3 / 68
1章 嘘つきはカウンセリングの始まり
1 - 3
しおりを挟む
翌日、灯美はいつものように高校に登校した。朝、顔を合わせる限り、クラスメートの対応はきわめて普通だった。灯美が「おはよう」と声をかけると、みんな鸚鵡返しに同じ挨拶を返してきた。だが、それらの表情には、いくらか緊張したような、ぎこちなさがあった。彼女らはみな、灯美の肌を隠している手袋やマフラーをなるべく見ないように気を使っているようだった。
こんな体になってからいつもそうだ。クラス全体が、彼女に対してよそよそしい。まるで腫れ物にさわるような扱いだ。灯美はさわやかに晴れた朝だというのに、暗い気持ちになってきた。
だが、一人だけ、彼女に対する態度が違う女子生徒がいた。
「おはよー、灯美。相変わらず暑苦しい格好だねえ。冬を先取りしすぎだっての」
灯美のクラスメート、藤川あかねだった。やや小柄で、髪型はショートボブ、おとなしそうな外見の灯美とは違い、快活そうな雰囲気の少女だった。
「おはよう、あかね。あんたも相変わらずうるさいわね」
そんな彼女と言葉をかわして、灯美はとたんに気持ちが楽になった。今年で高校二年生になる灯美だったが、あかねとは一年のときから同じクラスで、なんでもよく話し合える仲だった。灯美が今の体質になっても、彼女だけは今までどおり接してくれた。気の置けない、親友と言ってよかった。
やがて、昼休みになり、二人は教室を出て、校舎裏の花壇の前のベンチで一緒に昼食をとった。二人がいつも昼食を食べる場所だった。
「あ、今日のお弁当もマジうまーい。灯美のお母さん、料理天才じゃね?」
と、あかねは自分のひざの上に置かれた弁当箱から次々におかずを口に放りながら言う。
「この肉とか、牛じゃん? ギューじゃん? 灯美、家では毎日こんないい肉食べてるの?」
「別に。あんなやつの作った料理なんて、私、食べないし」
灯美は学食で買ったサンドイッチをほおばりながら、どうでもよさそうに答えた。その反対側の手にはいちご牛乳のパックが握られていた。
「でも、ギューだよ? あたしの家じゃ、いつも鶏か豚なんですけど? ギューなんて、年に数回しか出ないんですけど!」
そのギューの肉を遠慮なくほおばりながら、あかねは早口でまくし立てる。その口から米粒が飛んでくる。
「灯美、なんでこんないい弁当、食べないの? 母の愛の手料理じゃん?」
「母の愛の手料理? 気持ち悪いこといわないでよ。あんなの赤の他人だもん」
「ふーん? まあ、おかげであたしは、毎日おいしいお弁当が食べられて、昼食代も浮くからいいんだけどさあ」
と、言葉とは裏腹に、あかねは何か物言いたげだった。
「とにかく、私はあの人が、家で母親面して居座ってるのが許せないの! 私のお母さんはこの世にたった一人だもん! あんな人じゃないもん!」
灯美はそう叫ぶと、いちご牛乳を勢いよくストローで喉に流し込んだ。そして、むせた。あかねは笑った。
そう、灯美の本当の母親は今から二年前に他界していた。そして、今一緒に暮らしているのは、父の再婚相手だった。再婚したのは今から一年前だ。灯美からしてみれば、たった一年で新しい母ができたのである。当然、すんなり許容できるものではなかった。さらに、半年前、急に父の転勤が決まり、単身赴任という形で別居することになって、その義理の母親と二人だけで暮らすことになった。灯美にとっては、居心地が悪いことこの上なかった。
「そりゃー、灯美の気持ちもわかるよ? でもさー、新ママはなんも悪くないじゃん? ただ子持ちの男と結婚しただけだし、灯美のために精一杯がんばってるっぽいじゃん? このお弁当とかさ。灯美もちょっとはデレてあげてもいいんじゃないの?」
「そんなのわたしは別に頼んでないもん。あいつが勝手にやってることだもん。きっと私の気持ちなんか全然考えてないんだわ」
灯美は頑固そのものだった。あんな女、誰が母親として認めてやるもんかという気持ちでいっぱいだった。
やがて昼食を食べ終えると、灯美はあかねから弁当箱を回収し「じゃ、私はこのまま早退するから」と言った。
「早退? なにそれ? まさか具合悪いの?」
「別に。これからあいつと病院に行かなくちゃいけないの。いつもの、この体の検査よ」
「ふーん? 新ママと仲良く一緒に病院かあ」
と、あかねはふとにやりと笑った。
「灯美って口ではあれこれ言ってるけど、意外と新ママのこと頼りにしてるんじゃないの?」
「ば、ばか言わないで! あくまでこの体を治すためよ! 本当はあいつと一緒になんて行きたいわけないじゃない! でも、あいつのツテでいい先生が見つかったっていうから、それで……」
「はは、いいって。そんなに顔真っ赤にして否定しなくても」
あかねはやはり笑うばかりだった。そして、ふいにしみじみとした感じでこう言った。
「灯美ってさ、見た目はいかにもお嬢様タイプの、大人っぽい美少女だけど、実際、中身は全然そうじゃないよね。なんか、めっちゃお子様メンタル」
「な、なによ、それ!」
「いや、別にあたしはバカにして言ってるわけじゃないよ? 灯美のそういうところ、すごくかわいいなーって」
「うそ。絶対ばかにしてるでしょ」
むっとした顔であかねをにらむと、灯美はそのまますたすたとその場を離れた。
こんな体になってからいつもそうだ。クラス全体が、彼女に対してよそよそしい。まるで腫れ物にさわるような扱いだ。灯美はさわやかに晴れた朝だというのに、暗い気持ちになってきた。
だが、一人だけ、彼女に対する態度が違う女子生徒がいた。
「おはよー、灯美。相変わらず暑苦しい格好だねえ。冬を先取りしすぎだっての」
灯美のクラスメート、藤川あかねだった。やや小柄で、髪型はショートボブ、おとなしそうな外見の灯美とは違い、快活そうな雰囲気の少女だった。
「おはよう、あかね。あんたも相変わらずうるさいわね」
そんな彼女と言葉をかわして、灯美はとたんに気持ちが楽になった。今年で高校二年生になる灯美だったが、あかねとは一年のときから同じクラスで、なんでもよく話し合える仲だった。灯美が今の体質になっても、彼女だけは今までどおり接してくれた。気の置けない、親友と言ってよかった。
やがて、昼休みになり、二人は教室を出て、校舎裏の花壇の前のベンチで一緒に昼食をとった。二人がいつも昼食を食べる場所だった。
「あ、今日のお弁当もマジうまーい。灯美のお母さん、料理天才じゃね?」
と、あかねは自分のひざの上に置かれた弁当箱から次々におかずを口に放りながら言う。
「この肉とか、牛じゃん? ギューじゃん? 灯美、家では毎日こんないい肉食べてるの?」
「別に。あんなやつの作った料理なんて、私、食べないし」
灯美は学食で買ったサンドイッチをほおばりながら、どうでもよさそうに答えた。その反対側の手にはいちご牛乳のパックが握られていた。
「でも、ギューだよ? あたしの家じゃ、いつも鶏か豚なんですけど? ギューなんて、年に数回しか出ないんですけど!」
そのギューの肉を遠慮なくほおばりながら、あかねは早口でまくし立てる。その口から米粒が飛んでくる。
「灯美、なんでこんないい弁当、食べないの? 母の愛の手料理じゃん?」
「母の愛の手料理? 気持ち悪いこといわないでよ。あんなの赤の他人だもん」
「ふーん? まあ、おかげであたしは、毎日おいしいお弁当が食べられて、昼食代も浮くからいいんだけどさあ」
と、言葉とは裏腹に、あかねは何か物言いたげだった。
「とにかく、私はあの人が、家で母親面して居座ってるのが許せないの! 私のお母さんはこの世にたった一人だもん! あんな人じゃないもん!」
灯美はそう叫ぶと、いちご牛乳を勢いよくストローで喉に流し込んだ。そして、むせた。あかねは笑った。
そう、灯美の本当の母親は今から二年前に他界していた。そして、今一緒に暮らしているのは、父の再婚相手だった。再婚したのは今から一年前だ。灯美からしてみれば、たった一年で新しい母ができたのである。当然、すんなり許容できるものではなかった。さらに、半年前、急に父の転勤が決まり、単身赴任という形で別居することになって、その義理の母親と二人だけで暮らすことになった。灯美にとっては、居心地が悪いことこの上なかった。
「そりゃー、灯美の気持ちもわかるよ? でもさー、新ママはなんも悪くないじゃん? ただ子持ちの男と結婚しただけだし、灯美のために精一杯がんばってるっぽいじゃん? このお弁当とかさ。灯美もちょっとはデレてあげてもいいんじゃないの?」
「そんなのわたしは別に頼んでないもん。あいつが勝手にやってることだもん。きっと私の気持ちなんか全然考えてないんだわ」
灯美は頑固そのものだった。あんな女、誰が母親として認めてやるもんかという気持ちでいっぱいだった。
やがて昼食を食べ終えると、灯美はあかねから弁当箱を回収し「じゃ、私はこのまま早退するから」と言った。
「早退? なにそれ? まさか具合悪いの?」
「別に。これからあいつと病院に行かなくちゃいけないの。いつもの、この体の検査よ」
「ふーん? 新ママと仲良く一緒に病院かあ」
と、あかねはふとにやりと笑った。
「灯美って口ではあれこれ言ってるけど、意外と新ママのこと頼りにしてるんじゃないの?」
「ば、ばか言わないで! あくまでこの体を治すためよ! 本当はあいつと一緒になんて行きたいわけないじゃない! でも、あいつのツテでいい先生が見つかったっていうから、それで……」
「はは、いいって。そんなに顔真っ赤にして否定しなくても」
あかねはやはり笑うばかりだった。そして、ふいにしみじみとした感じでこう言った。
「灯美ってさ、見た目はいかにもお嬢様タイプの、大人っぽい美少女だけど、実際、中身は全然そうじゃないよね。なんか、めっちゃお子様メンタル」
「な、なによ、それ!」
「いや、別にあたしはバカにして言ってるわけじゃないよ? 灯美のそういうところ、すごくかわいいなーって」
「うそ。絶対ばかにしてるでしょ」
むっとした顔であかねをにらむと、灯美はそのまますたすたとその場を離れた。
0
あなたにおすすめの小説
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末
松風勇水(松 勇)
歴史・時代
旧題:剣客居酒屋 草間の陰
第9回歴史・時代小説大賞「読めばお腹がすく江戸グルメ賞」受賞作。
本作は『剣客居酒屋 草間の陰』から『剣客居酒屋草間 江戸本所料理人始末』と改題いたしました。
2025年11月28書籍刊行。
なお、レンタル部分は修正した書籍と同様のものとなっておりますが、一部の描写が割愛されたため、後続の話とは繋がりが悪くなっております。ご了承ください。
酒と肴と剣と闇
江戸情緒を添えて
江戸は本所にある居酒屋『草間』。
美味い肴が食えるということで有名なこの店の主人は、絶世の色男にして、無双の剣客でもある。
自分のことをほとんど話さないこの男、冬吉には実は隠された壮絶な過去があった。
多くの江戸の人々と関わり、その舌を満足させながら、剣の腕でも人々を救う。
その慌し日々の中で、己の過去と江戸の闇に巣食う者たちとの浅からぬ因縁に気付いていく。
店の奉公人や常連客と共に江戸を救う、包丁人にして剣客、冬吉の物語。
与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
不倫妻への鎮魂歌 ―サレ夫が選んだ、最も残酷で静かな復讐―
MisakiNonagase
大衆娯楽
「サレ夫、再生。不倫妻、転落。──その代償は、あまりに重い。」
「嘘で塗り固めた20年より、真実で歩む明日がいい。」
失って初めて気づく、守られていた日々の輝き。
46歳の美香にとって、誠実な夫と二人の息子に囲まれた生活は、退屈で窮屈な「檻」だった。若い男からの甘い誘惑に、彼女は20年の歳月を投げ打って飛び込んだ。 しかし、彼女が捨てたのは「檻」ではなく「聖域」だったのだ。 不倫、発覚、離婚、そして孤独。 かつての「美しい奥様」が、厚化粧で場末のスナックのカウンターに立つまでの足取りと、傷つきながらも真実の幸福を掴み取っていく夫・徹の再生を描く。 家族とは何か、誠実さとは何か。一通の離婚届が、二人の人生を光と影に分かつ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる