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1章 嘘つきはカウンセリングの始まり
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「あいつは少なくとも実在する人間ってわけね……」
とっさにコンビニのガラスに近づき、さらに店の中のその男の様子をうかがった。男はまさにレジで会計をすませているところだった。かごの中には、緑や青や白の、小さな板切れのような商品が山盛りに入っている。何だろう、さらにさらに注意して見てみると、それはどうやら、錠菓の山のようだった。そう、丸い小さな錠剤みたいなやつで、口に入れるとスーッとするアレだ。あんなの大量に買って、どうするつもりなんだろう。まさか、全部自分で食べるのだろうか。
やがて男はコンビニから出てきた。錠菓がいっぱいに入ったレジ袋を携えて。灯美はすかさず男に近づいた。
「ちょっと、あんた、そんなのたくさん買っていったいどうするつもり?」
と、男に浴びせた第一声はそれだった。他にもっと言わなくてはならないことがあったはずだったが、思わず聞かずにはいられなかった。
「そりゃあもちろん、食べるに決まってるじゃないですか」
と、男はそんな灯美の突然の問いかけに動じる様子もなく、にっこり笑ってこう答えた。そして、レジ袋の中からおもむろに錠菓を一つ取り出し、開封して、中身の一つを口に放り込んだ。灯美に向かって、これ見よがしに。
「そ、そんなの、わかるわよ! お菓子なんだから、食べるに決まってるでしょ!」
男のストレートすぎる返答とリアクションに、灯美はまた思わず、声を震わせ叫んでしまった。違う。聞きたいのはそういうことじゃなくて。その異常な量についてだ――じゃなくて! そう、そんなことはこの際、どうでもいい。何のために、わざわざ電車に乗ってここまで来たのかという話だ。
「それより、あんた! 昨日私に言ったこと、覚えてるでしょうね!」
「はて? どちら様でしたっけ?」
と、男は不思議そうに小首をかしげた。妙に白々しい仕草だった。
「昨日の今日で何言ってるのよ! 私のこの体のことよ!」
灯美は男の目の前で右手を掲げ、左手で手袋を外して、見せた。灰色に変色した右手の地肌があらわになった。
「ああ、はい。そのステキカラーのお肌のことですね」
男はまた白々しく思い出したふうを装って言った。
「あんたはきのう、私にこう言ったわ。これはすぐ治せるものだって」
「はい、まったくその通りですよ」
「そんなわけないじゃない!」
男があまりにけろっと答えるので、灯美はついこう叫んでしまった。今日だって、病院に行って、治すのは難しいと言われてきたばかりなのに。
「信じる、信じないはあなたの自由ですが、それはそうと、なんであなたはこんなところにいるのでしょうか?」
「え」
「なんだか僕を探して、あちこち歩き回っていたような雰囲気ですよね?」
「そ、それは――」
しまった。いきなり男の言葉を頭ごなしに全否定してしまった手前、藁にもすがる気持ちで探していたなんて言えなくなってしまった。
「あ、あなたが昨日、私にあまりに失礼なことを言うから、改めて文句を言おうと思っていただけよ! どうせ今日は暇だし……」
「そうですか。文句ですか。まあ、せっかくだから話は聞きますよ。ここでまた会ったのも何かのご縁ですからね。ただ――ここで立ち話もなんですね」
と、男は灯美に目配せすると、ふいに歩道を歩き始めた。場所を変えて話をしようということだろうか。とりあえず、灯美は男についていった。人気のない場所や、あやしい場所に誘導しようとするなら、すぐに逃げるつもりで。
だが、男が彼女を導いた先は、とある古びたビルだった。そう、昨日灯美が足を運んだ場所である。
あれ? さっきは全然見つからなかったのに……?
男の後をつけていく形でビルに入りながら、灯美は不思議に思わずにはいられなかった。どこかで道を間違えていたのだろうか。
「昨日も言いましたが、ここは、本当に僕の力を必要としている人しか、見つけられないところなんですよ」
「見つけられない?」
なんだかひどくひっかかる言い回しだ。まるで選ばれた人間にしか見えない場所のような。駅前で配っていたティッシュの広告にここの場所か書かれていたというのに――いや、あれは今日見たら美容室の割引券になっていたんだっけ……。
灯美はそこでふと気になり、かばんからそれを取り出した。すると、そこにはさまっている広告の紙は、今度は美容室の割引券ではなくなっていた。そう、今ははっきりとこう書かれているのだ。「あなたのお悩み、解決します。まずはお気軽にご相談を。ウロマ・カウンセリングルーム」と……。
「ど、どういうことなの? ここって一体――」
驚きのあまり、こう口走らずにはいられない灯美だったが、
「僕が言ったとおりですよ。必要のない人は、ここには来れない。ここにはたどりつけない、それだけのことなんです」
男は実に平静そのものだった。錠菓をまた一つ口に放り込みながら答えた。
やがて、二人は階段を上り、三階についた。そこにはやはり、灯美には見覚えのある扉があった。古い木製のドアで、「虚間鷹彦カウンセリングルーム」とだけ書かれたプレートが貼られている。
「これってもしかして、あんたの名前?」
「ええ、はじめまして、僕は虚間鷹彦《うろま・たかひこ》という者です」
「ふうん。ちゃんと漢字で苗字と名前がある人間なのね、一応」
胡散臭さマックスだけど。灯美はそのままウロマとともに中に入った。
とっさにコンビニのガラスに近づき、さらに店の中のその男の様子をうかがった。男はまさにレジで会計をすませているところだった。かごの中には、緑や青や白の、小さな板切れのような商品が山盛りに入っている。何だろう、さらにさらに注意して見てみると、それはどうやら、錠菓の山のようだった。そう、丸い小さな錠剤みたいなやつで、口に入れるとスーッとするアレだ。あんなの大量に買って、どうするつもりなんだろう。まさか、全部自分で食べるのだろうか。
やがて男はコンビニから出てきた。錠菓がいっぱいに入ったレジ袋を携えて。灯美はすかさず男に近づいた。
「ちょっと、あんた、そんなのたくさん買っていったいどうするつもり?」
と、男に浴びせた第一声はそれだった。他にもっと言わなくてはならないことがあったはずだったが、思わず聞かずにはいられなかった。
「そりゃあもちろん、食べるに決まってるじゃないですか」
と、男はそんな灯美の突然の問いかけに動じる様子もなく、にっこり笑ってこう答えた。そして、レジ袋の中からおもむろに錠菓を一つ取り出し、開封して、中身の一つを口に放り込んだ。灯美に向かって、これ見よがしに。
「そ、そんなの、わかるわよ! お菓子なんだから、食べるに決まってるでしょ!」
男のストレートすぎる返答とリアクションに、灯美はまた思わず、声を震わせ叫んでしまった。違う。聞きたいのはそういうことじゃなくて。その異常な量についてだ――じゃなくて! そう、そんなことはこの際、どうでもいい。何のために、わざわざ電車に乗ってここまで来たのかという話だ。
「それより、あんた! 昨日私に言ったこと、覚えてるでしょうね!」
「はて? どちら様でしたっけ?」
と、男は不思議そうに小首をかしげた。妙に白々しい仕草だった。
「昨日の今日で何言ってるのよ! 私のこの体のことよ!」
灯美は男の目の前で右手を掲げ、左手で手袋を外して、見せた。灰色に変色した右手の地肌があらわになった。
「ああ、はい。そのステキカラーのお肌のことですね」
男はまた白々しく思い出したふうを装って言った。
「あんたはきのう、私にこう言ったわ。これはすぐ治せるものだって」
「はい、まったくその通りですよ」
「そんなわけないじゃない!」
男があまりにけろっと答えるので、灯美はついこう叫んでしまった。今日だって、病院に行って、治すのは難しいと言われてきたばかりなのに。
「信じる、信じないはあなたの自由ですが、それはそうと、なんであなたはこんなところにいるのでしょうか?」
「え」
「なんだか僕を探して、あちこち歩き回っていたような雰囲気ですよね?」
「そ、それは――」
しまった。いきなり男の言葉を頭ごなしに全否定してしまった手前、藁にもすがる気持ちで探していたなんて言えなくなってしまった。
「あ、あなたが昨日、私にあまりに失礼なことを言うから、改めて文句を言おうと思っていただけよ! どうせ今日は暇だし……」
「そうですか。文句ですか。まあ、せっかくだから話は聞きますよ。ここでまた会ったのも何かのご縁ですからね。ただ――ここで立ち話もなんですね」
と、男は灯美に目配せすると、ふいに歩道を歩き始めた。場所を変えて話をしようということだろうか。とりあえず、灯美は男についていった。人気のない場所や、あやしい場所に誘導しようとするなら、すぐに逃げるつもりで。
だが、男が彼女を導いた先は、とある古びたビルだった。そう、昨日灯美が足を運んだ場所である。
あれ? さっきは全然見つからなかったのに……?
男の後をつけていく形でビルに入りながら、灯美は不思議に思わずにはいられなかった。どこかで道を間違えていたのだろうか。
「昨日も言いましたが、ここは、本当に僕の力を必要としている人しか、見つけられないところなんですよ」
「見つけられない?」
なんだかひどくひっかかる言い回しだ。まるで選ばれた人間にしか見えない場所のような。駅前で配っていたティッシュの広告にここの場所か書かれていたというのに――いや、あれは今日見たら美容室の割引券になっていたんだっけ……。
灯美はそこでふと気になり、かばんからそれを取り出した。すると、そこにはさまっている広告の紙は、今度は美容室の割引券ではなくなっていた。そう、今ははっきりとこう書かれているのだ。「あなたのお悩み、解決します。まずはお気軽にご相談を。ウロマ・カウンセリングルーム」と……。
「ど、どういうことなの? ここって一体――」
驚きのあまり、こう口走らずにはいられない灯美だったが、
「僕が言ったとおりですよ。必要のない人は、ここには来れない。ここにはたどりつけない、それだけのことなんです」
男は実に平静そのものだった。錠菓をまた一つ口に放り込みながら答えた。
やがて、二人は階段を上り、三階についた。そこにはやはり、灯美には見覚えのある扉があった。古い木製のドアで、「虚間鷹彦カウンセリングルーム」とだけ書かれたプレートが貼られている。
「これってもしかして、あんたの名前?」
「ええ、はじめまして、僕は虚間鷹彦《うろま・たかひこ》という者です」
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