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第一章 学園転入編
第六話 広くて狭い学園
しおりを挟む一階にある食堂や談話室、浴場、学習室などを案内してもらった。やはりどこの施設も古いが、手入れはしっかりされていて清潔そうだ。
生徒たちが当番制で掃除していると同時に、定期的にメンテナンスの業者が入るのだそうだ。
しかし、どこの施設も生徒の利用はまばらだ。放課後で部活があるから人が少ないのか、元々寮にいる生徒数が少ないからなのかは分からない。
とにかく、広さの割に使われている様子が少なかった。
特別、気になることもある。
「中を見て分かったけれど、この寮、変わった建物の形をしているよね」
窓際の廊下が変な形に曲がりくねっていた。真っ直ぐ歩いたかと思うと、斜めに廊下が続いている。そして、また真っ直ぐ続き、斜めになり、あまり規則的ではない。
納得顔で水上くんが頷く。
「ああ。僕なんかは慣れたけれど、初めて来たら戸惑うかも。これを見てよ」
水上くんはポケットの中からスマホを取り出す。操作をすると、横にした画面を見せてきた。
「これが学園を上から見た写真だよ」
見せられた写真は、どことなく見覚えがある。真ん中に校庭があり、五つの大きな建物が周りを囲んでいた。下にある門から真っ直ぐ道が伸びた場所にあるのは体育館だ。
あとの四つが特殊な形をしていた。
寮は逆三角形が細長く伸び、その上の建物はいびつではあるが、上の辺が長い台形。
反対側には同じく上の辺が長い台形の建物。隣の建物を鏡写ししたような形だ。その下も寮を鏡写しした細長い形だ。他にも小さな建物がいくつかあるようだ。
校庭は太平洋だろう。建物の周りは緑で囲まれている。
なんにしても、前にいた学校の一つの校舎の前に校庭があるようなオーソドックスなものとはまるで違っていた。
「……変わった校舎だね」
「この学校建てられてから、九十年ぐらい経っているらしいけど、世界地図を模して校舎を建てたらしいよ」
「へぇ。当時でも、もの珍しかっただろうね」
見覚えがあったはずだ。体育館がオーストラリア大陸で、寮が南アメリカ大陸。その上の東棟が北アメリカで、隣の西棟がユーラシア大陸。その下の部活棟がアフリカ大陸。
それぞれを模している。完璧に同じ形ではないが、上から見た図の雰囲気はよく似ていた。
「だけど、どうして世界地図なんだろう」
「さあ。形は別にどうでもいいんだけど、とにかく広くてさ。そもそも、生徒数も減っているから空き教室も多いし」
広々とした敷地だが、良いことばかりというわけでもなさそうだ。
寮内のほとんどの施設を見終わると、水上くんと食堂で食事を取った。
特別豪華というわけではないが、年頃のお腹を満たすには十分な量がある。味も家庭的で、ひょっとしたらホームシックになる生徒もいるかもしれない。
食事中、水上くんにクラスメイトらを紹介された。簡単に自己紹介をしあう。クラスメイトの一人が尋ねる。
「若狭くんはどうして、こんな時期に転入してきたんだい」
確かに山の奥にある全寮制の学校だというのに、五月の中旬という中途半端な時期に転校してくるのはおかしい。しかも、高校一年生だ。
「えっと、実は突然うちの親の会社が倒産しちゃって。で、知り合いに頼ったら、僕はこの学園に行くようにって言われてさ」
「へー。大変だったんだね」
半分は本当だが、半分は濁して説明した。まさか、亡くなった理事長からこの学園を継ぐために来ただなんて言えない。
話していると、普通にクラスメイトたちとは仲良く出来そうだと感じた。
ただ、水上くんは僕を紹介したきり、あまり話そうとしない。僕がいるから遠慮しているというより、元から距離があるような雰囲気だ。
別に仲が悪いというわけでもないし、突っ込んで聞くわけにもいかない。そもそも、彼らも出会って一か月半だ。内気な性格なら、まだ打ち解けていなくてもおかしくないだろう。ざっと、全員と一通りたわいない会話を終えると、クラスメイトたちは去っていく。
そのまま、水上くんとたわいない話をしながら、風呂も済ませて眠りについた。
翌日は、僕も制服の学ランに着替えて登校する。前の学校はブレザーだったので、着慣れない詰襟が妙に首が絞められる気がした。
寮から出ると、女子寮の方から女子生徒たちも出てきていた。女子は詰襟の上着に黒いスカートと少し変わったものだ。
学園の規模に対して生徒数が少ないが、ぞろぞろと全生徒が登校している様子を見ると、普通の学校と何ら変わらない。
僕と水上くんが向かったのは、学園の東棟の方だ。
一年生の教室は東棟に全てあるらしい。音楽室や化学室などの特別教室もある。二年生は東棟と西棟に分かれていて、三年生は西棟にあるのだそうだ。
東棟と西棟は渡り廊下で繋がっているが、水上くんが言うには授業などで行き来をする必要はないらしい。
「ただ西棟からは部活棟が遠いからね。よく文化部の子たちが文句を言っているよ」
部活棟とは、アフリカの位置にある建物のことだ。
確かにただでさえ広い校庭を突っ切って行くか、西棟を通っていかないといけないのだろう。職員室に着くと、水上くんは一足先に教室に向かった。
失礼しますと言って、職員室のドアを開ける。
そのときだ。
「わっ!」
誰かと肩がドンとぶつかり、よろけそうになる。
「すみま……」
謝罪を言い切る前に言葉が止まってしまった。
顔を上げると、すぐ目の前に僕を睨みつける蛇のような目があったからだ。
「邪魔」
どこか言い慣れていない片言の言葉が聞こえた。さらりとした色素の薄い茶色い髪。その長い前髪の間から、殺気を放つ青い瞳に自然と身が引きそうになる。
ハーフだろうか。どう見ても、純粋な日本人の血統とは思えない。
「す、すみません」
僕が身体を空けると彼女は細い肩を怒らせたまま、廊下へと出ていった。
「あ、あー。転校生の若狭くんだね」
おそらく彼女の相手をしていただろう年配の先生が、弱り切った様子で話しかけて来る。
「ごめんね。彼女とは、ちょっと部活のことで揉めていて。気にしないでね」
「はぁ」
たかが部活のことで、あれほど怒ることが出来るなんて、よほど熱心なようだ。
きっと体育会系の部活なのだろう。僕とは無縁な熱血という言葉が頭に浮かぶ。
「じゃあ、教室へ行こうか」
簡単な説明を受けて、先生に続き教室へ向かう。
一年三組は二階の一番端の教室だ。
初日だから、全員の前であいさつをしなければならない。教室のドアの前で、先生に紹介されることを待つ。
待っている間、廊下の開いている窓から、野鳥の鳴き声が聞こえた。窓の外は新緑の木々も見える。本当にのどかな場所だと、緊張感が一瞬薄らぐ。
ドアが開いて、先生から入るように言われた。
「転校生の若狭透くんだ。分からないことも多いだろうから、親切にするようにな」
「若狭透です。よ……」
よろしくお願いします、と言おうとした。だけど、思わず言葉を詰まらせる。
ちょうど目線が合う位置に、さっき職員室でかち合った女子生徒が、こちらを不機嫌そうに見ていたからだ。睨まれているわけではない。
けれど、明らかに僕を歓迎している様子ではなかった。
「じゃあ、席は水上くんの隣だ。分かるよね」
窓際の席を見ると、水上くんが軽く手を挙げている。それを見て、ホッと息をついた。彼のふくよかでほんわりしたオーラが安心を誘う。
クラスメイトたちの視線を感じながら、僕は席に向かった。
「改めてよろしく、水上くん」
「うん。よろしく」
多少の波乱はあったけれど、僕の新たな高校生活が始まった。
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