私は、御曹司の忘れ物お届け係でございます。

たまる

文字の大きさ
170 / 200

星に願いを

しおりを挟む
 「な、何をしたの? 真田さん! あ、アベルが、いや、祖母や叔母、みんな、こ、降参ってどういうこと?」

 電話を切った直後に、動揺のあまり、舌が上手く回らない歩美が、頑張って喋り出した。
 寝転んでいた真田がゆっくりを起き出した。
 打ち寄せるゆっくりとした波の音がやけに大きく歩美の耳に響いた。

 「……おめでとう。歩美さん、君は自由ですよ……」

 真田がシャンパンが入ったグラスを歩美に手渡した。
 自分も言われるがままに、片手にそのもう一個のグラスを持ち上げていた。
 また耳鳴りのように波音が、響いてくる。

 ざばぁーんと大きな波音が自分の胸に響いた。
 カチンっと二人のグラスが重なり合う。

 「ふふ、まだ実感が湧かないですか? 自由ですよ。借金の契約もないです……」
 「え……自由?」

 今まで自分が、欲していたものがこんなあっさりと手に入っていいのだろうかと疑わしくなる。

 真田が持っていた別の端末で、アベルが転送してきた祖母との契約の破棄、また歩美の生活に今後、関わらないことを記入してある誓約書が歩美の目の前で開示された。しかも、当面困らなくて良いだけの資金が歩美宛に振り込まれることが記入してある。そのあと、何か色々書いてあったが、専門用語過ぎてわからなかった。ただ、負債はないし、あちらからも訴えられたり、妨害されることがないようなことだけはわかった。

 「こ、これは……」
 「もう、誰の言うことも貴方は聞かなくていい。アベルに対抗するようなを見つける必要はないし、星空だって自由な思いで鑑賞できる……」
 「……な、なんで、し、知っているの?」

 ただ真田はにっこりと笑みを浮かべた。
 
 言葉がうまく出ない。
 全ての鎖が身体から外されて、囚人がいきなり外の世界に投げ出されたような感覚だった。
 まだ正直、信じられないのだ。

 目の前の信じられないような星の輝きのようだった。

 「さ、真田さん、いつから、知ってたの?」
  
 シャンパンを飲みだした真田が横でくつろぎながら、話し出す。

 「え、貴方が将棋と天体観測が好きなことですか? 」
 「……も、もう、ど、どうして貴方はいつもそうはぐらすのが、上手なの……」

 真田が一口、その冷たく冷やされたシャンパンをまた口にした。

 「……さあ、いつからでしょうか? そんなに大事ですか?」
 「……いえ、きっと貴方のことだから、美代から聞いたのね………」
 「ああ、そうですね……。そういうことにしておきましょうか……」
 「……え? なにその口調……もしかして、その前から……」
 「歩美さん、私にはヨーロッパでをしている弟がいます。色々と面白い話は入ってくるのですよ……。でも、貴方が美代様のお友達になられて本当に……運命のようですね……」

 歩美はなにか降参というか諦めた表情で、前方の暗闇を見つめた。

 「……いつも、星に憧れたわ。宇宙人とか時空の旅を想像したりして……」

 なににもという空想の宇宙旅行は、小さな歩美の心に自由を与えていた。
 そんな幼い日のことを思い出す。

 その様子を真田じっと見つめていた。

 「ほら、こんな満点の星空なんですよ。私は、星空は全くの素人。なにか教えてくれませんか? ここは意外に星空鑑賞のスポットですよっと不動産に言われて購入したんですから……」

 「え、それだけで購入したの? ちょっと騙されたんじゃない……でも、まあ、本当にすごい。南半球の星がいっぱい観れるわ……」

 その答えに苦笑しながら、真田が答える。

 「歩美さん、レクチャーしてくれますか? 私は貴方の解放のためにちょっと頑張ったのですから、ご褒美で教えてくれると嬉しいです」

 「ほ、褒美? え? 天体の話し? と、止まらないわよ……。私が話し出すと……」

 正直、褒美とは程遠いのではないかと思った。
 だいたい歩美がウンチクを述べだすとほとんどの周りが引いていくのだ。
 歩美に好意を持っている男性達を引かせるのには効果的だが、ここで真田にせがまれるとは思いもしなかった。
 良いのだろうか?
 ウザいと思われないだろうか……。
 一抹の不安が好きな人を前にした歩美の表情に現れていた。

 「いいんです。お願いしたい……」

 真田が真剣に頼んできた。
 ああ、もう知らないからっと思う。

 「わ、わかったわ。いくわよ……つまらなくても止まんないから!」

 いきなり星空満天の中、歩美の星観察教室が始まった。
 横を見ると、自分の視線に真田が気がついて、その優しげな笑みを浮かべる。
 どきっとして、自分の視線を星に巡らす。

 もう、星空鑑賞モードに入るしかなかった。
 あんな蕩けそうな目線を見続けていたら、自分が崩壊しそうだった。

 「……だから、今のよく知られている星座はギリシャ神話からの命名が多かったり、月を決めた古代エジプトの星空観察に使われた星達からでも分かるように、北半球での天体観測から命名されたものが多いの。だから、ほとんどが北半球の夜空にあるものなのよ……」
 「なるほど、考えてみるとそうですね……」
 「そう、だから、結構最近になって、南半球の星座は名前をつけられているのよ……」
 「変わった星座名ってあるんですか?」
 「あるわよ……。18世紀に発見された“ぼうえんきょう座”よ。名前の通り、望遠鏡で発見させてそう命名されたのよ……」

 「あ、もしかして観られるかしら……」

 歩美が空に目を凝らしていると、「わ!」と驚きの声をあげた。

 「す、すごい! アレが観られるなんて!」
 「何が観えるのですか? そのぼうえんきょう座ですか?」

 「ううん、違うの」
 「な、何ですか? それは……」
 「あそこの水平線を見て……。一時の方角……」

 「よく靄みたいなのが、かかって見えませんが……」
 「そう、その靄みたいのが、大マゼラン雲よ。日本では大マゼラン銀河ともいうわね。小マゼラン雲と、いつものいるから伴銀河とも呼ばれているわ。天の川銀河の周りを回っているって言われているの。でも、最近の研究ではただ通り過ぎるだけとも言われているの……。南半球でしか見られないものよ。私も初めてみた……」

 「大マゼラン雲ですか……。聞いたことはありますが、私も初めてですね。こうやって改まって星空など見ないですから……」

 「1520年に、世界を周遊したマゼランが記録に残したことから、命名されたのよ」
 「すごいですね。そんな年号まで覚えているだなんて……」
 「好きなことだと、結構覚えるのが苦じゃないの。私……」

 少し風が吹いた。
 歩美がくしゃみをする。
 真田が立ち上がり、歩美に自分の着ていたジャケットを被せた。
 飛行機の中で着替えていたのか、真田はまたスーツを着ていた。
 南国とスーツが全く合っていない。

 「それとも、もうなかに入りますか?」
 「え? そんな、勿体無い。もう少し観賞させて……」
 「やっぱりそうですよね。そうだと思いました。どうせ今日は日本に帰れませんから、どうぞゆっくりとしてください……。どうぞ、鑑賞会を続けましょう……」

 その後も、どんどんと星空を鑑賞しながら、歩美はウンチクを述べていた。
 不思議だ。
 今までの怒涛が嘘のようだった。
 
 あの銀座の高級店での買い物から、自分がここにいる間の出来事を思い出していた。
 美代はあの美代が誘うのが初めてのデート。
 どうだったのだろうか。

 電話するほど野暮ではないが、あの曲者御曹司がうまく美代を納得させてくれていたら、いいと思った。
 
 わかっている。
 蓮司は美代にベタ惚れだ。
 疑いようもないくらいに……。
 あの館で、嫌と思うぐらいに思い知らされた。

 ただ、美代がもうちょっとをつけるのと、蓮司がもうちょっとになることが、あのカップルには必要だなっと歩美は思う。

 そう他人のカップルを思い、自分はどうなんだろうとおもった。
 星を指差しながら、隣で静かに聞いていたと思っていた真田を見た。
 寝息をたてて、寝ていたのだ。
 腕を組み、そのよれた白いシャツが今までの旅の疲れを表しているようだった。

 「やっぱり退屈だったかしら……」

 歩美はちょっとガックリした。
 でも、新たなる考えが自分を責めた。

 そうだ。
 今回の逃走劇で、このひとが寝ているのを一回も見たことがなかった。
 
 その完全にリラックスして寝息をたてている真田の顔をまじまじと覗き込んだ。

 ちょっとやはり疲れている様子だった。

 すごい、頑張ってくれたんだ。
 本当に、感謝だ。
 疲れているのだろうと思い、寝かせてあげることにした。

 波の音がまた、胸に響いてくる。
 またちらっと真田を見た。

 眼鏡取ると、結構イケメンなのよね……。真田さんって……。

 その黒い長い睫毛とその口元が歩美をドキドキさせた。

 そう、私達、キスしたのよ!
 きゃーーっと一人で、静かな砂浜で悶絶する。
 
 だがふと我にかえり、事実を考えてみる。
 あれから、軽いスキンシップはよくあるものの、真田は一回も歩美の唇には触れなかった。
 なぜかそれが歩美を切なくさせた。

 (ねえ、自由なの……。私……。どうしたら良いの? 真田さん)

 風が頬にあたり、歩美は今度はさっき借りていたジャケットを真田に返そうとした。
 立ち上がったその時、そのジャケットのポケットから小さな水色の四角い箱が落ちた。
 
 それを砂の上から取り上げた。

 手に入りきるくらいの宝石用の箱だった。

 まさかと思い、震える手で、その中身を思わず開けて見た。

 息が止まるくらいに驚いた。

 そして、寝息をたてて寝ているこの箱の所有者をみつめた。
 
 波がまた歩美の中で音を激しくたち始めた。
 





 
 
 



 
しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

クラスのマドンナがなぜか俺のメイドになっていた件について

沢田美
恋愛
名家の御曹司として何不自由ない生活を送りながらも、内気で陰気な性格のせいで孤独に生きてきた裕貴真一郎(ゆうき しんいちろう)。 かつてのいじめが原因で、彼は1年間も学校から遠ざかっていた。 しかし、久しぶりに登校したその日――彼は運命の出会いを果たす。 現れたのは、まるで絵から飛び出してきたかのような美少女。 その瞳にはどこかミステリアスな輝きが宿り、真一郎の心をかき乱していく。 「今日から私、あなたのメイドになります!」 なんと彼女は、突然メイドとして彼の家で働くことに!? 謎めいた美少女と陰キャ御曹司の、予測不能な主従ラブコメが幕を開ける! カクヨム、小説家になろうの方でも連載しています!

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

服を脱いで妹に食べられにいく兄

スローン
恋愛
貞操観念ってのが逆転してる世界らしいです。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

処理中です...