嘘つきカウンセラーの饒舌推理

真木ハヌイ

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1章 嘘つきはカウンセリングの始まり

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 そのいかがわしい男の部屋は、灯美の通う高校からすぐ近くの繁華街の一角の、古びたビルの三階にあった。灯美はビルを出ると、そこからまっすぐ最寄の駅まで歩き、電車に乗って自宅に帰った。駅から十五分ほど歩いたところにある、閑静な住宅街の中にある二階建ての一軒家だ。彼女が家の玄関を開けたとき、すでに時刻は午後十一時を過ぎていた。

 だが、そんな遅い時間にもかかわらず、彼女の母はキッチンの前の食卓に腰掛けて、彼女の帰宅を待っていた様子だった。食卓には夕食のおかずが並んでいた。二人ぶんで、どの皿も手付かずだ。そう、明らかに母は、自分の夕食を食べずに灯美の帰りを待っていた様子だった。ずっと。こんな時間まで。

「灯美、遅かったわね。どこかに寄っていたの? 遅くなるなら、あらかじめうちに電話してくれればよかったのに。お母さん、もしかして灯美に何かあったんじゃないかって、だんだん心配になってきちゃったわ」

 母は、十一時半という遅すぎる帰宅に腹を立てることもなく、ただほっとしたように灯美に微笑みかけるだけだった。歳は三十六だ。小太りのふっくらとした体型に、短い髪を淡い栗色に染めた、人のよさそうな顔立ちの女だ。ただ、その目鼻立ちや背格好は灯美とはあまり似ていなかった。

「なによ? まさか、自分の夕食にも手をつけないで、ずっとそこで私の帰りを待っていたの? こんな時間まで? ばっかみたい」

 灯美はそんな母の顔を見ると、いらだちをおさえられなかった。どうして、この人はいつもこうなんだろう。わざとらしいくらいに、自分のほうに歩み寄ってくる。うそ臭い笑顔とともに。まさかそんなんで、私の母親になった気持ちでいるのかしら?

「ご飯なんて、いらない。私、おなかすいてないし」

 吐き捨てるような口調で母にそう言うと、灯美はすぐに二階の自分の部屋に向かった。実際、帰りの電車の中でお菓子を食べていたので、空腹感はなかった。

 部屋で制服を脱ぐと、彼女は一階に戻り、風呂に入った。湯船に沈み、熱い湯に肩までつかると、次第にいらいらとした気持ちが薄らいでいくようだった。

 だが、その代わりのように、今度は憂鬱さがこみあげてきた。彼女は今、素っ裸だ。当然、その肌は余すところなくあらわになっている。そう、首から下が、重い灰色に変色した体が……。

 どうして、こんな体になっちゃったんだろう。

 湯に顔を鼻まで浸し、ぷくぷくと口から泡を出しながら、灯美はぼんやり考えた。今までどこの病院に行っても、どんな検査をされても、原因がわからない、治しようがないと言われた。だから、きっと一生このままなのだ。

 やっぱり、あんなこと、しなきゃよかったのかも……。

 湯から顔を出し、湯船のへりにもたれかかりながら、彼女は今度は自分の首をさわった。彼女の肌の、灰色の部分とそうでない部分の境界はそこにあり、ちょうど首の半ばで水平に線が引かれたようになっていた。そして、その境界の線は少し盛り上がっており、指で触っても位置を確かめられた。

 でも、あれは本気じゃなかった。ちょっとあいつを驚かしてやろうと思って……。だから、わざと失敗するように紐に切れ込みを入れていたのに、なんで……。

 後悔の気持ちをかき消すように、言い訳の言葉が次々と彼女の胸のうちにあふれてきた。だが、それで、憂鬱な気持ちが晴れるはずはなかった。

 と、そこで風呂場のすぐ外、脱衣所のほうから声がした。

「灯美、明日は学校を午前中で早退しなさい。一緒に病院に行くわよ」

 それは母の声だった。

「病院? また?」

 母の声にまたむっとしながらも、一応は答える灯美だった。

「そうよ。知り合いに評判のいい先生を教えてもらったの。少し遠いけど、しっかりした、大きな大学病院の先生よ。きっと、あなたの体も治してもらえるわよ」
「ふうん……」

 新しい医者にみせたって、どうせまた原因がわからない、治せないと言われるだけなんだろう。そうは思ったが、やはり灯美はまだ諦めきれないものがあった。今は、例え一縷の望みでもすがるしかない状態だったのだ。

「わかったわ。明日、昼過ぎにすぐに家に帰ってくればいいのね」
「ええ。学校には私から電話しておくから」

 母はそれだけ言うと、すぐにそこを去っていった。
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