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1章 嘘つきはカウンセリングの始まり
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「僕の部屋を見つけられるのは、いつだって、僕を必要としている人だけです。でも、実のところ、あなたは少しばかり違うのです。ちょうど今、僕はあなたのような人の力を必要としていましてね。それがあなたがここにたどり着いた理由というわけなのです」
その男は、開口一番にこう言った。そう、文崎灯美《あやさき・ともみ》が扉を開けて部屋に入ってきたとたん、そう言った。まるで、彼女の来訪を待ち構えていたかのように。
その部屋は十畳くらいの広さだった。床はリノリウム張りでどこぞのオフィスのような内装だったが、事務机は扉の向かいに一つしかなかった。そして、そこに一人の男が腰掛けていた。白衣を着た、やせぎすの男だ。髪は白髪まじりで、短く、顔立ちは端正だが、目の下には濃いクマがあり、いかにも不健康そうな雰囲気だ。何より、年齢がよくわからない。二十代そこそこのようにも見えて、こけた頬や白髪などを加味すると三十代半ばにも見えた。
「あ、あの、ここは悩みを解決してくれるところだって、これに書いてあったんですけど」
灯美は男のどこか非日常的な風姿と言葉にいくぶん戸惑いながらも、携えていたカバンからポケットティッシュを取り出し、男に見せた。広告の紙が入ったポケットティッシュだ。そこには「あなたのお悩み、解決します。まずはお気軽にご相談を。ウロマ・カウンセリングルーム」と書かれていた。
そして、それを掲げる彼女は、女子高生なのだろう、こげ茶色のブレザーの制服姿だった。髪は長く、ストレートで肩から腰に流している。目鼻立ちは可憐で、美少女とも言ってもよかった。だが、その服装はいくらか異常さがあった。まだ九月だというのに、彼女は手袋をし、マフラーをしていたのだ。さらに、黒いタイツをはいていた。まるで、肌を少しでも露出したくないという感じの格好だ。
「そうそう。あなたは何か悩んで、悩みぬいたあげく、こんないかがわしいところまでやってきたってわけなんですよね?」
男は灯美が掲げたポケットティッシュを一瞥すると、にやりと笑った。自分でいかがわしいって言うなんて……。灯美の中にたちまち不安な気持ちがたちこめた。大丈夫かな、この人。
だがそれは、彼女が抱える、彼女自身の悩みを解決したいという気持ちをかき消すほどではなかった。
「あの、これ……見てください」
灯美はおずおずと左手の手袋をはずし、男に見せた。
手袋の下から現れた肌は、灰色だった。そう、彼女の健康的な顔の色とは違い、まるで曇天の空のような重い灰色だったのだ。
「肌の色が変でしょう? これ、どこの病院に行っても治らなくて。それで――」
「はは、こんなのはたいした問題じゃあ、ない」
深刻そうに切り出す灯美を、男は鼻で笑った。
「病状としては、軽い軽い。実に軽い。軽症もいいところです。本来なら、あなたはここに来る資格がないってくらいに、ね」
「け、軽症って……」
けらけらと笑う男に、灯美はむっとせずにはいられなかった。
「ばかにしないでください! これでもいろんな病院に行ったんです! でも、全然肌の色が戻らなくて、治す方法がわからないってお医者さんにも言われたんですよ!」
「そうでしょうか? 僕には簡単に治せそうなものに見えますけどね」
男はふと鋭く目を光らせ、灯美を見つめた。
「だいたい、肌の色が灰色に変わったからって、何の害があるっていうのでしょう? むしろちょっとした個性じゃないでしょうか? これからは、そういう面白人間としてご自分をプロデュースしていく方向に生き方を変えても、別にいいんじゃないでしょうか」
「からかわないでください! 私は真剣に悩んでいるんですよ!」
灯美はいよいよ怒りで血が沸騰しそうだった。
「まあまあ。そうカッカしなくても。つまり僕が言いたいのは、あなたはそう深刻な状態でもないし、その肌を治したいのならわりとすぐ治せるわけだし、本来ならここに来れる立場でもないわけなんだけれども、例外として僕はちょうど今、あなたのような人間を必要としているから、あなたは僕の前に現れたというわけでして――」
「もういいです。私、帰ります」
話にならない。時間の無駄だ。灯美はただちにその男に見切りをつけ、扉の外に出て、そこを後にした。後ろから「おーい」と男の呼び止める声が聞こえてきたが、もちろん無視だった。
その男は、開口一番にこう言った。そう、文崎灯美《あやさき・ともみ》が扉を開けて部屋に入ってきたとたん、そう言った。まるで、彼女の来訪を待ち構えていたかのように。
その部屋は十畳くらいの広さだった。床はリノリウム張りでどこぞのオフィスのような内装だったが、事務机は扉の向かいに一つしかなかった。そして、そこに一人の男が腰掛けていた。白衣を着た、やせぎすの男だ。髪は白髪まじりで、短く、顔立ちは端正だが、目の下には濃いクマがあり、いかにも不健康そうな雰囲気だ。何より、年齢がよくわからない。二十代そこそこのようにも見えて、こけた頬や白髪などを加味すると三十代半ばにも見えた。
「あ、あの、ここは悩みを解決してくれるところだって、これに書いてあったんですけど」
灯美は男のどこか非日常的な風姿と言葉にいくぶん戸惑いながらも、携えていたカバンからポケットティッシュを取り出し、男に見せた。広告の紙が入ったポケットティッシュだ。そこには「あなたのお悩み、解決します。まずはお気軽にご相談を。ウロマ・カウンセリングルーム」と書かれていた。
そして、それを掲げる彼女は、女子高生なのだろう、こげ茶色のブレザーの制服姿だった。髪は長く、ストレートで肩から腰に流している。目鼻立ちは可憐で、美少女とも言ってもよかった。だが、その服装はいくらか異常さがあった。まだ九月だというのに、彼女は手袋をし、マフラーをしていたのだ。さらに、黒いタイツをはいていた。まるで、肌を少しでも露出したくないという感じの格好だ。
「そうそう。あなたは何か悩んで、悩みぬいたあげく、こんないかがわしいところまでやってきたってわけなんですよね?」
男は灯美が掲げたポケットティッシュを一瞥すると、にやりと笑った。自分でいかがわしいって言うなんて……。灯美の中にたちまち不安な気持ちがたちこめた。大丈夫かな、この人。
だがそれは、彼女が抱える、彼女自身の悩みを解決したいという気持ちをかき消すほどではなかった。
「あの、これ……見てください」
灯美はおずおずと左手の手袋をはずし、男に見せた。
手袋の下から現れた肌は、灰色だった。そう、彼女の健康的な顔の色とは違い、まるで曇天の空のような重い灰色だったのだ。
「肌の色が変でしょう? これ、どこの病院に行っても治らなくて。それで――」
「はは、こんなのはたいした問題じゃあ、ない」
深刻そうに切り出す灯美を、男は鼻で笑った。
「病状としては、軽い軽い。実に軽い。軽症もいいところです。本来なら、あなたはここに来る資格がないってくらいに、ね」
「け、軽症って……」
けらけらと笑う男に、灯美はむっとせずにはいられなかった。
「ばかにしないでください! これでもいろんな病院に行ったんです! でも、全然肌の色が戻らなくて、治す方法がわからないってお医者さんにも言われたんですよ!」
「そうでしょうか? 僕には簡単に治せそうなものに見えますけどね」
男はふと鋭く目を光らせ、灯美を見つめた。
「だいたい、肌の色が灰色に変わったからって、何の害があるっていうのでしょう? むしろちょっとした個性じゃないでしょうか? これからは、そういう面白人間としてご自分をプロデュースしていく方向に生き方を変えても、別にいいんじゃないでしょうか」
「からかわないでください! 私は真剣に悩んでいるんですよ!」
灯美はいよいよ怒りで血が沸騰しそうだった。
「まあまあ。そうカッカしなくても。つまり僕が言いたいのは、あなたはそう深刻な状態でもないし、その肌を治したいのならわりとすぐ治せるわけだし、本来ならここに来れる立場でもないわけなんだけれども、例外として僕はちょうど今、あなたのような人間を必要としているから、あなたは僕の前に現れたというわけでして――」
「もういいです。私、帰ります」
話にならない。時間の無駄だ。灯美はただちにその男に見切りをつけ、扉の外に出て、そこを後にした。後ろから「おーい」と男の呼び止める声が聞こえてきたが、もちろん無視だった。
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