑さだ。
涼を求めて、子供連れのママさんたちが多くいた。
少しだけ騒がしいがこれぐらいの雑音があった方が気楽に話せるかもしれない。
「あ! 真咲さん。こっちです!」
約束の二時の二十分前に来ていた爽次郎は、約束の五分後に来た真咲を立って迎えた。
「今日は来ていただきありがとうございます」
頭を直角に下げる。
「いや、やるって言ったのわたしだし。なんで、そんなにかしこまっているの」
「そ、それはやっぱり、尊敬すべき先生ですし」
爽次郎としては真咲が来てくれたことが嬉しい反面、これまで真咲のことを考えられなかった負い目が態度をぎこちなくさせていた。
「まあ、いいや。さっさと始めましょう」
不思議がっていた真咲だったが、爽次郎の前の席に座る。
「あ。何か飲み物でも」
「ドリンクバーでいい」
真咲はさっさと店員を呼びつけてオーダーし、ドリンクを取りに行く。
持ってきたのはシュワシュワと泡が弾けるコーラだ。
「それで、何を描けばいいの」
大きめのリングのメモ帳を取り出す真咲。開いたそのページは真っ白だ。
「真咲さんが描きたいものは」
「ない。というか、わたしがアイディアを全部出してもいいんだけどさ。それだと、あなたと打ち合わせをする意味がないでしょ」
真咲はコーラのストローをくわえながら言う。
普通作者がアイディアを出して、それに意見を言うのが編集者だ。
アイディアを最初から出す編集者などあまり聞いたことがない。ただ、作家をアシストするためには、一緒にアイディアを捻りだすという能力は必要な技能だとも思う。
「何でもいいからアイディア出して」
爽次郎は頭を捻って考える。せっかくなら、やはり好きなものが良い。
「それじゃあ、可愛いマスコットが出てくる――」
「パス。春リボでやった。読み切りで今更やっても意味ないでしょ」
爽次郎の提案はバッサリ却下された。確かに真咲がもう一度やるには、よほど上手くやらないといけないだろう。
「それでも、やっぱりファンタジー色があるものがいいかな。その方がファンも喜ぶと思います」
負けじと何とか意見を言う爽次郎に、真咲のこめかみがピクリと動く。
それにも気づかず爽次郎は続ける。
「少女漫画でファンタジー物って、描くの意外と難しいと思うんですよ」
「……なんで?」
「どうしても少女漫画って、ファンタジーでも恋愛要素を絡めないといけない気がしますよね。バトルだけだったり、友情中心だけだったりすると、それって少年漫画の範疇(はんちゅう)っていうか。その点、春リボは上手く恋愛を絡めていますよね」
「絡めているっていうか、恋愛そのものだけどね」
真咲の言葉にはそれまでより棘が立っていた。
なぜ、いきなり不機嫌になったか分からず、爽次郎は狼狽する。
「えっと、それで読み切りでもファンタジー要素を取り入れたらファンも喜ぶと思います」
「まあ、とりあえずファンタジーと想定して、ファンタジーと一言で言っても色々あるけど」
真咲はスッと苛立ちは消して、真剣な目で真咲はメモをとっていた。
不機嫌になったのは気のせいだろうかと、気を取り直して爽次郎は考えを巡らせる。
「そうですね。春リボの場合は付喪神ですもんね。カードキャプターさくらは魔法少女ものって言えばいいのかな。他にもセーラームーンは変身。暁のヨナは舞台がそもそもファンタジーだし、ふしぎ遊戯は別の世界に飛ばされて……」
爽次郎は参考になればと有名なファンタジー作品を次々にあげる。
「ちょっと待って」
真咲が手をかざして、爽次郎を止めた。
「わたしたちが作るのは読み切り。どこにそれだけのページが割けるの」
「た、確かに……」
「読み切りでファンタジーなんて、それこそ机上の妄想じゃない」
確かにファンタジーだと物語自体が壮大になってしまう。
真咲に爽次郎の妄想だと言われても致し方なかった。
「大人しく高校生同士の甘酸っぱい恋愛でも描くのが無難でしょうね」
「でも、それじゃ、あまり夢咲真子っぽくないじゃないですか」
爽次郎は膝の上の手をギュッと握り込む。別に同級生との恋愛が悪いわけじゃない。
たった一度の読み切りと言えども、彼女のカラーを出したかった。もしかしたら、それで自分の描いた漫画の素晴らしさを思い出して戻ってきてくれるかもしれない。
「あなたの夢咲真子っぽいって、どんなの」
手にしていたペンをテーブルに置いて真咲は聞いてきた。
爽次郎はごくりと息を飲む。この答えによっては、機嫌を損ねて読み切りも辞めると言いだしかねないと思った。
ジッと黙ってから、ゆっくりと口を開いた。
「春リボも、夏ハダもどっちも、読者を外に連れ出してくれる。僕はそう思っています」
「外に?」
漫画を読むのは大概家の中だ。爽次郎の言うことは少しおかしい。
正直に話そう。爽次郎はそう思った。
「はい。実は僕は部屋に引きこもっていた時期があったんです。学生のとき、大学に入る前は勉強しかしてきませんでした。でも勉強しても意味がないと感じるときがあったんです。それで部屋から必要以上に出なくなって、いじけてしまったんですね。誰とも話さなくなって、何をやっても無意味に感じました。でも、そんな時に出会ったんです。春リボに!」
破顔した爽次郎は声を弾ませる。
「高校三年になるまで漫画はほとんど読んだことがありませんでした。最初は何気なくスマホの一巻無料のキャンペーンで読んだんです。そうしたら、キャラクターの魅力にすぐに引き込まれて。部屋を飛び出して書店に続きを買いに行ったんですよ。それから他の人に春リボを勧めるようになって、たくさんの人と仲良くなることができました。夢咲真子の描く漫画は誰かに話したくなる。そんな魅力があるんですよ。そのおかげで大学は充実した生活を送れました。だから、最初に出会ったときから大好きなんです!」
夢咲真子の描く漫画は人に勧めたくなる力がある。
これって、すごく漫画としては必要で最強の力だと爽次郎は言いながら思う。
「入れ替わりにしよう」
「へ?」
いきなり真咲はそう言う。
そして、居ても立っても居られないと言った様子でメモ帳にペンを走らせた。
「主人公はクラスの引き籠りの少年と精神が入れ替わってしまう。主人公は普通の女の子で、部屋にずっと部屋に籠っていることなんて出来ない。そこから二人のドタバタラブコメが始まる。どう?」
「えっと、すごくいいと思います」
ファンタジー要素も恋愛要素も入っていて、それでいて夢咲真子の色もよく出ていた。
「よし。これで行こう」
爽次郎に企画を立てさせると言っていたが、結局ほぼ全部真咲が決めてしまった。それでも、真咲が描きたいと思っているならいいかと爽次郎は思う。
メモ帳に向かっている真咲の頬が紅潮していることには、爽次郎はちっとも気づかなかった。
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