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女の子の夢のショッピング

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 車が出発すると、伊勢崎さんが何かを思い出したようだった。

 「あ、あと歩美様にもご伝言がございました。真田からでございます。『どうぞご自分のをわすれないように……縄はいくらでも調達できますので』だ、そうでございます」

 隣では、歩美が「……縄ぁああああ! チキショウ! 真田ぁ! 殺す!」とか言っている。
 あれ、歩美ちゃん、真田さんのこと嫌いになったの?とか思う。

 でも、衣装がレンタルと聞いてホッとする。
 だが、何かが腑に落ちない。
 風のように去っていったジャスティンの見立ては一流かもしれないが、美代はまだ自分はあのような芸術品のような洋服がとても自分に似合うとは思えなかった。
 途中で七瀬を駅近くで降ろし、思い切って歩美に聞いてみる。時間的にはまだ間に合う時刻だった。

 「歩美ちゃん、やっぱりもう少し買い物していい? 今度は私が行くところ、決めていい?」
 「え? まだ足りない?」
 「うん、もうちょっと……」

 美代が行き先を伊勢崎に告げる。
 「…かしこまりました。では参りましょう……」

 しばらく高速を走り、歩美と美代はあのデートなどで有名な港町へと来ていた。たくさんのモールが立ち並び、若者には人気の場所だった。そして、前に蓮司とのデートで少し訪れたところであった。

 「歩美ちゃん、女の子同志の買い物、してみない? 変な物でも二人ならなんか糸口が見えるかも………」
 「!! 女の子同志の買い物?」
 「実はしたことないの……私、歩美ちゃんはもちろん、ありそう……」
 「……実はないの……。私も」

 女性からは妬みか羨望しか受けてこなかった歩美もそんなことはしたことがなかった。

 二人はまるで映画か漫画のように恋する乙女が、相手の好みを勝手に想像しながら、ショッピングする行為を楽しんだ。

 「これどうかな?」

 美代がものすごい地味な服を選んでくる。グレーの生地で上から下まで体のラインがすっぽりと隠れてしまうようなスモックのようなものだった。背が高くてスレンダーな人が着れば様になるが、どうしても美代のイメージではない。

 「……む、無理……。会長の隣に汚れた、てるてる坊主がいるみたいになるよ。それだと………」
 「え--!」
 「じゃ、これは?」
 「……論外よ。何よ、この縫製、いい加減過ぎるわ。この生地だって………」

 歩美が店員を青ざめさせていた。だって美少女がそれこそ1980の商品をボロクソに店内で言っているのだ。その視線に二人とも気がついて、「……ちょっと、店変えようか?」と言って歩き始める。

 「……あのさ、歩美ちゃん、今日はありがとう……。とっても楽しかった。今日借りた服、みんなすごかった。でも、多分、みんな着ないで返すかも、ごめん……」
 「え、美代。あれは着て返してもいいんだよ。それで気に入ったのがあれば、会長に買わせればいいかなと思ったんだけど……どうして、美代? もう変わりたくないの?」
 「いや、もちろん、変わりたい。蓮司会長に隣にいて、せめてなんていうのかな。綺麗は無理だけど、あ、なんか女の子っぽいが存在するって感じがいいかなって……」

 「……何なの、その女の子っぽいって。女の子は人だし、美代は十分カワイイんだよ」
 「ありがとう。でもね、やっぱり自分らしさっていうか、自分で努力して綺麗になってみたいの。ジャスティンとかものすごいセンスありそうだけど、蓮司会長のことを思って自分で、自分のお金で頑張りたいというか……。ダメかな?」
 「美代……」
 「……やっぱり釣り合いが取れないよね。財閥の御曹司とお付き合いなんて……。婚約なんて……騙されたようなもんだったし……。自分でもこんな気持ち嫌なの」

 ちょうど歩きながら隣接させているモールに移動した。
 ビルの隙間に夜空が見える。
 綺麗な星空だった。
 知らない間に随分時間が経っていたらしい。

 美代がその空に向かって大きく伸びをする。
 月が見えた。
 まだうっすらとその輪郭が見える三日月だった。
 なんだか、あのぐらい蓮司会長って遠い存在だった。
 でも、今は、どうなんだろう。
 
 心がキュッとしてしまう。
 あと、一時間ぐらいでどこのお店も閉店の時間だった。

 「行こう! 美代! 探そう! 会長をやっつけるいい女の服!」
 「え、………歩美ちゃん! 」
 「あの自信満々なあいつの間抜けな顔を見てみたいわ。私も!」
 「ええ? ありがとう!」

 その後、二人は特急列車の如く、お店を駆け巡り、美代の資金の範囲で買えるデート用の服装を買った。
 それは、今時の大学生なら当たり前のような装いだが、美代にとってはまるで清水の舞台から飛び降りるような挑戦だった。
 歩美も心にどうしても浮かんできてしまうムカつく相手の為に何枚か自分で買ってみた。
 歩美にとっても、こんな楽しい買い物は初めてだった。

 ああ、この安っぽいツーピースを着て、真田とデートで出来たら、なんて素敵なんだろうと思う。
 もういい加減な縫製とか気にならないのだ。
 歩美はよくわかった。
 これらの洋服は恋する女の子の為に作られている……。
 だから、大量生産でも、何かの魔法がかかっているのかも、とまで思った。
 
 それでも、なんだかあの眼鏡野郎のあの伝言を思い出しては腹が立った。
 自分の立場って、何よ……。
 わかっているわよ。
 美代の友達だし……。

 え? まさか真田さん、気がついているの? 
 私が誰かって……。
 ありえない。
 それはたとえ大原家でも無理だと思った。
 日本にいる知っている人はもう皆天国だ……。

 それでも、嬉しそうにワンピースを選ぶ美代が羨ましかった。
 彼女には自分のようなかせがない……。
 とても普通の恋愛をして結婚できる選択が自分には考えられなかった。
 一時、真剣に考えてみたが、どの男も頼り甲斐がなさすぎた。
 どう考えても、アベルに対抗できないと思った。

 あの実家との約束の数々。

 そんな条件、飲む奴なんて誰もいないよ……。
 だから、ちょっと涙目になってしまう。
 一人のひとが頭から離れないからだ。
 後先考えないで追いかけている時は楽しいかもしれない。

 「真田のバカ!」

 歩美はひとりで呟いた。

 美代にまた呼ばれて、洋服を見続けた。
 大して縫製などについては歩美は文句を言わなくなっていた。

 歩美は思う。
 
 本当は卒業するまでここにいるつもりだったが、友達を応援するあまり、寝ているライオンを起こしてしまったようだ。先ほど、長崎に言われたのだ。
 『彼の方がにくると連絡ございました。一応ご報告まで……』

 いずれはくると思っていたが、せめて全力でこの友達、美代が幸せになるのだけは確認したかった。
 それで、大学を中退しても構わない……。
 ここを離れることになっても……。



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