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デートの巻 捌

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 驚愕の事実を聞いてしまったものの、完全に真田さん好みのタイプの張本人、蓮司自身が全くわかっていないようだった。
 なんて話したらいいのだろう、真田さんのタイプは貴方ですっと告げるべきだろうか? それとも、これは真田さんの気持ちを考えて無言でいるべきなんだろうか? 目の前に、全く自分の言ったことについて、考えていない様子の蓮司がある意味可愛く思える。

 そんなことモヤモヤ思っていたら、どうやら、目的地についてしまったらしい。
 夕暮れ時の海のマリーナだ。車から降りて、マリーナ添いを歩く。周りにはマリーナクラブの会員用の建物や立ち並び、リゾート地の様な雰囲気だ。自分のコートも着ているのだが、ちょっと寒さに身振いをする。蓮司は自分の大きなロングコートを開けて、美代をそのまま包み込む。

 「やっぱりちょっと時期的に寒いか? 大丈夫?」

 優しい微笑みとともに蓮司の大きな身体に包まれながら歩くのは、かなりいろんな意味で難しい。精神的にも肉体的にもだ。歩きにくいのはなんとかなる。蓮司が美代の歩幅に合わせてくれるからだ。でも、やっぱり近すぎる。彼が肩を抱きながら歩いていく。彼が触っている肩が何故かものすごく熱く感じる。

 「ああ、でも大丈夫ですね。デートっぽいですよ」

 ちょっと頑張って大人ぶる。

 蓮司の頬にちょっと赤みがさす。

 「そうか。よかった。デートって認識がないのかと思った」

 マリーナのセキュリティのドアを鍵とパスワードで開錠する。意外とシンプルな作りだ。が、いまようやく気がついた。いまこの桟橋から落っこちたら、海だ。目の前にある光景を見てまさかと思う。が、どうやらそのまさかが待っているらしい。

 「あのー、これってもしや?」
 「あー、もうわかったか?」
 「エレーナ号だ。一応、大原の所有物だ」
 「あの、女性の名前は、船だったんですか? ええ~! か、会長。これ、っデカすぎないですか?」

  目の前に停泊中の巨大な白い船体を眺める。

 「まあ、そのな、ちょっといろいろあってな。エレーナとは、わたしの祖母の名前だ」

 余りにも巨大な船に驚いた。軽く商業船の船の大きさがある。だって、プレジャーボートは、だいたい大きくても40フィートぐらいが日本では最大のほうだ。船のパーツも一時、生産していたことがある父に連れられて、博覧会に行った事があるので、覚えていた。

 どう考えても、この船、倍以上いや、それ3倍、いや4倍? いやいやそんなもんじゃないでしょ。それ以上あるかもしれないと思う。

 「会長。何事にも程度があると思いますが、これって、やり過ぎなんじゃないですか?」
 「そうか?美代がやり過ぎと思うなら、処分するか。考えよう」
 「え? 待って。そういう意味ではなくてですね。日本人的にはこれは予約して乗るディナークルーズとかのレベルですよ」
 「良かったな。予約は一応、してある。安心しろ」

 違うでしょっと思うと同時に、え、やっぱりこれ、商業船なのとかと思って前方を見る。船体の中程には、エレーナ号専用の桟橋までかけられている。

 あれっ? あの方達は、もしかして他のお客さん?
 いやいや、近づいて分かりました。そんなはずないよね。大原の所有物だって言ってたもん。
 みんな船員と一目でわかる様な制服を着て、私達をお迎えしてくれた。一人の年配で一番偉そうな制服を着ている人が前に出てきた。いかにも海で時間を過ごしてきたかがわかる様な日焼けと貫禄だ。昔は絶対女性にモテただろうと思うような風貌だ。

 「蓮司様。お久しぶりです。お元気そうで何より。え、いかがされましたか? お顔が赤く腫れていますが」
 「ああ、松永船長。久しぶりだな。顔はな、さっきアクシデントでちょっとぶつけてな。心配するな。前回は地中海だったな。今晩は頼むぞ。こちらは土屋美代嬢だ。俺の大切な人だ」

 いきなり「大切な人」呼ばわりされて、美代は大恐縮をする。違うんですっと叫びたかったが、となりの甘いビーム光線を発射し続ける方を横にしては、何故かそれを言いにくい。

 下手になにか言ったら、皆さんの目前でどう大切かということを身体でもって説明されそうだ。

 考えるだけで、怖い!

 「あー、申し遅れました。土屋美代です。あの蓮司会長の補佐、いや、あの忘れ物お届け係をしています。今日は、その申し訳ありませんが、お世話になります」

 松永船長は五十過ぎのベテラン船長だが、今まで数々の船旅接待の旅行やプライベートな船の旅を大原家の為にしてきた。だが、この大原家始まって以来の美形天才オーナーが、初めてプライベートで一人だけの女性を連れてきたのだ。

 本当はこの時期、エレーナ号は気候が温かい地中海に停泊中だった。そして、温暖な気候を楽しむオーナーがわざわざ飛行機で飛んできて、しばしの船旅を楽しむのだ。だが、かなり前、そう、夏を過ぎたある時点から日本での停留を求められた。

 飛行機と違い当たり前だが、船には移動に時間がかかる。特にヨーロッパから日本までだと時間もかかるし、途中、海域的に危ないところもあるので、かなりの覚悟が必要だ。
 また日本は、このサイズの大型船が停泊できるマリーナがとても少ない上に保留するだけでかなり高額な金額を支払わなければならない。個人用プレジャーボート文化がさかんなヨーロッパの方がはるかに安く、メンテナンスや乗組員確保の部分でも便利だ。

 だが、真田から相当前に連絡があった。

 『松永さん。申し訳ないですが、エレーナ号、日本に寄越してください。蓮司会長がいつ使うか未定ですが、最低でも半年。いや一年の覚悟で日本でお願いします』

 真田の言葉は、蓮司の言葉と同等の価値を持つ。

 「わかりました。乗組員に伝えます。外国人もいますので長期になりましたら、ビザと宿泊先の確保もお願いするかもしれません」

 基本、乗組員は住み込みだ。船長以外は住み込みが強要される。いざという時に、すぐに出航できるためだ。だが、一年停泊となれば、乗組員たちに地上などでの住まいや車の手配、いろいろ準備が必要となる。でも、それでもきて欲しいということだろう。

 そうして何ヶ月過ぎたろうか? あのエンジン室のエンジニア助手で雇ったエリックも日本語が大分上手くなってしまった。
 
 『早くミスターの姫に会いたいね』

 それが外国人船員達の口癖だった。真田が「今、蓮司会長の意中の女性がいるので、将来、『エレーナに乗せたい』と蓮司会長が言うのも時間の問題です」ということだった。ただ、いきなり地中海旅行などはできないので、エレーナをわざわざ呼び寄せることになったらしい。どうやら、話を聞けば、そのお姫様はかなりの慎重派というか、謙虚というか、蓮司に一目惚れさえもしなかったらしいっと聞かされる。

 正直、すげーな、そのお嬢さん、何者なんだ? 今までの蓮司の女性遍歴を知っているだけに俄かに信じがたい。

 「かなりのツワモノですから、慎重に丁寧に取り扱いお願いします」

 最後の確認で真田が連絡をしてきた。ようやくその姫に会うことが許された。感無量である。いま目の前に可愛らしい、見た目がまだ十代のようなあどけない少女が立っていた。正直、想像とは全くちがう女性だったので、ちょっと唖然としてしまった。もっと外見的に蓮司のことを見返せるぐらいの超セレブ美女みたいな女性が来るのかと思った。が、あのミスター大原が選んだ女性だ。只者ではないだろう。

 「美代様。お目にかかれて大変光栄です。キャプテン松永です。どうかエレーナ号のひととき、お楽しみくださいませ」

 そして、一通り、船室給仕係、エンジニア、シェフ、またそのほかのクルーが美代と蓮司に紹介される。最後にニコニコしながら、新人の背が低い白人エリックが紹介された。彼は小さい花束を美代に持ってきていた。

 「みよさま。あえて、うれしい、です。みんな、うれしいです。きれいです。おはな、どうぞ」

 美代は突然の事でびっくりするが、小さな花束を受け取る。

 「ありがとうございます。すてきですね」

 ニコニコ顔のエリックは、ぎこちないお辞儀をした。

 「新しいのは、こいつだけか? エリックと言ったな」

 蓮司が地中海のモナコで雇い入れたエリックを見る。口角は上がっているが目が全く笑っていない。エリックと呼ばれる船員に声をかける蓮司。最初は、あのMr.Oharaに会えたことを感無量の様にして、固く握手を交わしていたが、なにか耳元で蓮司に囁かれたエリックは急に起立正し、最敬礼する。

 「Y-yes, sir. Aye-aye, sir!」

 何かを察した松永が口を挟む。

 「かしこまりました。まあかなり前から準備させていただいていますので、美代さまを迎えるのにあたり、ちょっと舞い上がってしまったようです。ちょっと不備があったようで、申し訳ありません。でも、間違いなく教育は出来ていると思います」
 「まあ、冗談だ。はははは。本気なら海に投げ入れる前にアンカーより重石をつけて這い上がれなくしてやるさ」

 蓮司の言葉をとなりの船員に英語に訳されて、エリックが青ざめて震えてきた。何故なら、さらにその日本語に訳した船室給仕係の吉澤が、つけ加えたからだ。

 『会長の冗談は、時々、かなり本気だよ。マジに気をつけなよ』





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