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第4章 悠久を渡る「黒虚」の暇つぶし
67.しんじたい
しおりを挟む【5級に昇級した、兎の獣人娘】
物心がついてから2度目の『お引越し』……
キツネの獣人さん達から逃げたときのことを、思い出してしまいました。
逃げることで生き延びてきたあたし達は、いつでもお引越しできるよう備えています。大事なものはハロマロという植物……その、枯れて橙色になった硬い蔓で編んだ、丈夫な袋に保管しておくんです。
あたしのお父さんはあたし達3人家族の袋と、ちっちゃなお子さんの多いお隣さんの袋を両手に抱えて。お母さんは、まだ上手に走れないちっちゃなあたしを、痛いくらいにぎゅっと抱きかかえて。
月明かりさえ届かず、真っ黒な闇に沈んだ森の中。あたしの一族は聴覚だけを頼りにして、懸命に駆け抜けました。
お母さん自身が植物で編んだお洋服を掴む、ちっちゃな両手にぎゅーっと力を込めて、震えを押さえつけて。
逃げて逃げて、逃げ続ける……そんな音に耳を澄ませ続けて。今回も全員で生き延びることができた、そう思ったのに。
あたし達は一番大切なものを……
絶対に絶対に、忘れてはいけないものを……
命をひとつ、置き忘れてしまったのです。
あたしより5つ歳上の、スウさんという男の子。ツンと尖った純白の耳に純白の尻尾。
内気なあたしはお話したことがなかったのですが……あたしがお母さんのお手伝いでよいしょ、よいしょと木の実を運んでいるときに、籠から零れ落ちた一粒を、黙って拾ってくれるような優しい方でした。
危険な音も気配もしない小川のほとりで、じっと寄り添いあったあたし達。族長様がひとりひとりの無事を確認して回っているときに、スウさんだけがいないとわかって。
きっと逃げ遅れたんだと、ぐったりと疲れ切ったみんなは、悲しみに項垂れることしかできませんでした。そんな中で、スウさんのご両親は、自分達だけで引き返すと主張しました。
自分で走れるようになったからって目を離さなければ良かった。ずっと手を繋いでおけば良かった、って。
『お願いです、どうか勝手な真似をお許しください……あの子は私達の全てです、あの子がいなければ、私達に生き延びる理由なんてない!』
族長様や他の大人達がどんなに説得しても、お2人の心を変えることはできなくて。
他の獣人さん達があたし達を襲う目的は、大きく分けて2つあります。
1つ目は、あたし達がその地で育てたお野菜とか、持って逃げることの叶わない資源を奪うため。
2つ目は、兎の獣人の血を飲むため。
不思議なことではありますが、肉食動物の特徴を持つ獣人さんは、草食動物の特徴を持つ獣人さんの血液を飲むことで、その身体能力を飛躍的に高めることができるのだそうです。
だから、一度捕まってしまったら……無事で済むことは、ないのです。
スウさんも。そして、族長様から守護の祈りを込めたナイフを贈られたそのご両親も。あたしの一族に戻ってくることは、ありませんでした。
もしかすると、3人ともご無事なのかも知れません。何とか逃げ出して、別の一族に加わって、故郷と呼ぶには広大過ぎる森のどこかで、頑張って暮らしているのかも知れません。あたしには、そう願うことしかできません。
……あんな、悲しいお別れは、もう嫌です。
あたし達はレインさんのご提案で、レインさんが暮らす2階建ての木造のお家、そのお庭に移動しました。
カルカの街並みは夜闇に包まれて……どうしてでしょう、いつもより色彩を失って見えましたし、尻尾に触れる空気もぴりっと冷ややかに感じました。
あたしは、導きを探すように空を見上げます。
白銀の月が、輝いていました。
クロさんとあたしは、まるで月と子兎みたい。
クロさんはお綺麗ですし、眩しいくらいにお強い方です。あたしとは、全然違う。
でも、月にだって涙を流したくなるときがあると思うんです。
お話を聞くだけで意地悪そうな魔導士さんに捕まっちゃって、たった一人で閉じ込められて……物凄く怖くて、心細い思いをなさっていると思います。
ケイちゃんさんの言葉は真実だって、ちゃんと信じてたはずなのに。こうして夜になってから、クロさんは訪ねてこないんだなって……あたし、ずっとクロさんのこと、待ってたんだなって思いました。
会いたい。一刻も早く、お助けしたい。
そのために……そのために、あたしだってきちんと、自分への疑いを晴らさなきゃ!
「……仲間を、疑わなきゃいけないなんて……疑われなきゃ、いけないなんて……」
フィーユちゃんが、震えるお声で独り言を漏らしました。背中を向けているので表情は窺えませんでしたが、深い悲しみが伝わってきました。
うう、どんな言葉をかけてあげれば良いのかな、クロさんなら何て言うかな……って、迷っているうちに、レインさんの足音が近づいてきて。
「大家さんからの許可が下りた。
嫌なことはさっさと終わらせるに限る。まずは、提案主のオレからで構わないかい?」
星灯りを拾う艶やかな髪を揺らして、フィーユちゃんが振り返りました。唇を引き結んで、痛みを堪えているみたいで。
あたしはレインさんに場所を譲るためにも、小股でそそそそそっとフィーユちゃんの隣に移動して、フィーユちゃんの震える左手をきゅっと握りました。
「レインさん、お願いしますっ!
信じたい方を、信じるためにもっ!」
あたしは、ラウラさんじゃありません!
フィーユちゃんもレインさんも……それに、お話しするのははじめまして、ではありますけど、ケイちゃんさんもラウラさんじゃありませんっ!
「……そう、信じるためにも、ね。
ほら、オレからだって言ってるでしょ? どっか適当なとこに止まっててください、フィーユちゃんの胸以外で」
『あうっ、ち、力が強いよ……!』
レインさんは肩に乗っていたケイちゃんさんを人差し指でつんと突《つつ》きました。居心地の良さそうな広い肩を追われたケイちゃんさんは、翼をぶんぶん動かしてあたし達の方へ飛んできて、
『えっと……ティアちゃん、肩にお邪魔しても良いかな?』
「は、はひいっ! どどどどうぞっ、つまらないところでよろしければっ!」
『つまらないところ……? と、とにかく乗せてもらうね、ありがとう』
あたしの肩にちょんと乗りました。
可愛い重みだなあ……こんな状況だからこそ、心がほっこりしちゃいます……。
レインさんは横顔で微笑し、
「じゃ、ほんの余興として。
真なる姿を顕現せよ」
右手の人差し指にはめていた指輪を、真上へ放り投げました。紫雷の鋭い輝きに包まれた、小さな指輪が膨らんで、大きな弓へと姿を変えて落ちてきました。
間違いありません、レインさんの武器です!
あたし達の視線が上空に引きつけられているうちに、レインさんは右手に白光の矢を生成していました。
左手で弓をキャッチすると、無駄のない動きで構えて素早く射撃……矢尻が大地に突き刺さることはありませんでしたが、地面と触れ合った周辺に、波紋みたいに氷の膜が広がって。
それだけでは終わりません。レインさんは、その瞳の色みたいな紫光の矢を続けて生み出して、白光の矢が消えたその場所へ、一寸の狂いもなく射て見せました。
ビリリッという、薄い何かが破れるような音を伴った電気の波。氷の膜が蜘蛛の巣みたいにひび割れて……宙へ浮かび上がったその破片が、外気の暖かさに溶けていきます。
軽く上へ放られた弓は、重力に抗って宙に留まって、また紫色に輝いて小さく小さく……指輪の形に戻りました。目線の高さから落下を始めたそれを、レインさんは右手で上手に掴まえて、元通り指に嵌めました。
「終わり、の前にもうひとつ」
レインさんは広げた手のひらの上に、夜闇より濃い色をした黒光の矢も、ふわりと作り出して見せました。
「オウゼでの依頼のときに、メメリカちゃんに射る予定だった虚属性の矢だよ。地面に対して射ても何の効果も無いから、こうして作って見せるだけで勘弁してくれ」
……す、すごい、です。フィーユちゃんの手をきゅっとしていなければ、思わず拍手しちゃってたかも知れません!
あたしなんて、ひとつだけの魔力の声に耳を傾けるだけで精一杯なのに! 3色分の魔力を自由自在に操れるなんて、ええと、ええと……
「『複数持ち』……信用はしたけれど、それ以上に驚くわよ。きみ、どれだけ器用なの?」
フィーユちゃんが溜息混じりに言いました。
「器用」……っ! あたしが言いたかったのはまさしくそれですっ、流石フィーユちゃん! あたしもこくこくと頷きます。
レインさんは肩をすくめて、
「生まれながらの付き合いってだけさ。それさえもあの人には……いや、何でもない。
流石の『黒虚』もここまでは『再現』できねえと信じたいもんだな……お目汚し失礼、お次はどうする?」
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