76 / 113
シルフ編
第七十六話 自信喪失からの特訓開始
しおりを挟むシルフの影が暴れまわった、この夜。怪我人たちの手当てもひと段落すると、わたしたちはルーシャちゃんの家にお邪魔することになった。
「いらっしゃいませ。ルーシャが大変世話になりました」
迎えてくれたのは厳ついひげの生えた男性だ。ルーシャちゃんのお父さんだそうだ。
「ユメノさま、イオさま。ルーシャは迷惑をかけたでしょう。昔からこの子は何も出来なくて、申し訳ない」
ルーシャちゃんのお父さんは、申し訳なさそうな顔で頭を下げる。
「い、いえ! 頭をあげてください。ルーシャちゃんはわたしを助けてくれましたから、感謝しているぐらいです」
すると、心底意外そうな顔をするお父さん。
「ルーシャが?」
わたしは心配させないように笑顔で言う。
「はい。サラマンダーと戦ったときに炎から守ってくれたのは、ルーシャちゃんの精霊のミルフィーユです」
「そうでしたか……」
信じられないみたいだけど、事実は事実だ。きっと、旅に出てすごく強くなったんだよね。
わたしたちはそれぞれ部屋に案内される。わたしを部屋に案内したのは、ルーシャちゃんだ。引き戸の部屋に寝台が置かれていて、棚が一つあるシンプルな部屋だ。
もう夜も遅い。あくびをしそうになりながら、ルーシャちゃんを振り返った。
「じゃあ、ルーシャちゃんおやすみなさい」
ドアを閉めようとする。だけど、そのドアをルーシャちゃんが押さえた。
「ん? どうしたの?」
「……わたくし。どうしてシルフはわたくしを選んだのですの?」
どうしてシルフはルーシャちゃんを選んだか。それはわたしにも疑問だった。そこにはSランクのシュルカさんがいたのに。ルーシャちゃんだってちゃんと戦えば強いことは知っているけれど、シュルカさん以上とはさすがに思えない。
でも、考えられることが一つある。
「んー。本人が言っていたように、ルーシャちゃんには隠れた力があるんじゃないかな?」
そうとしか言いようがない。だけど、ルーシャちゃんは声を荒げた。
「嘘ですわッ! そんな力がないことは長老だって知っていましたもの!」
「でも……選んだのはシルフだし。相性もあるし。それにルーシャちゃんは力がないわけじゃないじゃない」
「それは精霊使いだとしたらですわ。エレメンタルハーフとしてのわたくしは半人前にもなれないんですの……」
そう言ってルーシャちゃんは俯いてしまう。これほど自信のないルーシャちゃんは初めて見た。いつも有り余るほどの自信で溢れていたのに、この村に来てからやっぱり様子が変だ。
「半人前にもなれないって、どういうこと?」
エルメラがルーシャちゃんの前に飛んでいって尋ねた。ルーシャちゃんは目をそらして、震えるような声で言う。
「……お兄様たちは、パートナーの精霊と融合していたでしょう」
「うん」
「わたくしはそれが出来ませんの。普通、十歳ぐらいになったら、村の子はみんな出来るようになるのに」
ルーシャちゃんが村に帰りたがらない理由が分かった。村を出た理由も。十歳になったら皆が出来るようになることが出来ない。肩身が狭いに違いなかった。
「それは何か理由があるの?」
「分かりませんの。でも、最初にミルフィーユと融合しようとしたとき、精霊の感覚にわたくし怖くなって。それで失敗してしまいましたの。それはよくあることで、次第に慣れて行くものですけれど……、わたくしだけは、いつまでたっても出来ないまま」
何と言っていいか分からなかった。何となく分かる話だ。
わたしは実は自転車に乗れない。はじめて乗ったときに坂道でスピードが出過ぎて怖くなってしまったんだ。それと似たような話じゃないかとは思う。
でも、未だに自転車に乗れないわたしには、どうアドバイスしてあげればいいか分からない。とにかく練習するしかないって言っても、散々したのだろうから無粋な言葉になってしまうだろう。
そんな風にわたしが悩んでいるとエルメラが声を上げた。
「そうだ! ルーシャもユメノに声優を習えばいいよ!」
「え! 声優を!?」
ルーシャちゃんより、わたしの方がびっくりした。
「声優って、ユメノが話していた違う世界の技術ですの?」
「うん。そう! エレメンタルハーフとしてダメでも、精霊使いで超一流になればいいんだよ!」
確かにそれならシルフの力を引き出して村の人も納得するかもしれない。わたしはルーシャちゃんの顔を見る。
「でも、ルーシャちゃんはそれでいいの?」
「……わたくしもユメノのようになれますの?」
ルーシャちゃんの瞳はしょんぼりしているけれど、どこか期待の光があるように思えた。わたしはあごに指を当てて考える。
「そうだね。声優は誰にでもなれるし、誰にでもなれない。特にアニメのないこの世界では」
そもそも、アニメがないのに声優を教えるって言っても、当てるキャラクターがいないのだから難しいかも。とはいえ、常識的なことは今のルーシャちゃんには必要ない。
わたしは顔を上げて、出来るだけ安心させる笑顔を作る。
「でも! ルーシャちゃんには素質がある!」
「本当に?」
可愛い声をしているから、向こうの世界なら絶対にファンがつく声優になれるだろう。問題は技術だ。たぶん、その声優としての技術がわたしをこの世界で強くしてくれる。
「授業をしてあげる! その代わり、わたしの授業は厳しいんだからね!」
朝起きると窓の戸を開ける。外は霧が立ち込めていた。どうやら、シウンの村は霧が多いところみたい。それはいいとして――
「ルーシャちゃん! 朝だよ!」「朝だよーッ!」
「な! なんですの!?」
わたしはエルメラと一緒に、ルーシャちゃんの部屋に突入した。勝手に部屋の戸を開けていく。ルーシャちゃんは上半身を起こしているけれど、まだ眠気まなこだ。
「さあ! 着替えて! 今から朝のルーティンをするよ!」
「ル、ルー?」
「毎日の習慣ってこと! まずは走り込みから!」
こうして、わたしの授業は始まった。わたしとルーシャちゃんは村を三周ほど走ってきて、家に戻ってくる。玄関につくなり、倒れこむルーシャちゃん。
「ぜぇ、ぜぇ……。ユメノ、走るの速すぎますわ」
「そんなことないよ。というか、意外とルーシャちゃん動けないね」
軽いジョギングで、ルーシャちゃんはへとへとになっていた。十二歳の姿のわたしについて来られないとは、中々手ごわい。しかも、ぶつくさと文句も言ってくる。
「こんなことして、声優になんの関係がありますの? 声優って肉体派ですの?」
「そういうわけじゃないけれど、どんな仕事も健康が資本だよ。健やかな声を出すには健やかな体が必要なんだから。あ。ほら、イオもやっているよ」
家の前でイオが剣の素振りをしていた。
マントを脱いでいるから、腕の筋肉がよく見える。イオは年の割に結構、筋肉がある。あんなに大きな剣を振り回しているから自然につくのかもしれない。イオがこちらに気づいて、素振りを止める。
「ユメノ、いつもの走り込みか。ルーシャと?」
「うん。そう」
「わたくし、これからユメノに声優を習うんですの」
そうか、とだけ言ってイオは素振りを再び始めた。知り合ってからずいぶん経つけど、相変わらず素っ気ない態度だ。すると、ルーシャちゃんが耳打ちしてくる。
「イオはユメノに声優を習いまいしたの?」
「イオの声は地声だよ。……元から、いい声って不公平だよね」
「ユメノ。自が出ているよ」
「おっと」
エルメラに言われて口に手を当てる。昔のイケボ嫌いから、ついどす黒い声が出てしまった。いまはイオの声には慣れているから、大丈夫だけどね。
「おやおや。ユメノにも嫉妬のようなものがあるんだね」
「別に嫉妬じゃないけれど。ん? 今の声は……」
ルーシャちゃんも疑問に思ったのだろう。わたしと一緒に後ろを振り返る。
「やっぱり、シルフ」
「わたくしの精霊石の中じゃ……」
そこにはちっこいシルフが岩の上に座っていた。
「ああ。正確にはサラマンダーなんかは精霊石を通じて呼び出すことが出来るだけで、実際には他の場所にいるんだよ」
わたしの説明にシルフも頷く。
「呼び出されなければ、基本的には僕はこの村にいるよ。まあ、風自体だから見えないだろうけれど。僕の家から地図を取ってきたよ。朝ごはんを食べながら、これからの行程を考えよう」
シルフは片手に持った巻物を指さして、ニッカリ笑った。
朝ごはんは取れたて卵のオムレツに、畑で摘んだ葉野菜のサラダ。それと、ホカホカのご飯。食卓の中央には、シルフが持ってきた地図が広げられている。
座っているわたしは、テーブルについているみんなを見渡す。
「えーと、結局行くのはわたしとエルメラとイオとルーシャちゃんとシュルカさんだよね」
もちろん話をするからと、シュルカさんも呼んでいた。ザックさんの横に座っている。わたしたちの横には、サラマンダーたちも話に加われるように杖を立て掛けている。
シルフも全員を見ながら口をひらく。
「水の精霊使いが居ないけれど、結構バランスが取れているね。じゃあ、みんなにはまず、ここに向かってもらう」
シルフは地図の一点を指さした。それほど鮮明ではない地図には未開の地の浮島がたくさん描かれている。地図が存在していることは意外だけれど、ざっと見ただけで、大小二十近くの島がある。シルフが指さしたのは、地図の中央にある中くらいの島だ。
「どうしてそこなの?」
「この村から一番近いところで、影がいるから」
シルフの言葉にはみんなが驚いた。口を開いたのはザックさんだ。
「居場所が分かっているなら、なぜいままで捕えようとしなかったのですか?」
わたしも、てっきりシルフにも居場所は分からないものだと思っていた。
「三百年の間、どうにか捕えようとしたけれどね。でも、村の風の精霊使いだけじゃダメだった。どうしても、あっちが上手なんだ。さすが、僕の分身」
シルフは腕組みをして感心しているように頷いている。すごく自信があるなと思ったけれど、風対風では決着がつかないはずだ。イオが地図をジッと見つめたまま尋ねる。
「他の精霊使いに頼まなかったのか?」
「最初は頼んだよ? でも、外からやって来た精霊使いは、影に心を浸食されておかしくなったんだ。村の子たちよりも耐性がなかった」
「シルフに挑んだものはシルフに惑わされておかしくなってしまう。……そう言っていたよね、エルメラ」
わたしがエルメラの方を見ると、エルメラは頷く。
「うん。影のことだとは聞いていないけれど」
「黒い花と似ているな」
イオがわたしも思ったことをそのまま言葉にした。
そうなんだ。黒い花に話しかけられると、ちょっと油断しただけで簡単に心が変わりそうになってしまった。また、同じようなことが起きるのだろうか。
「だから、君たちは十分に気を付けて欲しい」
シルフはわたしとイオの目を順に見て語り掛けてきた。わたしとイオは神妙に頷く。
「じゃあ、ご飯を食べたらお弁当を持って出発だ!」
シルフが元気に拳を上げる。
いや、ピクニックじゃないんだから……。
そう思ったのはきっと、わたしだけではないだろう。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に召喚されたので、好き勝手に無双しようと思います。〜人や精霊を救う?いいえ、ついでに女神様も助けちゃおうと思います!〜
月城 蓮桜音
ファンタジー
仕事に日々全力を注ぎ、モフモフのぬいぐるみ達に癒されつつ、趣味の読書を生き甲斐にしていたハードワーカーの神木莉央は、過労死寸前に女神に頼まれて異世界へ。魔法のある世界に召喚された莉央は、魔力量の少なさから無能扱いされるが、持ち前のマイペースさと素直さで、王子と王子の幼馴染達に愛され無双して行く物語です。
※この作品は、カクヨムでも掲載しています。
スキルはコピーして上書き最強でいいですか~改造初級魔法で便利に異世界ライフ~
深田くれと
ファンタジー
【文庫版2が4月8日に発売されます! ありがとうございます!】
異世界に飛ばされたものの、何の能力も得られなかった青年サナト。街で清掃係として働くかたわら、雑魚モンスターを狩る日々が続いていた。しかしある日、突然仕事を首になり、生きる糧を失ってしまう――。 そこで、サナトの人生を変える大事件が発生する!途方に暮れて挑んだダンジョンにて、ダンジョンを支配するドラゴンと遭遇し、自らを破壊するよう頼まれたのだ。その願いを聞きつつも、ダンジョンの後継者にはならず、能力だけを受け継いだサナト。新たな力――ダンジョンコアとともに、スキルを駆使して異世界で成り上がる!
ダンジョンでオーブを拾って『』を手に入れた。代償は体で払います
とみっしぇる
ファンタジー
スキルなし、魔力なし、1000人に1人の劣等人。
食っていくのがギリギリの冒険者ユリナは同じ境遇の友達3人と、先輩冒険者ジュリアから率のいい仕事に誘われる。それが罠と気づいたときには、絶対絶命のピンチに陥っていた。
もうあとがない。そのとき起死回生のスキルオーブを手に入れたはずなのにオーブは無反応。『』の中には何が入るのだ。
ギリギリの状況でユリアは瀕死の仲間のために叫ぶ。
ユリナはスキルを手に入れ、ささやかな幸せを手に入れられるのだろうか。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~
ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆
ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。
「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~
あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。
彼は気づいたら異世界にいた。
その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。
科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。
転生したおばあちゃんはチートが欲しい ~この世界が乙女ゲームなのは誰も知らない~
ピエール
ファンタジー
おばあちゃん。
異世界転生しちゃいました。
そういえば、孫が「転生するとチートが貰えるんだよ!」と言ってたけど
チート無いみたいだけど?
おばあちゃんよく分かんないわぁ。
頭は老人 体は子供
乙女ゲームの世界に紛れ込んだ おばあちゃん。
当然、おばあちゃんはここが乙女ゲームの世界だなんて知りません。
訳が分からないながら、一生懸命歩んで行きます。
おばあちゃん奮闘記です。
果たして、おばあちゃんは断罪イベントを回避できるか?
[第1章おばあちゃん編]は文章が拙い為読みづらいかもしれません。
第二章 学園編 始まりました。
いよいよゲームスタートです!
[1章]はおばあちゃんの語りと生い立ちが多く、あまり話に動きがありません。
話が動き出す[2章]から読んでも意味が分かると思います。
おばあちゃんの転生後の生活に興味が出てきたら一章を読んでみて下さい。(伏線がありますので)
初投稿です
不慣れですが宜しくお願いします。
最初の頃、不慣れで長文が書けませんでした。
申し訳ございません。
少しづつ修正して纏めていこうと思います。
明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~
みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。
彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。
最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。
一種の童話感覚で物語は語られます。
童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる