広くて狭いQの上で

白川ちさと

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第一章 学園転入編

第二十二話 たぶんゴール

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 向井さんはいつものように、汚れた軍手をポケットに突っ込んでやって来た。

「体育館のスクリーンを下したい? まあ、演劇部の練習がない日なら可能だが」

 あっさりと了承は出る。この日は舞台で演劇部が活動しているため、次の日に五人で向かうことにした。

 キュッキュッと、バスケットシューズが体育館のフロアを擦る音がする。活気ある声が聞こえて来た。

 体育会系とは無縁の僕には、放課後の部活の熱気は僕が感じたことのないものだ。何度来ても、激しいボールの行き交いに怖気づいてしまう。

「うわっ!」

 目の前の壁にボールが飛んできた。ダンッと大きな音を立てて、バウンドしていく。

「しゃーせん!」

 すぐにバスケ部の生徒がボールを取りに来て、頭を下げる。

「あ、大丈夫です……」

 全く僕は悪くないのに気迫に押されて、こっちも頭を下げた。

 家事は得意だけど、運動系は得意ではない。いつ部活中の体育館に来ても場違いに気後れして、前を行く倉野さんが速く進んでくれないかと思っていた。

 舞台の上に行くと、吊られているスクリーンを見上げる。

 やはり、何も異変はないようだ。向井さんが舞台袖へと向かい、機械を操作する。ウィーンという音を立てて、スクリーンが下りて来た。

 ここにも特に何もない。けれど、僕らは目星をつけていた。

「影舞い踊るだから、表じゃなくて裏」

 下がり切ったスクリーンの後ろに回る。裏は全面黒い。

 倉野さんが隅々まで目を皿にして見つめる。

「何も、見当たらない」

 大きいとはいえ、一面の布のようなものだ。ひとひらという単語にはあてはまるだろうが、何か異物があれば、すぐに――

「あれ? そうだよな」

「どうした、透」

「うん。僕らはさ。これまで、謎を解いて次の謎が入っている箱を見つけて来たじゃないか」

 津川先輩も頷く。

「うん。そうだね。毎回、川柳と折り紙が入っていた」

 僕は確信をもって考えを話す。

「実は、そういう先入観を植え付けられていたんじゃないかって、思って」

「……どういうこと?」

「つまり」

 僕は目を凝らして、あるものを探す。頭上の手を伸ばしても届かないところに、黒いテープが張ってあった。一見したら破れた箇所を補修したようにも見える。

「こういうこと!」

 大きく膝を曲げて、思いっきりジャンプした。手を伸ばした先は、黒いテープだ。ギリギリ届いて、ビリッとはがすことに成功する。

「何している!?」

「えー! はがしちゃっていいの!?」

 みんな、びっくりしているけれど、僕ははがしたテープを見てほくそ笑んだ。

 珍しくどや顔でみんなの前に差し出した。

「ほら、見つけたよ」

 黒くて太いテープ。その裏には、紙がべったりとくっついていた。もちろん、謎解きの手がかりだ。こちら側に川柳が書いてあって、読めるようになっていた。


 
 華やいだ 暖かな部屋 もゆる日々



 また次のヒントだ。

 当り前だ。こんなところに倉野さんのおじいさんが求めていた絵画が張りつけてあるはずがない。もちろん、みんなも八方塞がりだった状況から脱して興奮状態だ。

 水上くんが半ば僕から奪うように川柳の紙を手にする。

「あの躍動って体育館で運動することかと思ったけれど、躍動感を持って飛んでみろってことか!」

 倉野さんが奥の方でスクリーンの上を指さす。

「あ! あそこにも、貼ってある!」

「待っていて。いま、僕が取るよ」

 津川先輩が大きくジャンプした。僕と違って、黒いテープギリギリじゃなくて余裕だ。黒いテープを手にした津川先輩がフッと笑う。

「やっぱり折り紙だよ。それも、花かな。なんの花かは分からない」

 ピンクの色紙で作られている折り紙を、津川先輩は丁寧に黒いテープからはがした。もとから、はがしやすくしていたようだ。どこも破れていない。

 それをさらに、丁寧に開いていく。やはり、特に何かの覚えのない日付が書かれていた。

 倉野さんが落ち込むわけでもなく、気合を入れるわけでもなく、ただ単純につぶやく。

「……次がたぶんゴール」

「うん。きっとそうだよ」

 僕も本心から頷いた。

 次のヒントの場所は、どう考えても温室だからだ。あの別世界めいた場所に何もないとは思えなかった。


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