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第一章 学園転入編
第八話 本の虫
しおりを挟むしばらく平凡な学園生活が続く。
寮で寝起きして、授業を受ける。写真部には見学に行ったものの、意外と真剣に活動しているようなので場違いだと思って辞退しておいた。
倉野さんは相変わらず部員勧誘を続けている。けれど、いつも神経質そうにしているので、話しかけるとほぼ同時にクラスメイトに逃げられていた。
その日、僕はひとりで図書室に向かう。本はあまり読まないけれど、課題をするために調べ物をする必要があった。本を探しに書棚に向かう。
図書室では手前の書棚に新しい本が置かれていて、奥に行くほど古い資料の本になる。必要なのは鎌倉時代の歴史の本だ。ただでさえ図書室に来ることは少ない。しかも新しい学校だ。慣れないながらに、指で背表紙をなでながら探していく。
「鎌倉、鎌倉……」
目的の本を探すことに夢中になっていた。屈みながら下の棚を見つめて進む。
「わっ」
突然、頭が柔らかい何かにぶつかってしまう。明らかに誰かのお腹だ。
「す、すみません」
顔を上げると、口元に涼やかな笑みを浮かべた男子生徒が立っていた。襟足にかかる細い髪が見るからにサラサラと滑らかだ。
「大丈夫だよ。気にしないで」
静かな声が落ちてきた。図書室独特の無垢な空気に気を遣っているような。
「何を探しているの。手伝うよ。君、一年生でしょ」
「あ。えっと、鎌倉時代の本を」
雑音に聞こえないように、僕も声を潜めた。
「こっちだよ」
おそらく上級生だろう彼は僕に背を向けて、奥に進んで行く。
「これが図説付きで分かりやすいよ。もっと、詳しく調べようと思ったらこっちかな」
迷うことなく二冊の本が引き抜かれて渡された。これだけ、簡単に探し当てるということは、ひとつの仮定が簡単に生まれる。
「図書委員の人ですか?」
「いいや。ただの本の虫」
微かに笑って、他の本を取ってめくり始める。慣れた様子に少しだけ変な人だと思ってしまった。
「ここの図書室、大きくて分かりにくいよね。でも、それがいいところさ。しかも、これで二分の一だよ。西棟に同じ大きさの図書室があるからね」
はにかみながら話す彼は、本当に本が好きなのだろう。本のページをめくる指も人より優しげに見えた。
きっと、本以外の話を振ることは好まないだろう。
「えっと、本、ありがとうございました」
へこへこと会釈をすると、軽く手を挙げて返された。存在感は薄そうなのに、ずいぶん印象的に残る動きをする人だ。
とにかく目的は達せられた。僕は本を借りて図書室から出ようとする。
すると、聞き覚えのある唸り声が聞こえてきた。
「ウーン。さっぱり分からない」
眉間を指で揉んでいるのは、倉野さんだ。何をしているんだろう。思わず見つめていると、パチッと視線が合ってしまった。
「あッ! 同じクラスの!」
はっきりと指をさされてしまう。それにしても転校生ではなく、同じクラスの人間として認識されていることに驚いた。
まだ、高校一年生の五月だからかもしれない。ひと月しか一緒に過ごしていないなら、僕は彼らと大差ないのだろう。
「えーと、倉野さん何をしているの?」
無視は出来ないので、視線をそらしながら適当に尋ねてみる。
「何って調べもの。宝の手がかりを探している」
「トレジャーハンターの……」
やっぱり本気らしい。部活にしてでも、手に入れたい宝であり、こうして休み時間まで潰している。
「これを読んで、手がかりがないか探してみて」
渡された本は、アルバムだ。五周年に一度、学校全体の記念として作られているらしい。
まだ新しいもので、開かれたページにはこの学園の年表が載せられていた。だけど、普通に創立から理事長の交代履歴や校舎の改修の記録くらいしか書いていない。
「手がかりって言っても」
なにも見つけようがないので、困ってしまう。ふと、目に入ったのは温室新設の文字だ。
今から三十年ほど前に建設されている。
他の学校では中々見られない施設に、思わずへぇと声を漏らす。
「温室なんてあるんだ。えっと、場所は西棟の近く。つまり、ユーラシア大陸の東南だから、日本か……」
まだ見てもいないのに、四季折々の植物が植えられているのだろうと、何となく想像した。倉野さんがのぞき込んでくる。
「そこに宝がある?」
「知らないよ」
宝があるかどうかなんて本で分かるはずがない。
「……冷たい」
口をへの字に曲げて、倉野さんは僕をねめつける。いつもよりもはっきりとした非難に僕はひるんだ。
「べ、別に冷たくはないよ。そもそも誰にも分からないってだけじゃないか」
僕は持っていた本を倉野さんに押し付けかえす。立ち去ろうとすると、後ろから腕を取られた。
「待ってよ。やっぱり、部に入ってもらわないと困る! あの水上って人も!」
「だから、なんで僕たちが」
「クラスで部活に入っていないの、二人だけ。みんな、忙しい」
思わず黙ってしまった。部活は強制ではない。
ただ、山奥深くの全寮制の学園だ。部活をしないとなると、ぼんやり過ごすしかない。実際に僕ら二人はそうしていた。
「忙しくないの、二人だけ。わたし、困っている」
相変わらず、睨むような目つきだ。けれど、口調はいつもよりも弱気に聞こえる。
前の学校では頼られることはあまりなかった。
大家族の長男なので家での家事があると、ほとんどの人が知っていたからだ。倉野さんの頼みは明らかにやっつけだ。やっつけでも同級生に頼られるのは新鮮に感じる。
それに、理事長代理である向井さんを知っているのに、黙っているのも悪い気がした。
ポリポリと後ろ頭を掻きながら、何気ないふりをして倉野さんに話しかける。
「分かったよ。入るよ。あと僕を学園に案内してくれた人は、理事長代理なんだ。倉野さんの言う、お宝も何か知っているかも」
「ホント!?」
倉野さんの瞳が輝いた。立ち上がって僕に詰め寄る。
「それなら、早く言って! その理事長代理に連絡して!」
「う、うん。とにかく図書室から出よう」
真面目に勉強している人たちからの視線が痛い。倉野さんと本を返却台に置いて、図書室を出た。
僕らは図書室から出て、三階から二階への階段の踊り場へ。
横で見張られている中、向井さんにメールを打とうとする。
「あ、でも、どう聞いたらいいんだろう」
「とにかく話せるか聞いてみてよ。直接、わたしから聞いてもいい」
なるほど、それなら説明もしやすいと思いながら、僕はメールを送った。
ついでに、水上くんにも来られるか連絡を入れてみる。返事があったのは向井さんと水上くんとほぼ同時だった。
「理事長代理の向井さんが、理事長室に来てって」
理事長室は西棟にある。僕と倉野さんは、水上くんを待ってから西棟二階にある理事長室に向かった。
「意外な手がかりが身近にあったんだね。若狭くんも黙っているなんて人が悪いよ」
一緒に倉野さんから逃げ回っていたのにとは思うが、ここまで来てくれた手前文句は言いにくい。水上くんも僕を一人で倉野さんに付き合わせるのは大変だろうと、気を遣って来てくれたのだろうから。
「ごめん。というか、水上くんも少しだけ向井さんに会ったよね。僕を寮に案内してくれたあの人だよ」
「あー、あのちょっと怖そうな。……来なきゃ良かったかな」
やっぱり水上くんも向井さんの眼光にビビッていたみたいだ。初対面では無理はないと思う。
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