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第五十話
しおりを挟む快調に走っていたカートが障害物に当たってスリップする。
「あ! また、やられた!」
大画面のテレビでレースゲームをする。
やり込んでいる真咲はとても強く、誰も勝てることが出来ない。コントローラーを手に真咲はニヤリと笑う。
「ふっふっふ。赤子の、いえ編集の手を捻るとはこのことね」
特にゲームをほとんどしたことのない爽次郎は全く歯が立たなかった。
パーティは和気あいあいとしていた。
初対面のカナデと亜佳梨も少女漫画談義で盛り上がっている。真咲と真尋が用意してくれていたチキンも美味しく、あっという間に消え去ってしまった。
お酒もよく進む。爽次郎が持ち込んだシャンパンも開け、ワインも開けて飲んでいた。
少し飲みすぎたと思い、爽次郎はそっとベランダに出る。風は氷のように冷たく、酔いがよくさめるだろう。
「こんな所でひとりで何しているの」
そこへ真咲もやって来た。心地よく酔っているせいだろう。爽次郎は真咲の声を聞いて、ふにゃりと笑みを浮かべる。
「ちょっと酔いをさまそうと思いまして。酔いつぶれたら楽しくないでしょう?」
「まーね」
ふふふと笑いながら爽次郎の横に並ぶ真咲。
彼女もいつもより酔っているようだ。雰囲気がフワフワしている。部屋の中では四人が楽しそうに談笑していた。
「そうだ。朝丘さんに会社で会いましたよ。彼も漫画を描いているんですね」
「ねー。昔はわたしの漫画にぜーんぜん、興味なかったのに。いつの間にか描き始めているんだもの。いきなりネームを見ろって持ってきたときは本当にびっくりした」
「でも、朝丘さんの気持ち分かるなー。もし、真咲さんがそばにいたら僕も描く側だったかもしれないです」
「なんで?」
不思議そうに真咲は首を捻る。
「真咲さんが漫画が好きすぎるんですよ。それが漫画に現れているし、真咲さんが近くにいたら自分でも何か表現してみたいって思わせるんです。ほら、前に僕が真咲さんの漫画は外に向かわせるって言ったじゃないですか。それのもっと酷い版です」
「酷い版って何よ」
真咲の肘が爽次郎の脇腹に刺さった。ぐふッとひとつ呻きながら、思ったことを口にする。
「デジタル。無理して移行しなくていいんですよ」
だけど、真咲はすぐに首を振った。
「大丈夫。少しずつ慣れていくから。まー、朝丘の奴には笑われたけどね」
なんだか大口を開けて笑う朝丘の顔がイメージできる。
「それに、実はちょっとワクワクもしているの。やっぱりアナログとは違うけれど、出来ることももっと増えるんじゃないかって。いろいろ試してみる」
「それなら良かったです」
しばらく二人は沈黙する。
「なんだか、僕たち漫画の話ばかりしていますね」
「そりゃ漫画家と編集なんだもの。でも、今日はクリスマスだし。はい」
真咲が後ろ手に隠していたものを爽次郎に手渡す。
「額?」
B4サイズぐらいの木の額が裏側のまま渡された。
それをひっくり返すと爽次郎は、わっと小さく声を上げる。
「これ、アキリボの?」
カラーの絵だった。そこには四人の女の子たち。
制服でそれぞれ新体操の手具を持って、ポーズを決めている。
「クリスマスプレゼント。わたしの描く漫画がまた好きになるって言っていたでしょ。ファン1号の……そ、そうきゅんに」
言い淀むなら言わなければいいのに、真咲は顔を赤くして言う。酔いは大分さめたというのに、爽次郎の頬はまた熱くなった。
「いいんですか?」
「いいの。実際漫画に載せるにはアキとヒーローの絵になるだろうし。これは幻」
真咲が最初に描きたいと感じた物語の断片。それを手に出来ることは、爽次郎が信頼されている証のような気がして誇らしかった。
「……わたし、漫画と現実をごっちゃにしていたみたい。だけど、少しだけ恋愛が分かったかも。だから、次はたぶん大丈夫」
「え。何でですか」
あれほど、恋愛に対して自信を無くしていたのに。
少しの間に何が真咲にあったのだろう。
「なんでだと思う?」
真咲が爽次郎の瞳をじっと見つめてきた。あまりにも真っ直ぐで、爽次郎は目をそらすことができない。自然と見つめ合うことになる。
「真咲さ……」「くしゅん」
真咲が小さくくしゃみをした。
「あ! その恰好でずっと居たら冷えますよね。中に入りましょうか」
爽次郎がそう言うと、真咲は渋い顔を浮かべる。
「うーん。思ったより、ずっと時間がかかるかも」
「え?」
そのとき、ガラリと背後の窓が開いた。
「真咲ちゃーん、尾形くーん! ケーキ食べよう!」
カナデが声を掛けてくる。
「あ! 雪が降ってきていますよ!」
カナデと一緒に顔を出した亜佳梨が外を見て言う。その声に反応して、部屋にいた全員がベランダに出てきた。
爽次郎も改めて空を見上げると、小さな綿雪が空からフワフワと落ちてくる。
「ホワイトクリスマスだね」
真尋が爽次郎の隣で言う。
「ねぇ、さっきの答え教えてあげる」
ツンツンと服の袖を引かれる。見ると真咲が見つめていた。
「恋も漫画も少しずつ焦らずに描けばいい。それだけ!」
それから年が明け、二月になるとネームが出来上がった。二人で議論し合い、何度も何度も直したネーム。爽次郎も太鼓判を押せるものに仕上がった。
三月初めには連載会議も開かれ、連載されることが決まる。『アキのリボン』は四月に発売される5月号から始まることになった。
「巻頭カラーの見開き、どんな絵にしますか?」
「それならいい案があるの! これなんだけど……」
――春。
新しい季節と共に、新しい物語が始まる。
了
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