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真田の我儘

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 やっとあの有名な観測所についたようだった。

「歩美さん、つきましたよ」と言われた。
 ハッと気がつくと、彼のなんと膝枕で寝ていたのだ!
 目の前にその優しい眼差しがあった。
 きゃーー!!恥ずかしいっと思ったが、周りの様子でもっと驚いた。
 本当だ。
 あの世界的に有名な天体観測の聖地に来てしまったとその感動の方が大きくなる。

 ガタッと自分の上半身を起こして、ガイドのおじさんに聞く。
 「もう、降りていいですか?」
 ガイドさんがいいですよっと言い終わるまえに、歩美は興奮する気持ちを抑えて、車から飛び出していた。
 それを唖然としながら、真田とガイドのおじさんは見つめている。

 ああ、空気が少し薄い気がする。
 流石の高地だけあって、温度差が大きいのか、吐く息が少し白い。
 飛び出した私に、真田さんが走りながら焦って、コートを持って来てくれた。

 「歩美さんは、全く子供のようですね。寒いですから……。これはみんなに貸出なんですよ」

 周りを見渡すと、同じような目的の人でかなり混雑してきたようだった。
 ガイドのおじさんが、説明をしますか? と言う言葉は歩美には聞こえなかった。
 だんだんと暗くなる夜空に魅入ってしまったため、それが届かなかったのだ。
 そんな彼女に気がついた真田はそっと、おじさんに申し訳なさそうに答えた。

 「ああ、申し訳ないですが、きっと彼女はここにいる誰よりも詳しそうなんで、多分解説はいらないと思います」

 おじさんは、そうですかとちょっと残念そうな顔をしたが、だんだん見え始めた星空の下、放心状態の歩美を見つけたのか、「マニアですね」とだけ、言って、ではまた三十分後、ここに来てくださいと言われる。

 もう歩美の心は、だんだんと暗闇の中に見え始めてきた星たちに心を完全に奪われていた。
 そして、人気を嫌うかのように、歩美はどんどんとあまり人がいない方へ一人、ふらふらと歩いていく。
 そんな様子を真田が後ろから見ていた。

 「あんなにさっきまでいろんな顔を見せてくれたのに、こんなにあっさりと忘れさられるなんて、なんだか星たちにまで嫉妬しそうだ……」

 そんな言葉を誰かが呟いたとしても、全く彼女の耳元には入ってこなかった。

 ああっとため息をつきながら、歩美は星たちを観察していた。
 手を大きく伸ばしながら、自由を噛みしめるように、星の煌めきをまるで身体全体で感じているようだった。
 だから、後ろから真田が近づいてきても全く気がつかなかった。

 「お嬢さん。そんなに無防備で危ないですよ。危ない男に狙われますよ……」

 声色こわいろから誰だかわかった歩美は、まさか真田がそんなことを言って近づいてくると思わなかったので、ぶっと笑いながら、歩美は答える。

 「星空を鑑賞しながら、ナンパする男なんてどうしようもない人よ。だって、顔なんて見えないですから!」

 砂利を踏む音がもっと近づいてきた。
 いきなり後ろから真田に抱きつかれた。
 彼独特の匂いが自分を包んだ。
 胸が高まる。

 「やっぱり歩美さんは無防備だ。男なんて、みんなずる賢いんですよ……」
 「……さ、真田さん!」
 「暗くなる前に、もう抱きしめたい相手にはもちろん、狙いをつけているものなんですよ」
 「え! そういうもの?」
 「全く貴方という人は、賢いのに、そういうところは抜けているんですね……」
 「え、違うわよ。そう言う意味じゃなくて……」

 どうして、は私を抱きしめるの? と歩美は質問したかった。
 暗闇だから、もうお忍びとか、うるさい虫を心配する必要がないのにっと思ったからだ。
 真田が歩美の耳元でつぶやいた。

 「歩美さん、私の我儘わがままを叶えてくれませんか?」
 「え?」
 「この星空の下で、残りの三十分、貴方の時間……私にください……」
 「え?」
 「お願いします……」

 ぎゅうっと今までにないくらいに抱き締められた。
 何か耐えながら話す真田に圧倒される。
 顔が見えない真田の息が耳元にかかっていた。

 「このまま……私に何も質問しないで、貴方とこの満天の夜空を見つめていたい……んです」

 歩美の胸が爆発しそうに高まった。
 そう、も貴方に抱きしめていて欲しいと思っていたからだ。
 そして、彼の真の意味を理解せずに歩美はただ真田のたわむれに付き合おうと思った。
 自分も、もうただこの満天の星の下、言葉を失っていたから、真田も何かたがが外れてしまったのかもしれないと思った。

 歩美も抱かれていると心地がよかった。
 異議はないのだ。
 ただ、意味は知りたいが、それを本人が拒否している。

 でも、この時間ときを壊したくなかった。

 「うん、わかった。いいわよ」

 歩美が言えるのはそれだけだった。
 
 「ありがとう……」

 彼の吐息をまた近くで感じる。
 二人は何も言葉を交わさず、ただ星を見つめ続けた。
 高鳴る心臓と抱きしめられる感触は、決して悪いものではなかった。

 ただ時々、真田が歩美を気遣う。

 「大丈夫? 寒くない?」
 「え、あ、うん。大丈夫よ」

 真田の腕が自分のお腹の前に組まれていた。

 ああ、本当に違う熱が出てきそう。
 歩美は星たちを見つめる感動と、背後の真田の抱擁に酔っていた。
 
 「本当に? 歩美」
 「!! ど、どうして、呼び捨て……」
 「だめ、質問は受け付けない……」
 「……」

 彼に抱かれながら、星を見続けた。
 いきなり、呼び捨てにされ、抱き締められ、もう歩美は心はボロボロだ。
 いや幸せの頂点かもしれない。
 でも、暗いせいで顔の赤さは見えない筈だ。
 それだけが歩美を安心させる。

 そのうちに、流石に星の素晴らしさにまた心を奪われた。

 「ああ、本当に、こんな素敵な夜をありがとう。真田さん」
 「そう。よかった。本当によかった…」

 二人はそのまま煌めきすぎる夜空の下、僅かな残された時間を楽しんでいた。
 世界は二人だけのものだった。
 

 

 
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