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2章 ドノヴォン国立学院編

173 あったよ、証拠が!

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「アル、これはね、あたしが極秘に入手したロザンヌ側の捜査資料なの」
「ロザンヌ、だと……!」
「そう。あんた、ドノヴォンだけじゃなくて、ロザンヌでも指名手配されてるもんね」

 ぐうう。確かに! 俺様、二つの国をまたいで大暴れしちゃったからなあ。

「ドノヴォンとロザンヌは昔から犬猿の仲。だから今のところは、ハリセン仮面に関する捜査情報は両国では共有されていないの。ここに書かれている、ロザンヌ側の被害者たちの重要な証言もね」
「重要な証言?」
「この資料によると、ロザンヌ公国正規軍の被害者たちは、ハリセン仮面の持っていた剣が、ハリセンに変わる瞬間をはっきり目撃しているわ」
「な――」

 瞬間、俺はぎょっとした。そ、その情報はヤバイ!

「そしてさらに、ハリセン仮面が自らの剣に『ネム』と呼びかけるところも目撃されているわね」
「なん……だと……」

 やばいやばいやばい! 俺、マジで泥酔していて、暴れたときの記憶が飛んでたが、あのとき、ネムの名前、口に出してたんかーい!

「ハリセン仮面の持つ剣が瞬時にハリセンに形を変えたことから、ロザンヌ公国の当局は、すでにそれが魔剣の一種であるとかぎつけているわ。そして、今は全力で『ネム』という名前の魔剣を持つ、やたらと強い十代の少年を捜索してるところよ。いったい誰かしらね、そんな魔剣を持つ少年というのは?」
「だ、誰だろうなあ……はは……」

 ど、どうしたらいいんだ、俺? 少なくとも目の前のクソアマには、完全に証拠つかまれてる状態じゃん! 冷たい汗が滝のように額から頬に流れた。

「ま、まさか、お前はその魔剣を持つ少年が俺だと、ドノヴォンだかロザンヌだかにチクって懸賞金を手に入れるつもりなの?」
「当然でしょ」
「そ、それだけはマジで勘弁してください……」

 必死に頭を下げ、懇願した。俺ちゃん捕まったらマジで死刑だから、それだけはやめてあげてよぉ!

 と、俺がひたすらうろたえていると、

「アル、あんた何か勘違いしてるでしょ。あたしは別に、あんたを処刑台に送るつもりでこんな話をしているわけじゃないわよ?」

 あれ? クソアマがなんか、やさしいこと言ってるんだが?

「そもそも、ただハリセン仮面の正体をチクって懸賞金を手に入れるだけなら、あんたにこんな話する必要ないでしょ?」
「た、確かに……」

 俺に黙ってやりゃいい話だよな。こいつ、俺の居場所はGPS魔法でだいたい把握してたはずだし。

「まあ、懸賞金を独り占めってのも悪くない話だけど、さすがに昔の仲間のあんたを殺してまで手に入れるのも、寝覚めが悪いしね。だから、あんたとあたしで懸賞金を山分けしようって話よ」
「懸賞金を山分け? 意味わかんねえぞ? 俺が捕まったら、死刑になるんだから、お前と俺とで金を山分けなんてできっこないだろ」
「死刑になる前に脱獄すればいいでしょ」
「え」
「あんたなら余裕でできるわよね」
「言われてみれば……」

 捕まったからそこで人生終わりって話でもなかったな、俺? むしろ、どんな牢獄だって、余裕で脱出できる自信しかない。

「つまり、あたしの考えた計画はこうよ。まず、あたしが、この資料を持ってドノヴォンの警察に行き、ハリセン仮面はあんただとチクる。そして、あんたは逮捕され、あたしは懸賞金をゲット。そのあとは、あんたはあたしのサポートで脱獄。懸賞金を山分けして、それぞれ国外に逃亡……どう?」
「どうって……国外に逃げたらそれで終わりってわけでもないだろ。脱獄したら国際指名手配とかされるはずだし、俺、ずっと追われる身じゃねえか」
「大金が手に入るんだから、それで顔変えればいいでしょ。いい闇医者紹介してあげるわよ」
「え」
「声とか指紋とかも全部変えられるわよ。ま、それなりに費用はかかるけど」
「く、詳しいんだな、お前……」

 やべえな。こいつ、ナチュラルに裏社会に通じすぎて怖い。完全にカタギの思考じゃねえ。乳のない峰不二子か、てめえ。

「いやでも、俺だけ国外に逃げても……」

 近くで立ち尽くしているユリィのほうをチラっと見たら、

「わかってるわよ。ユリィもあんたと一緒に逃げられるようにしてあげるわよ」

 おおお! クソエルフのくせに、神サポート宣言してきた! 心が動いてしまいそうだ!

 いや、しかし、こいつの「儲け話」に乗るってことは、俺が凶悪犯のハリセン仮面であると、すべての人間にバラすことに他ならない。そんなことをしたら俺の未来はどうなるんだ? 脱獄して、国外に逃げて、顔やら声やら変えれば済む話じゃないだろう? 俺、ユリィと幸せな家庭を築くことを目指して、呪いを解くためのなんやかんやでこの学院に編入したんだぞ。それなのに、逮捕されたら、当然そのルートは絶たれてしまう……。

「言っておくけど、あんたがあたしの話に乗らないのなら、あたしは勝手に、あんたがハリセン仮面だって警察にチクって、懸賞金を独り占めするだけだからね?」
「ぐ……」

 もはや俺に選択肢はないとでも言いたいのか、このクソエルフ!

「い、いやでも、そんな敵国の捜査資料と、どこの馬の骨だかわからんお前様の発言で、ドノヴォンの警察が動くわけないんじゃないかなって……」
「確かに、これは決定的な証拠ってほどじゃないわね。ただの目撃証言だし。でも、そういう情報提供があったのなら、まずそれが本当かどうか調べるのが警察ってもんじゃないかしら。例えば、あんたが肌身離さず持ち歩いているであろう、ネムを押収し、魔科捜研で徹底的に調べるとかしてね」
「ま、魔科捜研とやらでネムを調べるだと……」

 それ、もしかして、俺的には限りなくアウトじゃない? だって、魔科捜研って響きがさあ。休日にリッツだかルヴァンだかでパーティーしてる超有能科学捜査官の女がいそうじゃない! その主人公補正バリバリ効いてる女科学捜査官の手にかかれば、ネムが持っている俺に関する情報、あっというまに洗いざらい引き出されそうじゃない!

 ぐ……かくなる上は、この場でこいつを消し――。

「言っておくけど、ここであたしを殺して、証拠を握りつぶそうとしても無駄よ」
「えっ」
「すでにドノヴォンとロザンヌは、ハリセン仮面の捜査情報を共有しようと交渉を始めてるわ。あんたが変な魔剣を持ってることは、どうせ周りにはもう知られてることなんでしょうし、この資料に書かれている情報がドノヴォンに渡った時点で、重要参考人として警察にマークされているあんたはネムを押収され調べられることになるでしょうね」
「ぐうう……」

 俺ちゃん、もう完全に尻に火がついて逃げられない状態になってるっぽい! このままこいつをここで「口封じ」しても、無駄っぽい……。

「つまり、アル。あんたは遅かれ早かれ、ハリセン仮面だってバレる運命ってわけ。だったら、一度逮捕された後に脱獄して、あたしと懸賞金を山分けして国外に逃げたほうが、だいぶお得でしょ?」
「た、確かに……」

 説得力しかなさそうな話だ。そう、どうせ近いうちに、俺はハリセン仮面だとバレちまう運命。だったらこいつの提案通り、金を手に入れ、美容整形でイケメンになって、ユリィとどこか遠くの国で暮らす未来のほうが……って、あれ? その肝心のユリィってば、さっきからずっと俺たちの話は「蚊帳の外」じゃない? 何も知らない状態じゃない?

「ちょっと待ってくれ、ティリセ。今の話、ちゃんとユリィにしておきたいんだが」
「そうね。ユリィは特に真面目ちゃんだし、あんたからきちんと話して説得しておいたほうがいいわね」

 ティリセはそこで音を遮断する術を解いたようだった。再び、鳥の鳴き声など、周りからの音が普通に聞こえてくるようになった。

「アル、あんたに一日時間をあげるわ。その間に、ユリィに本当のことを話して、今後のことを打ち合わせしておきなさい」

 ティリセは何も知らずにきょとんとしているユリィを一瞥すると、また早変わりで制服を着なおし、向こうに去って行った。
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