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1章 嘘つきはカウンセリングの始まり
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「いつのまに! 泥棒なの、あんた!」
「いえいえ。僕はさすがに女子高生のお財布の中身を狙うほど困窮してはいませんよ。お金なんてたいして入ってなさそうですしね。それより気になるのは、ここにみっちり、ぎっしり詰め込まれた、これですよ」
ウロマは灯美の財布から、何枚ものカードを取り出し、机の上に広げた。まるでマジシャンがトランプを広げて観客に見せ付けるように。見るとそれは、いろいろな病院の診察券だった。全て、灯美の名前が書かれているものだ。
「灯美さんは若いのに、こんなにたくさんの病院のお世話になったんですねえ」
「あんた、人の話聞いてなかったの? 言ったでしょ! 私はこの体を治すために、いろんな病院を回ってきたのよ!」
「一人で?」
「え?」
「これらの病院を、あなたはたった一人で回ったのですか?」
「そんなわけないじゃない。病院よ? 普通は――」
「そうですね。未成年の方は、普通は親御さんと一緒に行くものですよね。つまり、灯美さんも、同居されている、義理のお母さんと一緒に病院めぐりをされたわけなんですよね」
「あ、当たり前じゃない!」
と、威勢よく答えてみたが、灯美は内心、ウロマの質問が、ものすごく居心地が悪かった。病院に行くためとはいえ、あんな女に自分が頼っていたなんて、知られたくなかった。
だが、ウロマは直後、こんなことを言った。
「なるほど。全部わかりました。やっぱり、灯美さんは、ただ自分に嘘をついているだけなんですね。まるでほら吹き男爵――ミュンヒハウゼン症候群のようです」
「な、なによ、それ?」
「まあ、灯美さんの場合は、あくまでそれに近いというだけですが、児童虐待の原因の一つとして、代理って頭につくこともあるものなんです。そう、代理ミュンヒハウゼン症候群。自分の子供をわざと傷つけたり、病気にさせたりして、それをかいがいしく看病することで周囲に自分はよい親だとアピールする、非常に困った人たちのことを指します。そして、代理と頭につかない場合は、自分自身の体をわざと傷つけ、周囲にアピールすることになります。いわば、かわいそうな自分を見て!って、アピールですね。灯美さんの肌の色も、これと同じでしょう。おそらく、体がそのように異常な状態にあることで、あなたは誰かに構って欲しいのでしょうね」
「構って? わ、私が?」
灯美はぎょっとした。寝耳に水もいいところだ。
「何言ってるのよ! 私が誰に構って欲しがってるって言うのよ!」
「そりゃ、もちろん、一緒に暮らしている義理のお母さんですよ」
「ふざけないで!」
灯美は激怒した。いきなり何を言っているのだろうこの男は。
「ふざけていませんよ。さきほど話していただいた、あなたの行動は、まさにそうとしか考えられない。そう、あなたは口ではそのお母さんのことをずいぶん悪く言っているけれども、本当は甘えたくて甘えたくてしょーがないのです。だから、自殺の真似事なんてやらかして、気を引こうとしたのです」
「き、気を引こうとしたわけじゃ――」
ない、と言おうとしたが、そこで急に、灯美はそう言いきれるのか不安になってきた。
「お弁当の件にしても、あなたの行動は不自然です。本当に義理のお母さんが憎いと思っているのなら、お弁当なんて最初から受け取らなければいいのです。あるいは、受け取った後、中身をぽいっと捨てればいいのです。あなたは、どうしてそれができなかったのでしょう? もしかすると、そんなことをするのは、お弁当を作ってくれたお母さんに悪いという気持ちがあったんじゃないでしょうか?」
「そ、そんなのあるわけない!」
「では、どうしてあなたは憎いと思っているお母さんと一緒に病院めぐりをされているんですか? もう高校生なんだから、病院なんて、一人で行ってもいいでしょう?」
「それは――」
灯美は次第に息苦しくなってきた。この男、さっきから何、知った風な顔でデタラメを言っているのだろう。文句を言いたい気分だったが、口の中はカラカラに乾いて、舌はうまく動かず、反論の言葉が出てこない。
「灯美さん、あなたはやっぱり嘘つきです。本当の気持ちとは違うことを、周りにも、自分自身にも言っている。その体を治したいと言っている事なんて、まさにそうです。あなたのその灰色の体は、あなた自身が望んだものなのに」
「私が、こんな体になりたがって? バカ言わないで!」
「でも、あなたはそんな体になったおかげで、お母さんにずいぶん優しくしてもらってるでしょう?」
ウロマは目の前の診察券を数枚わしづかみにし、掲げた。
「これらの病院にあなたを伴って向かいながら、あなたのお母さんはどんな気持ちだったのか、想像にかたくないですね。きっと、藁をもすがる思いで、あなたをどうにか助けたいという気持ちで胸が一杯だったはずです。そして、あなたは間違いなくそれに気づいていながら、そういう現状にとても満足していたはずです。だから、どれだけ病院を回っても、あなたの体は治らなかったのです――」
「わ、私の気持ちと、この肌の色とどう関係があるっていうの!」
灯美は耐え切れなくなり、とっさに叫んだ。
「たとえ、あんたの言うとおり、私がこういう体を望んでいたとしても、そんなふうになるわけないじゃない! 心と体は別物よ! 心で願ったとおりに体が変化するわけないわ!」
「いいえ、実はそうでもないのですよ。心はしょせん、肉体という器に流れる電気信号でしかありません。ゆえに、両者は表裏一体とも言える、強い関係性があります。肉体を川に例えると、心はその流れる模様と考えるとわかりやすいでしょう。冬になり、川が凍れば、その流れも停滞します。人間の体と心にだってまったく同じことが言えます。肉体に死が訪れ、その生命活動が停止すれば、精神をかたどっていたシナプス間の神経伝達物質の往来もまた失われるということなのですから」
「は、はあ?」
人の精神の本質が電気信号なのか、神経伝達物質なのか、せめて統一して欲しいものだと、灯美はぼんやり思う。
「いえいえ。僕はさすがに女子高生のお財布の中身を狙うほど困窮してはいませんよ。お金なんてたいして入ってなさそうですしね。それより気になるのは、ここにみっちり、ぎっしり詰め込まれた、これですよ」
ウロマは灯美の財布から、何枚ものカードを取り出し、机の上に広げた。まるでマジシャンがトランプを広げて観客に見せ付けるように。見るとそれは、いろいろな病院の診察券だった。全て、灯美の名前が書かれているものだ。
「灯美さんは若いのに、こんなにたくさんの病院のお世話になったんですねえ」
「あんた、人の話聞いてなかったの? 言ったでしょ! 私はこの体を治すために、いろんな病院を回ってきたのよ!」
「一人で?」
「え?」
「これらの病院を、あなたはたった一人で回ったのですか?」
「そんなわけないじゃない。病院よ? 普通は――」
「そうですね。未成年の方は、普通は親御さんと一緒に行くものですよね。つまり、灯美さんも、同居されている、義理のお母さんと一緒に病院めぐりをされたわけなんですよね」
「あ、当たり前じゃない!」
と、威勢よく答えてみたが、灯美は内心、ウロマの質問が、ものすごく居心地が悪かった。病院に行くためとはいえ、あんな女に自分が頼っていたなんて、知られたくなかった。
だが、ウロマは直後、こんなことを言った。
「なるほど。全部わかりました。やっぱり、灯美さんは、ただ自分に嘘をついているだけなんですね。まるでほら吹き男爵――ミュンヒハウゼン症候群のようです」
「な、なによ、それ?」
「まあ、灯美さんの場合は、あくまでそれに近いというだけですが、児童虐待の原因の一つとして、代理って頭につくこともあるものなんです。そう、代理ミュンヒハウゼン症候群。自分の子供をわざと傷つけたり、病気にさせたりして、それをかいがいしく看病することで周囲に自分はよい親だとアピールする、非常に困った人たちのことを指します。そして、代理と頭につかない場合は、自分自身の体をわざと傷つけ、周囲にアピールすることになります。いわば、かわいそうな自分を見て!って、アピールですね。灯美さんの肌の色も、これと同じでしょう。おそらく、体がそのように異常な状態にあることで、あなたは誰かに構って欲しいのでしょうね」
「構って? わ、私が?」
灯美はぎょっとした。寝耳に水もいいところだ。
「何言ってるのよ! 私が誰に構って欲しがってるって言うのよ!」
「そりゃ、もちろん、一緒に暮らしている義理のお母さんですよ」
「ふざけないで!」
灯美は激怒した。いきなり何を言っているのだろうこの男は。
「ふざけていませんよ。さきほど話していただいた、あなたの行動は、まさにそうとしか考えられない。そう、あなたは口ではそのお母さんのことをずいぶん悪く言っているけれども、本当は甘えたくて甘えたくてしょーがないのです。だから、自殺の真似事なんてやらかして、気を引こうとしたのです」
「き、気を引こうとしたわけじゃ――」
ない、と言おうとしたが、そこで急に、灯美はそう言いきれるのか不安になってきた。
「お弁当の件にしても、あなたの行動は不自然です。本当に義理のお母さんが憎いと思っているのなら、お弁当なんて最初から受け取らなければいいのです。あるいは、受け取った後、中身をぽいっと捨てればいいのです。あなたは、どうしてそれができなかったのでしょう? もしかすると、そんなことをするのは、お弁当を作ってくれたお母さんに悪いという気持ちがあったんじゃないでしょうか?」
「そ、そんなのあるわけない!」
「では、どうしてあなたは憎いと思っているお母さんと一緒に病院めぐりをされているんですか? もう高校生なんだから、病院なんて、一人で行ってもいいでしょう?」
「それは――」
灯美は次第に息苦しくなってきた。この男、さっきから何、知った風な顔でデタラメを言っているのだろう。文句を言いたい気分だったが、口の中はカラカラに乾いて、舌はうまく動かず、反論の言葉が出てこない。
「灯美さん、あなたはやっぱり嘘つきです。本当の気持ちとは違うことを、周りにも、自分自身にも言っている。その体を治したいと言っている事なんて、まさにそうです。あなたのその灰色の体は、あなた自身が望んだものなのに」
「私が、こんな体になりたがって? バカ言わないで!」
「でも、あなたはそんな体になったおかげで、お母さんにずいぶん優しくしてもらってるでしょう?」
ウロマは目の前の診察券を数枚わしづかみにし、掲げた。
「これらの病院にあなたを伴って向かいながら、あなたのお母さんはどんな気持ちだったのか、想像にかたくないですね。きっと、藁をもすがる思いで、あなたをどうにか助けたいという気持ちで胸が一杯だったはずです。そして、あなたは間違いなくそれに気づいていながら、そういう現状にとても満足していたはずです。だから、どれだけ病院を回っても、あなたの体は治らなかったのです――」
「わ、私の気持ちと、この肌の色とどう関係があるっていうの!」
灯美は耐え切れなくなり、とっさに叫んだ。
「たとえ、あんたの言うとおり、私がこういう体を望んでいたとしても、そんなふうになるわけないじゃない! 心と体は別物よ! 心で願ったとおりに体が変化するわけないわ!」
「いいえ、実はそうでもないのですよ。心はしょせん、肉体という器に流れる電気信号でしかありません。ゆえに、両者は表裏一体とも言える、強い関係性があります。肉体を川に例えると、心はその流れる模様と考えるとわかりやすいでしょう。冬になり、川が凍れば、その流れも停滞します。人間の体と心にだってまったく同じことが言えます。肉体に死が訪れ、その生命活動が停止すれば、精神をかたどっていたシナプス間の神経伝達物質の往来もまた失われるということなのですから」
「は、はあ?」
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